復刻版・読響聴きどころ(22)

読響は「名曲シリーズ」と謳いながら、カレヴィ・アホを取り上げる。これも聴きどころを探るのに苦労した選曲でした。
当日配られたプログラム誌を見たら、内容は私のとほとんど同じ。と言っても、ここまで突っ込んではいなかったと記憶しますがね。

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11月の名曲シリーズは定期と連動、ヴァンスカの指揮によるベートーヴェン交響曲シリーズの2回目です。ベートーヴェンは第3交響曲ですが、プログラム前半にはフィンランドの現代作曲家カレヴィ・アホのフルート協奏曲が演奏されます。

まずベートーヴェン、第3交響曲「英雄」の日本初演記録から紹介します。

1909年(明治42年)11月28日 奏楽堂 A.ユンケル指揮・東京音楽学校。ただしこれは第1楽章のみが演奏されたのだそうです。全曲演奏については、

1920年(大正9年)12月4日 奏楽堂 G.クローン指揮・東京音楽学校。
プロのオーケストラによる定期演奏会初登場は例によって新交響楽団、現在のNHK交響楽団の前身で、ヨゼフ・ケーニヒ指揮、1929年(昭和4年)1月30日に日本青年館で行われた第42回定期演奏会で、でした。この時のプログラムは、最初がエロイカ、後半にグルックの舞踏組曲とワーグナーの名歌手前奏曲、というものです。

ベートーヴェンの英雄と言えば、わが読売日響の記念すべき第1回定期演奏会でも取り上げられた作品、この時も英雄はプログラムの最初に置かれています。(読響小史・1参照)

次に楽器編成ですが、定期聴きどころの第1・第2の例に倣って、初版スコア(芸術と工芸社版)に印刷された献呈文を引用すると、
Sinfonia eroica a 2 Violini, Alto, 2 Flauti, 2 Oboi, 2 Clarinetti, 2 Fagotti, 3 Corni, 2 Clarini, Timpani et Basso 。となっています。第2と同じ順番ですが、ホルンが3本使われているのが新機軸ですね。

この献呈文には、「ある偉大な人物の想い出に」という修飾語も付せられています。それがナポレオンを表すことはご存知の通り。
更に注意書きとして、この交響曲は通常以上の長さを必要とするため、効果的に聴いてもらうためには聴衆が疲れていない時間、即ちプログラムの始めの方で、例えば序曲やアリア、あるいは協奏曲の後で演奏されるのが望ましい、ということが書かれています。

つまり当時の演奏会は、現在より遥かに長く、盛り沢山だったことが判りますね。こういうコンサートの最後に新作交響曲が置かれたのでは、聴衆は疲れ切っており、退屈さを冗長するだけだったのです。
それを忠実に配慮したのか否かは分かりませんが、N響にしても読響にしても、初めて第3交響曲を定期に載せた時は、プログラムの最初に演奏したのですね。
現代の我々はブルックナーやマーラーなど、それ以上に長い作品に慣れっこになっていますから、エロイカが最初というのは些か奇異に感じられるほどです。

聴きどころは沢山ありますね。何と言っても第2楽章の葬送行進曲。スコアにも Marcia funebre とシッカリ書かれています。

第1楽章では、それまでの提示と再現が主体だったソナタ形式の、展開部とコーダを拡大して4つのパートがほぼ同じ長さに拡大してバランスを取ったこと。これなども聴く人に充実感を与える大きな要因となっているのでしょう。

第3楽章ではトリオで3本のホルンを登場させ、文字通りトリオ(=三重奏)にしてしまった冗談(=スケルツォ)も、いかにもベートーヴェンらしい生真面目なジョークで笑えませんね。

第4楽章は変奏曲ですが、これを変奏曲として、つまり第1変奏・第2変奏と数えて聴く人はほとんどいないと思います。主題のメロディーが第3変奏で初めて登場するというのも中々凝っていますね。
ということは、この楽章は単なる変奏曲ではなく、フーガを取り入れた展開部を二つも挟むことによって、より構造的に複雑かつ多層的な音楽世界を切り拓いているのです。

変奏曲のテーマが、かつてベートーヴェンが作曲した「プロメテウスの創造物」から転用していることも、プロメテウス=英雄=ナポレオン、という発想があったことを示しています。できればこの「プロメテウスの創造物」というバレエ全曲も聴いておかれると、より楽しめるのじゃないでしょうか。あ、単独でも演奏される有名な序曲には出てきませんから、お間違えのないように。

最後に、第3交響曲が当時の常識からいかに逸脱した長さを持っていたかを、第1・第2の各楽章の小節数で表しておこうと思います。

第1交響曲 1楽章(298)+2楽章(195)+3楽章(137)+4楽章(304)=664小節
第2交響曲 1楽章(360)+2楽章(276)+3楽章(130)+4楽章(442)=1208小節
第3交響曲 1楽章(691)+2楽章(247)+3楽章(440)+4楽章(473)=1851小節

もちろんテンポの問題がありますから、音楽作品の長さを小節数で計算することは愚かしいでしょう。ましてや作品の偉大さに付いては尚更のこと。
それでも単なる指標として概観すれば、第3交響曲は第1の3倍弱、第2と比しても5割り増しの大きさ、ということになります。

エロイカは一応ここまでとして、アホに繋げます。

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フィンランドの作曲家、カレヴィ・アホ Kalevi Aho (1949- ) のプロフィールについては、プログラムに詳しく紹介されるでしょう。現代音楽の作曲家ですが、むしろ非常に聴き易い音楽を書きます。その中でフルート協奏曲は、非常にシリアスな感じがします。なぜそうかは、後ほど。

この協奏曲は、2003年11月27日に、今回のソリストと指揮者、シャロン・べザリーとオスモ・ヴァンスカによって、ラハティ交響楽団の演奏会で世界初演されました。恐らく今回の読売日響による演奏が、日本初演だろうと思います。

スコアは未だ貸譜の段階で、私もスコアは見ていません。いずれスタディ・スコアが出版されると思いますが、そのときは是非購入する積りです。音だけで聴く限り、非常に感動的な一品。CDは、初演のコンビによるものが、BIS-CD-1499で入手できます。

(出版社・フェン二カ・ゲールマンの貸譜情報によると、その楽器編成はフルート3、オーボエ3、クラリネット2、ファゴット2、ホルン3、トランペット2、バリトンホルン、トロンボーン2、チューバ、打楽器2人、ハープ、弦5部となつています。ティンパニなしとも取れるのですが、実際に聴くとティンパニらしき音が出てきますので、ここは当日確かめなければ、と思っています。バリトンホルンというのが珍しいのですが、アホは好んでこの楽器を使うようです。)

アホ自身の解説によると、彼はその作品と自身のプライベートな生活を結びつけるような習慣は無いということですね。しかしフルート協奏曲については、作曲当時の体験が作品に影響していることを告白しています。この辺もプログラムに載るでしょう。

要約すると、2002年の春にアホが読んだスウェーデンの詩人・Tomas Transtromer (oにはウムラウトがつきます)の詩に触発される下地があった由。トランストレーマーの詩は、俳句の形式を採用しているのだそうです。
アホはこれを歌曲に作曲しようと筆を下ろしたのですが、次第にフルート音楽に移行していきます。

また、2002年の冬、アホは父親を亡くします。更にその春、13歳の愛犬エンマ Emma が重い病に伏し、死の床にありました。しかしエンマは奇跡的に回復し、その夏を別荘で楽しく過ごします。
しかしアホには、この素晴らしい夏がエンマとの最後の夏になるのではないか、という予感がありました。そして実際、エンマは2003年の冬、その命を全うするのです。

こうした「愛するものとの永遠の別れ」が、作曲していたフルート協奏曲に色濃く反映しているのですね。ただし、内容にプログラム的なものがあるわけではありません。あくまでもフルート協奏曲です。

全体は3楽章から成り、第2楽章と第3楽章はアタッカで続けて演奏されます。フルートのソロは極めて技巧的、べザリーの妙技を大いに称えましょう。
なおべザリーさん、レコーディングで使用した楽器は、Muramatsu 24k all Gold Model, No.60600 というものだそうです。更にこの作品では普通のフルートの他に、アルト・フルートに持ち替える箇所も出てきます。そこは Muramatsu Platinum Plated Silver with F sharp foot joint specially built for Sharon Bezaly とクレジットされています。つまり特別仕様の楽器なのです。フルートを吹かれる方は、是非この楽器にも注目して下さい。

実は聴きどころ用に細かい作品解説を準備したのですが、あまりにくどくなりますし、スペースもありません。そこで概要だけ。
第1楽章はミステリオーソ、と記されたアダージョ。作品の冒頭と第3楽章の最後の部分は極めてリリックな美しい部分です。日本の尺八を連想させるような音の揺れ、音を滑らせるグリッサンドが頻りに出てきます。俳句の世界でしょうか。

第2楽章はブレストで軽やかな音楽(レッジェーロ)ですが、最後には金管や打楽器が活躍する場面もあります。またこの楽章の中間部には、大変に難しいカデンツァが置かれています。
そのまま続けられる第3楽章はエピローグ。この楽章の最初の上昇するフルート・ソロは、アルト・フルートではないかと思います。極めて低い音から始まりますから。

最後にアホに関するホームページを紹介しておきます。

http://www.fennicagehrman.fi/comp_aho.htm

右上にオーディオ・サンプルの表示がありますので、ここをクリックして下さい。作品名が6つ出てきます。下から2番目がフルート協奏曲です。このスピーカー・マークをポチョンと押すと、第3楽章の頭、アルト・フルートではないか、という部分が聴こえてきます。

ここを聴いた方、もう一つおまけに第7交響曲の第3楽章「蝶々」というサンプルもポチョンとしてみてくださいね。エッ、これ現代音楽? と思われるでしょう。
アホは、決して難しくない!

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