強者弱者(109)

和蘭苺

 和蘭苺市に上る。薄暮街頭、花やかなる電燈の影に、夏蜜柑、桜桃等と並んで紅宝玉の累々たる、見るからに胸ひらく心地す。ある皮肉屋の『家庭』とは若き夫婦のさしむかひて和蘭苺を食ふ所なりといへりしは、皮肉にして皮肉に非ず。食後、卓に上りて家も人も自ら清新の気躍如たるを覚ゆ。和蘭苺は徳川氏の末年江戸で栽培せられ、近年漸く一般の食卓に上るに及び、価も漸くにして廉なり。目黒行人阪のほとりに、青木子の別荘を預るもの之を栽培し、畑より露の滴るばかりなるを衡にかけて売る。緑蔭草を藉きて目黒川の小峡に俯し、遠く城南一帯の平野を展望する所情趣尽きず。数年来慶應義塾の貴公子連、茲に集ひて静閑を恣にせしが、近年漸くにして人の知る所となり、道を停車場に問ふもの多しといへば、遠からず、苺の名所として都人士の足を引くに至るべし。

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オランダイチゴとは、現在我々が普通に食べているイチゴのこと。日本に昔から野生している野苺と区別することもありますが、実際に江戸後期の天保年間にオランダから渡来したものです。

目黒川の一角にオランダイチゴの名所があったというのは面白い話。行人坂のほとりと言いますから、現在の雅叙園の辺りでしょうか。

ここが慶応義塾の学生の溜まり場だったというのも聞き捨てなりませんが、そう言えば目黒の常光寺には福沢諭吉永眠の碑というものがあって、慶應の学生の間では、ここにお参りすると試験にパスするという謂れがあるようです。

ひょっとするとイチゴ繋がりか…。

「恣」は、「ほしいまま」と読みます、念のため。

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