ムーアのクラシック・ダブル
世界の競馬の頂点、ダービー(GⅠ、3歳、1マイル4ハロン10ヤード)が行われました。少ないながらもレヴェルの高い12頭の激闘を見んものとエプサムの丘に集ったのは10万人。
冬場の1番人気を守ってきたオブライエン厩舎のセント・ニコラス・アビー St Nicholas Abbey は追い切りの動きがムルタ騎手を満足させず、最終的には筋肉の故障が見つかって最終登録から外れてしまいました。
替って本命に推されたのが、同じオブライエン厩舎のヤン・フェルメール Jan Vermeer (イギリスでは英語読みでジャン・ヴァメールと発音していますが、私はヤン・フェルメールで通します)。イギリスで走ったことはありませんが、去年フランスでクリテリウム・インターナショナル(GⅠ)を制し、今シーズンはガリニュール・ステークスを圧勝してきた馬です。
これまでダービーを3勝しているジョニー・ムルタ騎手も同馬を選択、9対4の1番人気に支持されていました。
レースはヤン・フェルメールのペースメーカー的存在のアット・ファースト・サイト At First Sight の逃げで始まります。3頭出しのオブライエン厩舎では最も人気の無い100対1、へファーナンが鞍上です。
これをセシル厩舎のバレット・トレイン Bullet Train が2番手で追走、ヤン・フェルメールなど有力馬は後方で待機します。
レースは淡々と流れ、タテナム・コーナーから直線へ。ここで逃げるアット・ファースト・サイトが一気にスパートし、後続を6~7馬身も離したでしょうか。すわ100対1の大穴か、とスタンドも騒然。
しかし後方の内ラチで我慢していた1頭がするすると脚を伸ばしてくるのが確認されます。カーリッド・アブダッラー皇子の勝負服、24時間前にオークスを制したライアン・ムーア騎乗のワークフォース Workforce です。
逃げ込みを図るアット・ファースト・サイトをあっという間に捉えると、あとは後続を引き離す一方。ゴール板を通過した時には2着馬に7馬身差を付ける圧勝でした。
その2着にはアット・ファースト・サイトがそのまま逃げ残り、半馬身差3着にデットーリ騎乗のリワイルディング Rewilding 。そこから更に4馬身遅れて漸く本命のヤン・フェルメールが入り、頭差5着にオブライエンのもう1頭ミダス・タッチ(マイダス・タッチ) Midas Touch の順。
ワークフォースが計時した2分31秒33というタイムは、1995年にラムタラ Lammtara が記録したレコード・タイム(2分32秒3)をほぼ1秒上回る新記録。ダービー・レコードだけではなく、コース・レコードの更新でもありました。
騎乗したライアン・ムーアは、昨日もレポートしたように前日のオークスがクラシック初制覇。ダービーとのダブル達成で、いよいよ名騎手としての地位を不動のものにしたようです。
ムーアくん、ダービーには4度目の挑戦での初勝利。2008年タータン・べアラー Tartan Bearer での2着の悔しい思いを吹き飛ばす会心の騎乗でしょう。
ムーアを主戦騎手に擁するスタウト師、ライアンの沈着冷静な騎乗を評し、競馬頭脳と決断力に優れた才能と絶賛しています。現役ジョッキーでは、キーレン・ファロンと並ぶエプサムの帝王と呼ばれる日も近いのではないでしょうか。
ワークフォースを管理するサー・マイケル・スタウト師にとっては、これがダービー5勝目。1981年のシャーガー Shergar 、1986年シャラスターニ Shahrastani 、2003年クリス・キン Kris Kin 、2004年のノース・ライト North Light に続く快挙。
オーナーのカーリッド・アブダッラーにとっては1993年のコマンダー・イン・チーフ Commander In Chief 以来17年振りの優勝となります。
勝ったワークフォースは、2歳時にグッドウッドで新馬戦を圧勝した逸材でしたが、春は調整が遅れて2000ギニーを断念。ようやくダンテ・ステークスでトライアル戦に走り、ケープ・ブランコ Cape Blanco (本日のフランス・ダービーに出走)の2着してこれが生涯の3戦目というキャリア。
これまでのレコードタイムを破ったワークフォースは、ダンテ・ステークスで負けた馬はダービーに勝てないというジンクスをも破って捨てました。尤もスタウト翁、このジンクスを“くだらん” と一喝していましたがね・・・。
ムーア騎手は考えていたより早く先頭に立ったと述懐していましたが、それは同馬の未だ3戦目のキャリアを心配してのことだったそうです。
因みに日本の競馬ファンにとっても今回のダービーは大注目。ワークフォースの父はエイシンフラッシュと同じキングズ・ベスト King’s Best であることをシッカリ覚えておいてください。
ワークフォースのプロフィールについては後日改めて取り上げますが、キングズ・ベストにとって2010年は日英ダービー・ダブル制覇という記念すべき年になりましたね。
ワークフォースの今後、当然ながらアイルランド・ダービーが目標となりましょうが、現時点では未定とのこと。ダービー前は伏兵の1頭という評価でしたが、真価が問われるのはむしろこれから。スタウト師としてはベストとまでは言えないものの、グレイテストという表現で同馬を讃えました。
気の早いブックメーカー各社は、早速ワークフォースを凱旋門賞の1番人気(4対1)にリストアップしています。
続いてこの日行われたもう一つのパターン・レース、プリンセス・エリザベス・ステークス(GⅢ、3歳上牝、1マイル114ヤード)もレポートしておきましょう。
9頭立て。ここは15対8の1番人気に支持されたアンターラ Antara が期待に応えています。
ペニーズ・ギフト Penny’s Gift の逃げ、ジャイラ Jira の追走を4番手でマークし、外を回って先頭に立つとリガーン Reggane の強烈な追い込みを首差凌いでの優勝。3着には2馬身差でパッシャタック Pachattack が入りました。
4歳のアンターラは、去年までドイツで走っていた馬。10月には10ハロンで牡馬を蹴散らしていた牝馬ですが、その後ゴドルフィンに移籍し、これがサイード・スロール厩舎でのデビュー戦でした。
騎手はもちろん主戦のランフランコ・デットーリ。いつものようにフライング・ディスマウントを披露しています。
2着したリガーンは、エプサムでは最近珍しくなったフランスからの挑戦馬。アラン・ロワイヤー=デュプレ師の管理馬で、フランスではレガーヌとでも発音するのでしょうか。
昨日はそのフランスでもパターン・レースが行われています。ロンシャン競馬場のパレ=ロワイヤル賞(GⅢ、3歳上、1400メートル)。
9頭が出走し、ここも11対10の1番人気に支持されたダルガー Dalghar が順当に勝っています。
2着は2馬身半差でコロニアル Colonial 、3着は更に1馬身半差でサリュー・ラフリカン Salut L’Africain の順。
逃げるコロニアルを2番手追走のダルガーが差し切っての優勝。
勝ったダルガーはアガ・カーンの持ち馬で、エプサムにリガーンを遠征させていたアラン・ロワイヤー=デュプレ厩舎の馬。クリストフ・ルメールが騎乗していました。
ダルガーはアガ・カーンの至宝ダラカニ Dalakhani 、デイラミ Daylami の半弟に当たる良血馬で、4歳馬ながらまだキャリアは浅く本格化はこれから。
次走に予定しているロイヤル・アスコットのクィーン・アン・ステークスが本当の意味での試金石になるでしょう。
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