強者弱者(157)
霧
七月より八月にかけて快晴の日は市に朝霧深し。両国、永代のほとり、塔影檣頭を模糊たる朝霧の裡に望む処、汽笛の声、遠く水面に迷うて船体の奈辺に在るを知らず、近く櫓声を脚下に聴いて、舟人の影墨絵の如きを見る。『ロンドンの朝霧』などいふ事思ひ出されてをかし。
日三竿にして霧未だはれず。仰いで望めば宛として水上の月に似たり。既にして微風動き、濃霧拭うが如く消散して、炎暑遽に焼くが如し。
蟋蟀の声野に涼し。
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「檣頭」(しょうとう)は、マストの先端。
「櫓声」(ろせい)は、文字通り、櫓を漕ぐ音。
『ロンドンの朝霧』はターナーの絵からの連想でしょうか。テームズ川=大川の趣か。
「三竿」(さんかん)は竹竿を三本重ね合わせた高さのことで、「日三竿にして」とは日が高々と上がっている時刻を指します。
私的体験ですが、今年の2月に長崎へ向かうとき、羽田は朝霧立ち込めて航空機の運航が出来ず。結局予定より4~5時間も遅れた午後の便に回されたことがありました。
これなどは正に“日三竿にして霧未だはれず。”ということでしょう。他人事なら風流に論評もできますが、自分のこととなると浅ましくも腹を立てたのが滑稽でした。
「蟋蟀」は、言うまでもなく「こおろぎ」。普通に「しつしゅつ」と読んでも正解です。
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