今日の1枚(122)

今日からは暫くの間、古い録音を聴いて行こうと思います。レコードは正に「記録」であって、現在では最早ナマでは接することが出来なくなった録音にこそ楽趣があるのじゃないか。

ということで取り上げるのは、ウィレム・メンゲルベルク Willem Mengelberg (1871-1951)。戦前の指揮者ですし、来日したことはありません。私も古いレコードで僅かに知っている程度。
戦前から「巨匠」の一人と言われていましたが、日本では一般的にはトスカニーニやフルトヴェングラーほどの人気は無く、ごくマニアの間で楽しまれていた指揮者のようです。
ポルタメントという独特な演奏法を多用するために時代遅れのレッテルを貼られてきましたが、果してそうか。手元にある何枚かをジックリ聴いてみようではありませんか。

差し当たって3枚。メンゲルベルクのテレフンケン録音を復刻したものから行きましょう。
第1弾は、

①ベートーヴェン/交響曲第5番
②ベートーヴェン/交響曲第6番

いずれもメンゲルベルク指揮コンセルトへボウ管弦楽団 Concertgebow Orchestra の演奏です。CDはハンブルクのテルデックから1999年に発売された「テレフンケン・レガシー」の1枚で、3984-28408-2 。

録音データは①が1937年4月5日の録音、②が1937年12月22日の録音とだけ。録音場所や技術者の名前は明記されていません。恐らくコンセルトへボウでの収録でしょうが、確たる記録はないようです。
世界録音百科事典(WERM)によると、①はテレフンケンの SK 2210/3 の4枚8面、②は SK 2424/8 の5枚10面のSP盤が初出のようです。
当CDブックレットにはマトリックス番号が掲載されていて、①は 022110-022117 、②は 022708-022717 ですからSPの面数とも合致します。

このシリーズは普通のプラスチック・ケースではなく、昔のLP仕様を小さくしたような紙ベースのジャケットになっていて、ディスクを取り出すのがやや面倒ですね。

復刻の音質は中々に優れていて、もちろん録音の古さは隠せませんが、決して聴き辛いものではありません。重低音も良く収録されていて、戦前のものでは優秀録音だったのじゃないでしょうか。さすがテレフンケン、か。

ジャケットに付された解説はオランダ人の Frits Zwart という人。メンゲルベルクの研究家らしく、2分冊からなる伝記を執筆中の由。日本語で読めるようになれば、我が国のメンゲルベルク理解に役立つでしょうに。(もう読めるんでしょうか。私は知りません)

ここにも書かれているように、メンゲルベルクの先生であるケルン音楽大学のフランツ・ヴュルナー Franz Wullner (1832-19029 は、ベートーヴェンの孫弟子に当たります。
即ち、ベートーヴェンの弟子にあたるアントン・シントラーが、ヴュルナーの先生というわけ。
正に、メンゲルベルクはベートーヴェンの4代目の弟子、直系のベートーヴェン解釈者ということになるのですね。

心してメンゲルベルクのベートーヴェン演奏に耳を傾けるべし。

例によってメンゲルベルクはスコアにいろいろ手を加えていますが、それは当時の指揮者がやらなければならないこと。指揮者たるもの、作品の価値を高めるべく、音楽をより聴き手に判り易く伝えるべく努力せねばならぬという精神から生まれたこと。「改竄」とはニュアンスが違う行為と解釈すべきでしょう。

メンゲルベルクの加筆・改訂は多岐に及びますが、ここでは特に注意すべきものに限って触れることにします。いちいち取り上げていては煩わしいばかりですから。

①は意外に大人しいと言うか、ストレートな演奏です。
第1楽章の繰り返しは実行。再現部でファゴットをホルン信号に変えているのは、他の名指揮者と同じ。これを最初に試みたのは誰なんでしょうか。

第2楽章の冒頭、コントラバスはピチカートですが、アルコも加えているように聴こえるのは録音のせいかも。
練習記号C、他の弦の音量を落としてチェロ+コントラバスのメロディー・ラインを浮き立たせるのはメンゲルベルクの名人芸。

第3楽章トリオの繰り返しはもちろん実行。

第4楽章提示部の繰り返しは省略。
展開部、練習記号Cからのコントラファゴット+低弦に更にトロンボーン(恐らく3番、バス・トロンボーン)を加えたり、コーダ(第390小節から)でもコントラファゴット+低弦にトロンボーンを加えるのもメンゲルベルク以外では聴いたことがありません。

②はメンゲルベルク・ファンの間でも問題が多い演奏とされてきたそうですが、今回何度か繰り返し聴いてみて、私はメンゲルベルク最高のベートーヴェン解釈、数ある田園の中でも最大の名演とは言わないまでも、最もユニークで面白い演奏だと確信しました。

その演奏の主眼は、メロディー・ラインを大切にし、柔らかい表現で作品の叙情的側面を最大限に引き出すことにあると思います。

第1楽章はテンポの速さ、浮き立つようなベートーヴェンの心の動きに注目。最初の一音からして、第5に比べて弦楽器の数を減らしていることが判ります。
オーボエの音の独特なこと。今日のオケでは珍しくなった、如何にもオケの中のオーボエという佇まいが魅力です。
第1楽章提示部の繰り返しは省略。

何と言っても特徴的なのが第2楽章。その主旋律のアーティキュレーション。
上手く言葉では表現できませんが、伴奏部がスコア通り8分の12拍子なのに対し、第1ヴァイオリンが4分の4拍子で演奏しているような感じ。現代の感覚では「間違い」に違いはありませんし、最初は違和感を覚えるのも事実ですが、慣れてしまうと真に魅力的。こんなアーティキュレーションはメンゲルベルクだけに許されたものと言えるでしょう。

鳥の声の自由なこと!! 各奏者が鳥に成り切って歌っています。

第3楽章ではトリオ部。ここではフルートをピッコロに替えています。メンゲルベルクはこの点に関し、“ベートーヴェンが書き忘れた” とヌケヌケと発言。
繰返しを実行して、5部構成のスケルツォを意識させてくれます。

第4楽章もアイディア一杯。第44小節の弦をスル・ポンティチェロにしたり、第60小節のトランペットをミュートで吹かせたり、と。これなんか電光のイメージでしょうね。

第5楽章も作品の快活さに力点を置いたもので、副次主題を弾むが如く演奏するのは、第1楽章の第2主題と見事に釣合が取れています。

最後のトロンボーン(第255小節)を弱音器付きで吹かせ、鄙びた音を響かせるのも効果的。

繰り返しになりますが、真にユニークで面白い田園交響曲の名演奏。

参照楽譜
①ユニヴァーサル(フィルハーモニア) No.1
②ユニヴァーサル(フィルハーモニア) No.3

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