今日の1枚(125)

ウィレム・メンゲルベルク Willem Mengelberg の録音、今回からは「ライヴ ラジオ録音集」と題されたセットものを1枚づつ聴いて行きましょう。全てコンセルトへボウ管弦楽団 Concertgebow Orchestra との演奏で、タイトルにあるようにほとんどが定期演奏会などの実況中継を収録したものです。

オランダのQディスクというレーベルから発売されたもので、以前に取り上げたベイヌムのライヴ録音集と同じレーベルです。全部で10枚のCDに付録としてDVDが1枚付いている貴重な記録。

メンゲルベルクの没後(1951年3月22日没)50年を記念して2001年の3月にリリースされたアルバムで、セットとしての品番は 97016 。
ディスクの体裁はクラムシェル仕様ボックスと呼ぶのだそうで、1枚ごとの解説は無く、厚手の総合解説書が付いています。
この解説は、テレフンケンのベートーヴェンも担当していたメンゲルベルク研究家の Frits Zwart 。この時点では「メンゲルベルク伝第1巻」の著者として紹介されています。オランダ語、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語の5カ国語対応。残念ながら日本語はなし。

その1枚目は、

①ウェーバー/歌劇「オベロン」序曲
②ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
③マーラー/さすらう若人の歌
④マーラー/交響曲第5番~第4楽章「アダージェット」

放送録音なので技術者などの名前も録音場所もクレジットはありませんが、当然ながらアムステルダムのコンセルトへボウでの演奏でしょう。
ただし④のみはコロンビアへのSP録音が使われています。

演奏日付は、

①1940年10月13日
②1942年5月9日、ピアニストはコール・デ・グロート Cor de Groot
③1939年11月23日、バリトンはヘルマン・シェイ Hermann Schey
④1926年5月、コロンビア録音

いずれも戦前の放送録音ですから、音質には限界があります。それにしてはコンサートの雰囲気がよく録られた聴き易い音という程度でしょう。

古いファンはご存知のように、メンゲルベルクは演奏を開始する前に指揮棒で譜面台を二度、カチ・カチと叩く癖がありました。このセットのライヴ録音にはほぼ全てこの「カチ・カチ」が入っていますし、当然ながら演奏が終わった後には客席の拍手も盛大に聴かれます。

①は、メンゲルベルクが得意としたコンサート・オープナー。テンポの伸縮を大きく取っているのが特徴。

②は真に立派なベートーヴェン。この1枚の白眉でしょう。以前にもCD化されていたそうですが、一部だけだった由。今回はソリストのグロート自身が保有していた全曲録音からCD化されたもの。貴重な資料です。

グロートは特にベートーヴェンとショパンを得意としていたピアニストで、ベイヌムとのラヴェルも当シリーズで取り上げました。
ピアノの音が一寸独特で、恐らくスタインウェイではないと思います。第217小節からのレジェルメンテなど、ハープかと見紛うほどの軽やかさ。

第1楽章が終わったところで盛大に拍手が起こるのにも驚かされます。まさかここで終わりと勘違いしたのではないでしょうが・・・。
楽章間のノイズや調弦の音もそのまま入っており、メンゲルベルクの「カチ・カチ」で次の楽章が始まります。

面白いのは第3楽章。冒頭のロンド主題はホルンの持続音が支えますが、印刷譜では sempre pp とあるのを無視し、ピアノの ff に合わせるようにホルンが強奏します。小節数で言うと、83・87・93小節。
ロンドですから同じことが三度登場し、176・180・186小節、328・332・338小節も同じ。原典に拘る人にとってはとんでもない改竄と映るでしょうが、曲想に鑑みれば見事な解釈でしょう。

294小節から312小節までの間、ピアノの ff に対しオーケストラは p で演奏するようになっていますが、メンゲルベルクはここのオケをピアノと同じフォルテで演奏させているのも斬新な処理。

③メンゲルベルクはマーラーを得意にしていましたが、残された録音は当盤の③④と第4交響曲だけ。その意味でも貴重な演奏。
第3曲でバリトンがほぼ1小節早く歌い始めている(練習番号22の2小節前)のは単純な飛び出しでしょう。

④は1926年の録音だけに、辛うじて演奏スタイルが判る程度。鑑賞の限界でしょうか。
WERMによると、コロンビアの CL 1798 という品番で出ていたSPで、一部とは言え第5交響曲としては世界初録音。

現在ではポルタメント、特に中間部は煩わしいほどに感じられますが、テンポの速さには注目。
メンゲルベルクはマーラー自身が最も信頼していた指揮者で、メンゲルベルクもマーラーの演奏を踏襲していた巨匠。このアダージェットは7分15秒で演奏しています。

これを手元にある現代の指揮者のレコードで比べると、速い順に、

ブルーノ・ワルター 7分35秒
ゲオルグ・ショルティ 9分51秒
ジョン・バルビローリ 9分52秒
ラファエル・クーべリック 10分27秒(ライヴ盤)
ロリン・マゼール 10分30秒
ヘルベルト・フォン・カラヤン 11分51秒
クラウス・テンシュテット 11分54秒

という具合。私の知る限りではメンゲルベルクが最速で、如何に今日のマーラー演奏が遅すぎるかの一事例じゃないでしょうか。
メンゲルベルクによる全曲録音が残されていないのが残念でなりません。

参照楽譜
①オイレンブルク No.607
②オイレンブルク No.706
③オイレンブルク No.1053
④ペータース No.3087

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