今日の1枚(133)
メンゲルベルクのラジオ・レコーディング集、残り2枚はいずれも大物です。先ず9枚目はベートーヴェンの第9交響曲、1938年5月31日の演奏のライヴ収録。
ソリストは、ソプラノがトー・ファン・デア・スルイス Tor van der Sluys 、アルトはスーゼ・ルーヘル Suze Luger 、テノールはルイ・ファン・トゥルダー Louis van Tulder 、バスがウィレム・ラヴェッリ Willem Ravelli という陣容です。
合唱は2団体がクレジットされていて、アムステルダム・トーンクンスト合唱団 Amsterdam Toonkunstkoor と Koninklijk Oratoriumkoor 。後者は読み方が判りませんが、ある資料ではオランダ王立オラトリオ協会合唱団とも。果して同じ団体でしょうか。
ソプラノのスルイスは、当セット2枚目でバッハのカンタータを歌っていた人。経歴等は不明です。
メンゲルベルクのベートーヴェン・ツィクルスは世界的に有名で、毎シーズンのように開催されていました。第9のソリストと合唱もほぼ同じメンバーで固定されていたのではないでしょうか。(確かめたわけではありません)
ここに収められたものは、1937-1938シーズンに開催されたベートーヴェン・ツィクルスの最終日に当たっていたもの。メンゲルベルクのツィクルスは第9で締め括られるのが習わしでした。
現在ではメンゲルベルクのベートーヴェンは恣意的、あくの強い演奏として余り評価されていませんが、戦前、少なくとも1930年代までは最も権威あるベートーヴェン解釈として崇められていたものです。
過度なルバート、ポルタメントの多用、楽器の追加や変更は今日的ベートーヴェンとは言えませんが、それでも細部まで磨き抜かれたアンサンブル、徹底した解釈には一聴の価値がありましょう。
録音は、シリーズを通して低音が不足気味。それでも当時のラジオ放送音源としては“良い方”じゃないでしょうか。
各楽章、細部に拘って聴くと、
第1楽章提示部、第103小節と107小節にティンパニのリズム楽句を加筆しています。同じ箇所の再現部では第374小節も同じ扱い。
コーダ、第531小節以降の ff では、ティンパニを金管のリズムに整合させて叩かせているのが他の指揮者と違うところ。“タ・ターン”というアクセントが強調されます。
第2楽章の繰り返しは、スケルツォ後半のみ省略。もちろん習慣としてスケルツォ再現の際には全て省略されます。
この楽章はメンゲルベルクの楽器加筆が目立つところで、先ずスケルツォ全体をソナタ形式と見た場合の第2主題、93~108小節までは木管にホルンを重ねます。この箇所の再現部に相当する第330~345小節までは更にトランペットも重ねてメロディー・ラインを強調するのが独特。
更に展開部に相当する箇所、175小節の弦だけによる“タッタタ”にトランペットの加筆が聴き取れます。
再現部で第1主題が ff で登場する時に、276小節と280小節の第1ヴァイオリンをオクターヴ上げる変更は、現代でも良く聴かれる伝統の技。確かにこの方が音楽の流れが自然に聴こえます。
楽章の最後にティンパニを2発加えるのもメンゲルベルク流。第558の3拍目とと559小節の頭ですね。
第3楽章ではメンゲルベルクによる加筆・訂正ではなく、奏者のミスが見つかります。第20小節のティンパニ。極めて単純な箇所ですが、コンセルトへボウでもこういうことがある、という一例。
第4楽章冒頭のファンファーレ風楽句にトランペットを重ねるのは、メンゲルベルクの専売特許じゃありません。
有名な「歓喜の主題」が低音から次第に高音域に繰り返される箇所、ヴィオラが主題を受け持つ時のリズム(第119小節)を付点音符に変更するのは筋が通っているように感じます。何故ベートーヴェンはここだけ四分音符二つに変えたのでしょうかねぇ~。
オーケストラだけの前奏から声楽の入りに移行する経過部。第189小節の4拍目以降198小節までの間、メンゲルベルクは第1ヴァイオリンに木管のメロディーを重ねるように変更を行っています。
メンゲルベルクの第9演奏の白眉は、第二中間主題とも言えるアンダンテ・マエストーソから、続く神秘的なアダージョにかけてでしょう。男声合唱の Seid umschlungen, に主導される箇所ですね。
柔らかな表現と一糸乱れぬコーラス。特に Kuss や Muss を強調する解釈はメンゲルベルクの独壇場。
ここの素晴らしさに聴き惚れたのか、続く二重フーガの最初の部分でティンパニが見事に落っこちています。直ぐに修復されますが、第3楽章のミスと言い、この日のティンパニ奏者にはやや集中力が不足していたように感じられます。
傑作なのは最後の最後。第939小節に大きなリタルダンドをかける大技。昔からメンゲルベルクの第9では最も特徴的な箇所でした。某有名指揮者がこれを真似して失笑を買ったことが懐かしく思い出されます。
(某って誰だって? 口が裂けても言いませんよ。)
参照楽譜
ユニヴァーサル(フィルハーモニア) No.30
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