2011年の音楽聴き始め

昨日の土曜日、今年最初のコンサートを聴いてきました。以下のもの。

≪クァルテット・エクセルシオ 慶應キャンパスコンサート≫
モーツァルト/弦楽四重奏曲第7番K160
ヤナーチェク/弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」
     ~休憩~
シューベルト/弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」
 クァルテット・エクセルシオ

実はこのコンサート、慶応義塾大学の課外授業の一環として行われるものと聞いていましたので軽い気持ちで出かけたのですが、実に刺激に満ちた体験でした。その辺りを・・・。

会場は、初体験の慶応大学日吉キャンパス協生館 藤原洋記念ホール。先ずこのロケーションに驚いてしまいました。

東急東横線の日吉は5年も通った駅ですし、その後は10年ほど実際に住んで暮らしていた街でもあります。それからの紆余曲折、日吉に降り立ったのはほぼ四半世紀ぶりのことでしたが、駅前の風景の変貌は、恰も自分が浦島太郎になったような気分でしたね。

第一に日吉への行程が変ってしまいました。以前通っていた頃は、大井町から田園都市線で自由が丘に出、東横線に乗り換えて日吉というのが通常のルートでした。
ところが今回所要時間を確認するためにネットでググッて見ると、乗り換え駅は大岡山が最短とか。なるほど東急大井町線は急行が走っており、大岡山では同じホームで東急目黒線の急行に連絡しています。この目黒線の終点が日吉。このところ引き籠り勝ちのメリーウイロウとしては、かなりのカルチャーショックでしたね。

日吉の駅がまた凄い。かつては東横だけだったのに、今や東急でも東横線と目黒線の二系統があり、地下鉄グリーンラインという耳新しい路線も停まるらしい。しかも駅は、今回の目的地である慶応キャンパスの協生館と地下で繋がっている。悪名高き綱島街道の下を潜る様に日吉の丘に登ることが出来る仕掛けになっているんですな。いやはや、どうも。

完全に御のぼりさん状態の我々は、辺りに目を奪われながらホールに辿り着きます。広い館の窓からは昔懐かしい慶應のグランドが見渡せます。あっ、ここは見覚えがある。
開館して3年ほどという当施設については、私の手には余るので、こちらから↓

http://www.kcc.keio.ac.jp/guide/hall.html

さて、コンサートは何と無料。私共は「エクフレンズ」の関係からお誘い頂いたのですが、「ぶらあぼ」にも掲載されていた所為か、ほぼ500席という開場も満席に近いほど埋まっていました。もちろん学生の姿も数多く見かけられます。

コンサートが始まる前、スタッフの二人の学生から演奏会の趣旨や経緯が紹介されました。後半はエクの4人にもインタヴューがあるという進行。

簡単に纏めると、慶應義塾では実験授業と名付けたプロジェクトがあり、今年度は「構造的聴取」として5回の課外授業が行われ、この日のコンサートは締めくくりとして開かれる由。
(5回のうち3回は、クァルテット・エクセルシオも参加しての実演が行われたそうです)

課外授業のために大学からは単位は与えられないのだそうですが、参加者は生徒に止まらず、OB・OGから噂を聞きつけた他学の学生にまで及んだとか。
授業の具体的テーマは「文学と音楽の対決」だそうで、題材はヤナーチェクの「クロイツェル・ソナタ」。トルストイの輪読はもちろん、ヤナーチェク作品の考察から、果てはコンサートのプロデュースそのものまでが参加した学生にとっての課題だったとか。

事前に案内されたコンサートのチラシ、当日のプログラム誌も学生スタッフの手作りだったんですね。もちろん音楽プロデュースのプロによる指導の元での挑戦。

こうした試みは、恐らく演奏者としてのエクにも大いに刺激になったはず。普段日常的に行われるコンサートは演奏者から聴衆への一方的な情報発信に終わってしまいますが、ここでは更に一歩踏み込んで、双方向的な音楽体験の実験が試されているのです。

そのことは、この日の演奏にも反映されているように感じましたね。
プログラムは先に上野で行われた定期演奏会とほぼ同じ、ハープの代わりに当然ながらクロイツェル・ソナタが選ばれていたので細部は省略しますが、クァルテット・エクセルシオの演奏は一段と完成度を高めたものになっていました。
(アンコールもあって、ボロディンの夜想曲)

改めて彼らの演奏に接して思うのは、エクは実に恵まれた環境にあるということ。もちろん実力あってのことですが、昨今の彼らの活動は単にコンサート活動に止まらず、アウトリーチあり、後進の指導(サントリー室内アカデミー)あり、今回の実験授業ありと。更に定期演奏会についても毎回試演会を開き、聴き手の反応を絶えず取り入れる努力も重ねています。

一見して演奏とは無関係な経験は、ボディーブローのようにして蓄積されていくもの。この日も何処がどうという指摘は出来ませんが、明らかに様々な体験が演奏の完成度に繋がっていることに間違いないのです。

音楽の力、それはただ楽譜と睨めっこしていても得られるものではないでしょう。プレトークで女子学生が披露したエピソード、授業の一環で弾かれた「ハープ四重奏曲」を聴いて涙が止まらなくなったという事実。それこそが音楽の力。

当日会場で出会った旧知のA氏も、K氏も、N氏もホールの音響の素晴らしさを強調していました。私も全く同感。響の柔らかさと、演奏の細部が明瞭に客席に届く鋭敏さが両立しているのです。

そこで出てくるのが、ホールの稼働率が低いのは勿体ないじゃないか、という疑問。私などは“いっそのこと、エクにレジデント・クァルテットになって貰えば良いじゃないか” と思ってしまうのですが、そこはそれ、財政的な問題が立塞がっているのでしょう。

全てが費用対効果で判断されてしまう現在ですが、福翁を師と仰いで賢人たちが集っている義塾のこと、頭を左に捻ったり、右に傾げりたりすれば妙案が生まれるはず。
あっ、そうか。それも含めてプロジェクト実験授業なんだ。頼もしいぞ、慶応義塾、そしてクァルテット・エクセルシオ。

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