今日の1枚(171)
今回はトスカニーニを一休みして別のものを聴きます。というのも3月8日はアラン・ホヴァネスの誕生日、今年が生誕100年の記念日なんですねェ~。そこでホヴァネスの音盤を取り上げようという趣向です。
ところがホヴァネスと言っても手元にあるのはこれだけ。フリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団による「Living Stereo」の1枚。BMGクラシックスの輸入盤で、09026 61957-2 という品盤です。
①ホヴァネス/神秘の山 作品132(交響曲第2番)
②ストラヴィンスキー/「妖精の口づけ」ディヴェルティメント
③プロコフィエフ/交響組曲「キージェ中尉」
録音データは以下。
①②1958年4月28日 シカゴ オーケストラ・ホール
③1957年3月2日 シカゴ オーケストラ・ホール
オリジナルLPは「山」をテーマとした①②の組み合わせで、CD化に当たって③が加えられました。当時のRCAの録音スタッフ、いずれもプロデューサーは Richard Mohr 、エンジニアが Lewis Layton という名コンビによる収録です。
レッキとしたステレオ。恐らく当時のシステムとして、ステレオとモノラル両用に3チャンネルで録音されたのではないでしょうか。
今日の主眼は①を聴くことなので、ホヴァネスについて少し深入りしましょう。
アラン・ホヴァネス Alan Hovaness は、1911年3月8日にマサチューセッツ州サマーヴィルに生まれ、2000年にシアトルで没したアメリカの作曲家、指揮者、オルガニスト。ボストンで学んだ後にニューヨークで活動した人で、膨大な作品を残しました。当盤のライナー・ノーツ(オリジナルLP盤に付けられた Oliver Daniel 筆)によれば、彼は作曲家になりたいとは決して思わなかったそうですが、作曲はしたかった由。
痩せて、エル・グレコ風の風貌を持ち、スコットランド人とアルメニア人の血を引く深く黒い目の持ち主だったそうな。
当初から東洋の音楽や楽器に興味を持ち、一方でデュファイやデ・プレに代表される15・16世紀のポリフォニー音楽の手法を取り入れて作曲しています。67曲を数える交響曲、オペラ10曲などが代表作。
私がナマでホヴァネスを聴いたのは唯一度だと記憶しています。それは1965年9月の日本フィル定期、アンドレ・コステラネッツの指揮で「日本の版画による幻想曲」という作品でした。木琴のソロが平岡養一さん。
しかしレコードでは、今回取り上げる「神秘の山」のライナー盤だけがホヴァネス体験だったでしょう。
当盤には「交響曲」の文字は一言も載っていませんが、AMP版のスコアには「交響曲第2番」の副題が書かれています。(記録を見ると、日本フィルはホヴァネスの第3交響曲も演奏しています)
タイトルの「神秘の山」は特定の山を指すのではなく、あくまでも精神的な象徴としての山。レオポルド・ストコフスキーの委嘱で書かれ、1955年10月にヒューストン交響楽団によって世界初演されました。献呈はもちろんストコフスキーに。
この初演は全米にテレビ中継されたそうで、評判も良く、シンシナティ、クリーヴランド、デトロイト、ボストンと次々と紹介。1958年の夏にはストコフスキーのソ連楽旅でモスクワ、レニングラード、キエフでも取り上げられています。
当録音も、そうした作品の好評を受けて実現したものでしょう。
作品は全部で3楽章。管弦楽編成は、フルート3、オーボエ2、イングリッシュ・ホルン、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン5、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、チェレスタ、ハープ、弦5部。
第1楽章は4分の10拍子(3+3+4)をベースにしたアンダンテ・コン・モート。時折鏤められるチェレスタが印象的で、左側から聴こえます。ホヴァネスが影響を受けたとされる賛歌風音楽。
第2楽章には「二重フーガ」とタイトルが付けられています。前半は賛歌風主題によるフーガ。後半はアレグロ・ヴィーヴォの第2主題によるフーガで、これに賛歌風主題が金管に登場して二重フーガを形成。
当盤は後半の開始個所にもインデックスが振られ、作品全体は四つのトラックに分けられています。
第3楽章は第1楽章と対を成すような賛歌風楽章。4分の7拍子をベースにするアンダンテ・エスプレッシーヴォが、ハープと弦によるコン・モートの中間部を挟むようなサンドイッチ形式で書かれています。
三つの楽章に共通しているのは終結で、どれも同じ和音が高まって終わります。第1楽章は f 、第2楽章が fff 、第3楽章は ff で。クライマックスを成す第
2楽章を頂点に、緩やかな裾野を思わせるように緩やかな音楽が支える構成が山を連想させます。
先に記したように、②は①とのカップリングとして選ばれた「山」繋がりの作品。こちらはスイス・アルプスが舞台になったバレエ音楽を、演奏会用に組曲の形に編纂したものですね。一般的に「ディヴェルティメント」で知られ、スコアのタイトルもそうなっています。
全部で4楽章。各楽章は(1)シンフォニア (2)スイス舞曲 (3)スケルツォ (4)パ・ド・ドゥ とタイトルが付けられ、(1)と(2)はアタッカで演奏されますが、当盤は各楽章の頭にインデックスが振られています。
(2)がこのカップリングの切っ掛けにもなった楽章で、スイス山岳民族の舞曲なのでしょう。中間(練習番号64)にワルツが置かれていますが、ここで登場するホルン・ソロ(練習番号67)は明らかにヨーデルを描写していると思われます。
(3)は聴き始めはスケルツォとは思えませんが、スケルツォ主部は練習番号86から。鄙びたオーボエが歌う個所(練習番号97)からが所謂トリオで、練習番号100からがスケルツォの再現。従って冒頭(練習番号83)から86までは当楽章に付けられた序奏と考えれば構成を理解し易いでしょう。
スケルツォ楽章の最後の小節、ライナーはハープを1拍前にずらし、チェロのピチカートと同時に鳴らしています。現代作品には珍しい改変かも。
(4)も複雑な構造ですが、ここはスコアに従えば(a)アダージョ (b)ヴァリアシオン(練習番号119から) (c)コーダ(練習番号125) の三部形式。
ライナーは全曲の最後のフェルマータを、ややディミニュエンド気味に扱っているのが特徴です。
③は①②よりほぼ1年前の録音ですが、こちらの方が音質的にメリハリがあるような気がします。作品の性格にもよるでしょう。
映画音楽を基に5楽章の組曲に纏めたものですが、第2楽章と第4楽章には声楽が入る版もあります。ライナー盤は声楽無の純粋オケ・バージョン。ブージー版スコアは両方が印刷されていて、オケ版は bis となっています。スコアを見ながら聴く場合は、あらかじめオケ版第2・4楽章の冒頭に付箋でも挟んでおけば迷わずに済むでしょう。余計なお節介、か。
冒頭と最後に舞台裏で吹かれるコルネットが出ますが、左奥から如何にも舞台裏の感じで聴こえてきます。コルネットとトランペットの音色の違いが見事に捉えられている好録音。
ということで、これを手掛かりにホヴァネスの音楽に触れようじゃないか、という一枚でした。
参照楽譜
①アソシエーテッド・ミュージック・パブリッシャーズ AMP-95822
②ブージー&ホークス No.665
③ブージー&ホークス No.663
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