東京フィル・第800回定期演奏会

久し振りに豊かな気持ちで演奏会を楽しんできました。ああいうことがあると中々音楽に集中できるものではありませんが、やはり音楽はナマで聴くもの。それが昨夜のように感動的なコンサートになれば、改めて音楽の力に感謝するばかりでしょう。

東京の桜は既に終盤。今年は華やかな気持ちにもなれず、気が付けば花は嵐のように散り始めていました。

私は、これまで東フィルとはあまり深い付き合いはして来ませんでした。従兄弟が法人会員だった時期があり、時々誘われてオーチャードやサントリーに出掛けた程度です。
それが今年だけは定期会員になろうと決めたのは、創立100周年に当たるシーズンのコンセプトに共感したから。

モットーは「日本の力」。次の100年に向けて、世界を駆ける日本の力という発想は、大震災を受けて生まれたものではありません。以前から決まっていたことであり、偶然にも日本が現在のような状況に陥ったのです。
オーチャード、東京オペラシティ、サントリーの三種ある定期シリーズのほとんど全てが、日本人指揮者、日本人ソリストに委ねられ、日本人作曲家の手になる名曲が多数鏤められています。これを通して聴かない手はないでしょう。
私が選んだのは一番アクセスの良いサントリー・ホールの定期ですが、他にも聴きたいものは色々ありますね。

その最初の会に当たるのが、記念すべき第800回定期でした。曲目は以下のもの。

三善晃/管弦楽のための協奏曲
武満徹/オリオンとプレアデス
     ~休憩~
シベリウス/交響曲第2番
 指揮/尾高忠明
 チェロ/堤剛
 コンサートマスター/荒井英治

節電のためホール内の照明は暗く、記念定期の華やかさは一切ありません。会員としての初定期なので様子は判りませんが、ホールに空席が目立つのは自粛ムード故なのか、やや気になります。日本人ばかりじゃ聴きたくない、というファンが多いということは信じたくありません。
舞台に録音用のマイクが林立しているのが目に飛び込んできます。これもいつもの事か否かは不明。子供のころは「家庭音楽会」というラジオでよく東フィルのコンサートを聴いたものですが、現在でもFMなどで放送されている習慣があるのでしょうか。

今回の曲目は、東フィルの桂冠指揮者である尾高忠明が特に希望して選曲された由。メインのシベリウスは、1974年に氏が東フィルの常任指揮者に就任した際の披露演奏会で取り上げたもの。
また武満作品は、同コンビが共演の堤氏と共にパリで世界初演した作品。更に三善作品は、マエストロが初めてN響定期を振った時の思い出の一品とか。

マエストロのメッセージを待つまでもなく、前半の2曲は、日本の作曲家が世界的に見ても極めて高いレヴェルにあることを確信させてくれる演奏でした。
もちろん両曲とも「西洋楽器」を用い、西洋音楽のテクニックを駆使して創られた音楽ですが、明確に日本人の個性が滲み出てきているもの。三善と武満は、いわば動と静の対照に位置するものの、日本人が昔から扱ってきた自然に対する畏敬が感じられるのです。

尾高忠明は、恐らく日本の指揮者の中でも最も聴感の鋭い指揮者でしょう。三善作品の音程に対する拘りが、真に緻密な名演を産み出していたと思います。

武満作品でソロを受け持った堤剛は、この作品の初演者。譜面台に楽譜を置いてはいましたが、一ページも捲ることはありません。作品の隅々まで熟知した演奏は、時に掘り深く、時に管弦楽と寄り添うように武満ワールドを実感させてくれました。

休憩を挟んで演奏されたのは、先にも書いたようにマエストロの想いが籠められたシベリウス。円熟著しい尾高の、時にアグレッシヴと思えるほど情熱を漲らせた演奏に圧倒されます。
気が付けば、これはシベリウスの真意に拘わらず「愛国的情熱」を掻き立ててきた音楽。いまここで、このように演奏されれば、どうしても今の日本と重ね合わせて聴いてしまうのは致し方ないでしょう。

東フィルも渾身の演奏でマエストロに応えました。空席が多いこともあって、ホールは鳴りに鳴り、いつもより豊かな響きに満ちていたと思います。
初めてなのでお名前は判りませんが、トランペットが見事でしたね。

聴衆の素晴らしさも感動的でした。圧倒的な音響の高まりの中で終結するシベリウスですが、この夜の聴き手はマエストロの手が降り、最後の余韻がホールに消え入って後に大きな拍手が起こりました。フライングに近い歓声が起きるのが常のこの曲に対して。
少ないながらも、本当に音楽を愛する聴衆なのでしょう。

本来ならコンサートはこれで終了ですが、マエストロが拍手を制して“聞こえますかぁ~” と呼びかけ、現在の大変な状況についてのスピーチがありました。途中で何度も拍手があったのは、氏の考えに多くの方が共感したからでしょう。
100周年と謳いながら記念の「グレの歌」を計画停電とやらに断念せざるを得ず、本格的にコンサートを再開できたのはこの日の定期が最初だったのだそうです。正に新たな一歩を踏み出す演奏会。

特別なこととして、エルガーのエニグマ変奏曲からニムロッドがアンコールされました。

私はこの頃涙脆くなっていけないのですが、アンコールが終わって目頭を押さえていた人が何人もおられました。音楽ほど人を感動させる人間行為が他にあるでしょうか。

後でプログラムを読んで気が付いたのですが、東フィルは4月から東日本大震災により故郷から避難されている方々を公演に招待しているそうです。“とどけ心に”特別招待シートという試み。
昨夜はどの位の方が招待を受けられたのか判りませんが、聴かれた方は必ずや心に届いたものがあった、と確信します。この案内は、都内の避難所や東フィルのチケット・サービスでも扱っているとのこと。

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