東京フィル・第824回定期演奏会

東フィルは2回ほど定期をパスしてしまいましたので、昨日は久し振りのサントリー定期に出掛けました。個人的には大いに期待したい指揮者、三ツ橋を聴くのが目的です。

ストラヴィンスキー/バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)
ブロッホ/ヘブライ狂詩曲「シェロモ」
     ~休憩~
ムソルグスキー(ラヴェル編)/組曲「展覧会の絵」
 指揮/三ツ橋敬子
 チェロ/ガブリエル・リプキン
 コンサートマスター/三浦章宏

これまで三ツ橋はベートーヴェンを聴く機会がほとんどでしたが、今回は近現代の作品と言うところが新鮮です。どんなアプローチが聴けるでしょうか。

圧巻は何と言ってもブロッホでした。ソロのリプキンは2007年が初来日だったそうですが、私は初めて接したと思います。都響と新日とは共演済みとのことですが、私はどちらのオケとも接点がありません。
1977年イスラエル生まれ、15歳でイスラエル・フィル(ズービン・メータ指揮)と共演という華々しいスタートを切りましたが、2000年からの一時期は自己を見つめるために演奏活動を休止した由。この辺りが他の若手とは一線を画する個性なのでしょう。

ブロッホのシェロモは名高い作品ですが、実演に接する機会は余り多くはありません。私も専ら録音で親しんできました。しかし今回聴いた演奏は、これまでの体験を遥かに上回る素晴らしいもの。作品の本質に初めて触れた想いです。

出だしからして違う。これは英語やドイツ語、フランス語などの言語で書かれた作品ではなく、ヘブライ語で語られる音楽だということが一聴瞭然。リプキンのチェロは、書かれた音符を超越した自由さを獲得しているのでした。
スコアは便宜上8分の9拍子、4分の3拍子、また6連音符や5連音符が連なっていますが、イントネーションには完全にヘブライ語のアクセントが必要。私はヘブライ語はチンプンカンプンですが、所謂西洋系音楽言語とは明らかに異なることが、リプキンの弾き出すカデンツァからして明瞭に聴き取れます。

ソロモンの声(チェロ・ソロ、練習番号9)に応えてユダヤの民衆が唱和する最初のオーケストラだけによるクライマックス(練習番号14辺り)で、リプキンは躰を大きく左右に揺らして音楽に没入して行く。その姿を見ているだけで、ブロッホ作品の本質が理解出来たような感覚に捉われました。
絶望の中に時折光も射しますが、全ては再び悲嘆の裡に消えていく。その光線の微妙な揺らぎも見事に表現。
オーケストラも見事なバックでリプキンを支えます。弦楽器は、ブロッホが指定した最低限の人数に抑え(12-10-8-6-4)、ソロとのバランスに配慮。指揮者にとっては技術的にもかなり難しい作品と思われますが、三ツ橋の的確な棒には頼もしささえ感じました(練習番号31のバトン・テクニックなど)。

シェロモはチェロ協奏曲の一種ですが、名人芸よりは朗誦のために書かれた作品。リプキンのチェロ(17世紀、Zihrhonheimer, 作者不詳の由)は決して美音でありませんが、正にシェロモにはピッタリ。この作品の理想的なソリストだと思います。良い体験をさせて貰いました。

最初と最後に取り上げられた作品は管弦楽の定番。それでも三ツ橋には自身の持っている作品感がシッカリと存在しているのが判ります。それをオケに伝達し、体全体で表現しているのが好ましく感じられました。背中からはほとんど見えませんが、その表情、そして何より左手の表現力にはホンモノが感じられます。

巧く表現できませんが、彼女の指揮には、容量と中身の見事なバランス感覚が存在します。与えられた容器に適量の音楽を注ぎ込む、あるいは手持ちの音楽に合わせて容量を増幅させる技術、とでも言いましょうか。
要するに、聴き手に充足感を与えながら腹八分の音楽になっている所が、彼女の美質でしょう。彼女が注目されたのはトスカニーニ国際コンクールでの準優勝と聴衆賞の受賞でしたが、それに相応しく、そのトスカニーニ的な演奏スタイルに拘り続けて貰いたいと思います。

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