日本フィル・第629回東京定期演奏会

異例の事態が続く日本フィルの東京定期、復活祭の昨日はサントリーホールで4月定期の初日が行われました。横浜定期のレポートにも書いた通り、予定されていたピエタリ・インキネンの来日が不能となり、指揮者と曲目を変更しての開催です。
変更が直前だったため当日配られたプログラムは当初予定されていた内容のままで、それとは別に印刷されたプログラム・ノートが添えられていました。

後で聞いた話では、今回ピンチヒッターを受けた山田和樹はベルリンでの仕事中。ベルリンを終えて日本に向かおうとした時、ドイツ政府から“日本には行かないように” という指示があったのだとか。なんじゃ、それ。彼の国の余りの神経過敏さに呆れてしまいました。
それでも説得を重ねて許可が下り、リハーサル開始直前に帰日が叶った由。めんどうくさい世の中になりましたな。ということで、こんなプログラムが演奏されました。

マーラー/花の章
モーツァルト/クラリネット協奏曲
     ~休憩~
マーラー/交響曲第4番
 指揮/山田和樹
 クラリネット/伊藤寛隆
 ソプラノ/市原愛
 コンサートマスター/木野雅之
 フォアシュピーラー/江口由香
 ソロ・チェロ/菊地知也

当初はインキネンのマーラー・シリーズから第6交響曲とシベリウスの滅多に演奏されない「夜の騎行と日の出」が組まれていたのですが、マーラーの悲劇的はチョッとこの機会には相応しくなかったかも。楽しみにしていたシベリウスは残念でしたが、今回の選曲はとても良かったと思います。

最近あちこちで名前を見るようになった山田和樹、私は初めて聴く指揮者です。1979年生まれと言いますから、私の子どもと同じ世代。一昨年のブザンソン国際指揮者コンクールに優勝して注目された若手です。
ブザンソンは日本人が強いコンクールで、山田は確か7人目だったはず。世界の小澤を筆頭に、沼尻や下野もブザンソン組でしたよね。
来年からスイス・ロマンド管の首席客演指揮者に就任するそうで、今後は度々彼の指揮を聴くことになるでしょう。日本フィルとは初めてではありませんが、今年の12月に東京定期デビューが決まっています。今回はピンチヒッターによる初登場ですが、謂わばデビューの前倒し。本人は日本のオーケストラの定期デビューは是非日本フィルで、と希望していましたから、将来に亘っての絆は繋がれているようです。

それもそのはず。彼は小林研一郎の弟子なんですね。登場して笑ってしまったんですが、指揮棒そのものもコバケンのそれと全く同じ。握りが黒く長いのは散々見慣れたアレですよ。
また指揮姿もコバケンそっくり。右足と右手を同時に上げて振り下ろす所とか、手のひらを上にして左手を弦楽器に向かって差し伸べる所とか。団員によると、本人は湘南出身のくせに方言までコバケンと同じなんだそうです。違うのはスコアを見て振ることと唸らないことですかね。
これで音楽も師匠と同じなら、“もう結構です” と言われる所でしょうが、幸いなことに(なぁ~んて言っていいのかな)コバケンとは180度違う音楽をやります。私はこれが気に入りましたね。

ということで前置きが長くなりましたが、最初のマーラーの小品は、本来は現第1交響曲のオリジナルである交響詩「巨人」に含まれていたもの。その後カットされ譜面は紛失したと思われていましたが、比較的最近になって発見された珍品です。
私は初めてナマで聴きましたが、「巨人」とは似ても似つかない音楽で、2管編成。トランペットの美しいメロディーが郷愁をそそります。そもそも「青春の日々」を構成する1曲ですから、日本の歌「ふるさと」みたいなものでしょう。

続いて日フィル首席の伊藤寛隆とのモーツァルト。これは素晴らしかった、この日の白眉でしょう。

何よりも音楽が凄い。そんなことは百も承知ですが、今改めてこれを聴くと、正に祈りの音楽。特に第2楽章の神々しさは先月、奈良の中宮寺で見た弥勒菩薩を思い出してしまいました。
苦痛や悲しみは、極限まで行くと全ての煩悩を乗り越えて透明な明るさだけが残る。哀しみを湛えた微笑みの世界、としか言いようがありません。具体的な悲しみは無いのに、何故か涙が溢れてしまうのでした。

また伊藤のバセット・ホルン(普通のクラリネットではなく、ずっと丈の長いバセットを使って演奏しました)の深々とした美音! 山田和樹が見せた絶妙なピアニシモ!
些か専門的なことになりますが、クラリネットの高音は下の方に向かって出ます。低音は前方や、やや上方に向かうのですが、特に5000ヘルツ以上は真下に向かうのですね。
それを熟知している伊藤は、特に高音域では腰を落として床面に音をぶつけ、その反射音がホールに響き渡るように工夫していました。二日目を聴く人、是非ここに注目して下さいね。

正にプロフェッショナルのソロを支える若武者の清新なモーツァルトも実に見事でした。共演したばかりのプラシド・ドミンゴが“なんて美しいオーケストラだ” と絶賛したという日本フィルの響きも、正にモーツァルトにピタリと合致していましたね。

メインはマーラーの第4番。これまたモーツァルトに続いて天国繋がりの世界と言えるでしょう。
第3楽章のクライマックスの最中にまるで人魚のような衣装で登場した市原愛も、涼やかなソプラノで天国の美しさを歌い上げます。

この1回だけで指揮者・山田和樹を判断することは出来ませんが、日本フィルとの相性は実に良いと感じました。12月の定期も楽しみです。

オーケストラの使命の一つに、指揮者を育てるという仕事があります。右も左も判らない若手に機会を与え、一人前の指揮者に育てる。その指揮者がやがて実力を蓄え、恩返しの形で古巣のオケに新風を吹き込む。その循環。
これを長期に亘って、最も誠実に実行してきたのが日本フィル。大友直人も、広上淳一も、日本から世界のマエストロに育っていきました。ここにまた第二の「ヤマカズ」ならぬ山田和樹を加えることは、日本の誇りともなりましょう。

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