今日の1枚(183)

「トスカニーニ・エッセンシャル・コレクション」を順次取り上げてきましたが、第11集の「ロシア管弦楽名曲集」は既に紹介済み。そこで今日は次の第12集に行きましょう。BVCC-9713はワーグナーの楽劇という大物です。

①ワーグナー/楽劇「ワルキューレ」第1幕第3場
②ワーグナー/楽劇「神々の黄昏」プロローグ~夜明けから終結まで
③ワーグナー/楽劇「神々の黄昏」第3幕~ジークフリートの死と葬送行進曲
④ワーグナー/楽劇「神々の黄昏」第3幕~ブリュンヒルデの自己犠牲

トスカニーニのワーグナーは、以前に「ベスト・セレクション」から管弦楽曲集の2枚を紹介しましたが、今回のものは③を除いて歌手を加えた楽劇の抜粋盤です。録音は以前の2枚より古いものですが、音楽的には一層素晴らしく、トスカニーニのワーグナー演奏の白眉と申せましょう。

先ず録音データは、

①②1941年2月22日 NBC放送録音 カーネギーホール
③1941年5月14日 カーネギーホール
④1941年2月24日 カーネギーホール

いずれもドイツとの戦争の真っ最中、この時期に敢えてワーグナーを演奏していることに注目すべきでしょう。あくまでも「音楽家」としてのトスカニーニの信念が感じられます。
①と②は同じ日に行われた聴衆を入れてのライヴ。演奏の最後には拍手も収録されています。③と④は純粋なセッション録音ですが、いずれもほぼ同じ時期のもの。特に④は演奏会の2日後に行われたセッションです。

登場する歌手は二人、①のジークムントと②のジークフリートがラウリッツ・メルヒオール Lauritz Melchior 、①のジークリンデと②④のブリュンヒルデはヘレン・トローベル Helen Traubel という当代屈指のワーグナー歌手たちです。
例によって当盤には歌手に関するプロフィールは一切ありません。別資料などから孫引きすると、

メルヒオールは、1890年にコペンハーゲンで生まれ、1973年にカリフォルニアのサンタ・モニカで没したデンマークのテノール。後にアメリカ国籍を取得しています。
メルヒオールは本名ではなく、レーブレヒト・ヒンムル Lebrecht Himml が戸籍上の名前。最初はバリトンとしてデビューしましたが、後にテノールに転向し、特にワーグナーのヘルデン・テノールとして一世を風靡しました(テノールとしてのデビューは1918年のタンホイザー)。
戦前はバイロイト、戦後はメトロポリタンが活躍の主舞台で、トリスタンは200回以上歌ったそうです。やや時代掛かった歌い方が如何にも「往年の」という感じですが、押し出しの立派なことは当録音からも聴き取れます。後年は映画にも俳優として出演していました。

一方トローベルは1899年にセントルイスに生まれ、1972年にメルヒオールと同じサンタ・モニカで没したアメリカのソプラノ。1939年にジークリンデを歌って大成功、1941年にフラグスタートがメットを去ると、その後継者としてメトロポリタン歌劇場ではワーグナー歌手として欠かせない存在になります。
しかし1953年、彼女がナイトクラブでも歌っていることでメットの総支配人ルドルフ・ビングと対立、メットを去ります。彼女は探偵小説作家としても名があり、「メトロポリタン歌劇場殺人事件」 The Metropolitan Opera Murders なるものが書かれているのに笑ってしまいました。ハヤカワ・ミステリーから出ている、かどうかは知りませんが、一度読んでみたいものですね。
冗談はさておき、トローベルの歌唱はここでも堂々たるもの、トスカニーニの歌劇録音の中でも特に優れた一品だと思います。

当盤のコメントはウイリアム・ヤングレン氏のもので、トスカニーニのワーグナーは「イタリア的」という一般の見解に対する反論。私も氏の意見に全く同感で、トスカニーニのワーグナーはフレーズが明確、オーケストラを美しく響かせることではドイツのワーグナー指揮者たちを遥かに凌駕していると思います。

ここに収められた4曲は、いずれも音楽の継続性を重視して演奏されたもの。
①は第3場に入る直前のティンパニ・ソロから始まります(手元のオイレンブルク旧版では92ページの6小節目から)。途中ティンパニだけの3小節(同ページの13~15小節)がカットされますが、後は第1幕の最後まで通して録音されています。

②は夜明けを開始するティンパニのトレモロ(オイレンブルク旧版64ページの5小節目から)に始まり、プロローグのほぼ最後まで(同197ページまで)、ジークフリートとブリュンヒルデの歌唱を含めカットなしで演奏。198ページからの後奏部だけはフンパーディンク編曲版を使って賑々しく終了します。

③は以前に紹介した1952年の新録音と同じ版による演奏。即ちオイレンブルク旧版(第2・3幕合併版)1149ページの3小節目の「目覚めの動機」から葬送行進曲の最後までが通して演奏されます。終結にフンパーディンク編曲版を使うこと、2度目に出るティンパニの「死の動機」のE音を1オクターヴ低くすることも新録音と同じ処理です。
もちろんここでは歌唱パートは省略されています。

④は、先ず1226ページ第4小節目(同オイレンブルク旧版)の「神々の黄昏の動機」からスタートし、1230ページの6小節目から1240ページの8小節目までがカットされます。この後は全曲の最後まで、ブリュンヒルデの歌唱と共に「自己犠牲」の音楽がカットなく通して収録されています。ここでもハーゲンのパートは省略。

トスカニーニ・ファン、ワーグナー・ファンに限らず必携の名盤。

参照楽譜
①オイレンブルク No.908
②③④オイレンブルク No.910(楽劇全曲版) 及び No.811(葬送行進曲)

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