SQS開幕

昨日は鶴見に行ってきました。“♪梅に名をえし大森を すぐれば早も川崎の 大師河原は程近し 急げや電気の道すぐに♪” などと口遊んでいると、鶴見は直ぐです。拙宅からは京浜東北線で三つ目。
その鶴見に今年3月、新しいホールが誕生しました。名付けて「サルビアホール」。詳しいことはホームページなどで検索して頂くこととして、昨日はこの施設内の音楽ホールで開催されたサルビアホール・クァルテット・シリーズの第1回を聴いてきました。
当然ながら初めて聴く音楽空間です。

場所はJR鶴見駅の東口。改札を出たら総持寺とは反対、海に向かって進みます。駅前のロータリーに南面したシークレイン(see crane でしょうか、要するに鶴見ですね)という建物の3階にあります。駅から徒歩2分。
横浜市鶴見区民文化センターの施設で、サルビアホールには大小二つのホールがあり、弦楽四重奏のシリーズが開催されるのは「大ホール」(客席500以上)ではなく、「音楽ホール」の方。シューボックス型の室内楽専門ホールで、座席は1階のみでピタリ100席しかありません。
JRとほぼ並行して走っている京浜急行の京浜鶴見駅からも徒歩2分で、要するにJR鶴見と京浜鶴見の丁度真ん中に位置していると想像すれば直ぐにイメージできます。

余談ですが、私が子供の頃の鶴見はとても怖い場所で、京浜工業地帯のど真ん中。行き交う人たちも何となく殺気立っていたものです。久し振りに降り立った鶴見、今や駅前は善男善女のにこやかな笑顔が溢れ、気持ちはほとんど浦島太郎でしたね。

話を戻して、サルビアホールのクァルテット・シリーズは差し当たっては3回一組のシリーズのようで、昨日スタートしたシーズン1に続き、シーズン2までの企画が発表されています。主催は横浜楽友会とありますが、これについては詳しいことは知りません。
少し前まで晴海の第一生命ホールにSQWというシリーズがありましたが(現在もあるか・・・)、その姉妹編のような感じもします。昨今の晴海が息切れ気味なので、SQSはグッド・タイミングのスタートじゃないでしょうか。クァルテット・ファンには期待の企画です。

新シリーズの栄えあるトップ・バッターに選ばれたのは、ご存じクァルテット・エクセルシオ。当然と言えば当然でしょうか。以下、パシフィカ・クァルテット、クァルテット・アルモニコと続きます。(当初第3回はスイスのルガーノ・クァルテットが出演する予定でしたが、例の放射能騒ぎで来日不能となりました)
因みに、秋に予定されているシーズン2はドビュッシーQ、パーヴェル・ハースQ、カザルスQが選ばれています。どれも今が旬、これから躍進、という新鮮な団体を間近で聴けるのが楽しみですな。

簡素なプログラムに「SQS 001」とナンバリングされたエクセルシオのプログラムは、

ハイドン/弦楽四重奏曲第38番 作品33-2「冗談」
チャイコフスキー/弦楽四重奏曲第3番 作品30
     ~休憩~
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第9番 作品59-3「ラズモフスキー第3」
 クァルテット・エクセルシオ

というもの。ナンバリングを敢えて3ケタにしたのは、100回超えを目標にしているっ、てことでしょうかね。

シーズン1ではこの後、パシフィカがラズモ第1、アルモニコがラズモ第2を演奏することになっていますから、3回通してラズモフスキー・セットを全部聴けるという狙いもあるのでしょう。

座席はたった7列、横に15席が原則ですから、空間はかなり狭い感じ。一度聴いただけで音響云々は時期尚早でしょうが、昨日の感じでは“充分に狭いなぁ~”という贅沢な感想。狭いながらもデッドではあり過ぎず、しかし当然ながら演奏の細部は手に取るように耳に届き、誤魔化しの利かない音響空間です。
それだけに実力派クァルテットを聴くには理想的な環境だと感じました。その意味でもエクは素晴らしい2時間を堪能させてくれましたね。

前半のハイドンとチャイコフスキー、私はエクで聴くのは確か初めてです。どちらも頻繁にナマで聴ける作品ではないだけに、実に新鮮な体験でした。

冒頭のハイドンは、最終楽章の終わり方故に「冗談」というタイトルが付いていますが、最後の「オチ」が笑えます。
「オチ」は、志ん生師匠によれば、“モノぉ~、高い所に上げておいて、ヒョッ、と落とすからオチになる” ということで伏線が必要ですが、エクは第2楽章(スケルツォ)のトリオ部の歌わせ方に仕掛けがありましたね。それとスケルツォの終わり方でしょう。ウィットの利いた楽しいハイドン。
ハイドンはこの「手」を交響曲でも使っていて、第60番は広上や高関が度々紹介していますが、第90番も笑えます。どこで終わったか、どこで拍手をするのか戸惑う仕掛け。間違えて場違いな拍手を誘うのがハイドンの本音かも知れませんが、昨日は本当に終わったところで客席から軽い笑いが漏れるのも演奏の内、という風情でした。

1曲目が終わってエクが舞台裏に下がろうとしてもドアが閉まったまま。仕方なしに西野さんがエッコラショと開けていました。ま、開館直後の不手際なんでしょうが、これこそ「冗談」だったのかも。

次のチャイコフスキーは大曲です。エクは次の定期でも取り上げますが、これは謂わば先取り。
早逝した音楽院の友人を悼んで書いたもので、第3楽章の葬送行進曲が白眉でしょう。全員が弱音器を付けた中、チェロ→ヴィオラ→ヴァイオリンと引き継がれるピチカートが胸を衝きます。
第2ヴァイオリンが慟哭のように3連音符を引き摺ると、ヴァイオリンが歌いだす感動的な歌。讃歌から引用したとも言われるメロディーは、正にチャイコフスキー節。

如何にもチャイコフスキーの下降モチーフが美しい序奏(と後奏)が主部を挟む第1楽章、粉雪が舞うようなスケルツァンドな第2楽章、あの弦楽セレナーデを連想させるカッコいい第4楽章。これはまるで4本の弦楽器のための交響曲と呼べるへヴィーな内容です。
エクもホールの小ささを逆手に取ったようなダイナミックなチャイコフスキーを披露してくれました。
これを試演会、文化会館の「大きい小ホール」で聴くとどう聴こえるかも、今月の楽しみです。

最後のベートーヴェンは、言わばエクにとっても私にとってもリファレンス。これまでも様々な機会で聴いてきましたが、新装なったサルビアホールがどんな響きなのかを確かめる格好の材料でした。
この日も圧巻は最後のフーガ。特に第2ヴァイオリンとヴィオラの内声部が際立って聴こえたのは、演奏故か、ホールの特徴か…。

アンコールを始める前に西野氏が、“ホールが小さいので音量をコントロールしていましたが、最後はそれを忘れるほど熱が入ってしまって、大音量になってしましました” とスピーチ。
ベートーヴェンの興奮を鎮めるように、チャイコフスキーのお馴染み「アンダンテ・カンタービレ」(第1弦楽四重奏曲の第2楽章)が演奏されました。

そうそう、もう一つ、この日の女性陣のドレスは、サルビアはサルビアでもブルー・サルビア色で統一されていましたね。家内の解説では一昨年の蓼科で着用していたものだとか。着目点が違うんだな、これが。
最後にこの日のプログラム誌。掲載されていたのは演奏曲目と出演者のプロフィールだけ。いわゆる曲目解説は一切ありませんでした。
プログラムはコンサートが終われば捨てられてしまうのが大半の運命でしょうが、何の解説も無いというのは如何か。何故「冗談」というタイトルなのか、知らない人には少し不親切なようにも感じました。自分で勉強して来い、という意思表示でしょうか。

でもね、例えばシーズン2でドビュッシーQが取り上げるタイユフェールの弦楽四重奏曲なんぞは、事前に予習と言っても余程のファンでないと無理。僅かでも良いから、作曲者のプロフィールや作品の肝を書いてくれると助かると思います。
100席限定といっても、100席を埋めることは結構大変です。この企画を3ケタの回数まで続けるには、昨日のような演奏の質を維持することと、月並みですがファン・サービスと宣伝に努めることと思慮します。

次回6月19日のパシフィカQを眼前で聴くことを楽しみに。

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