2011クラシック馬のプロフィール(9)

一昨日から3日連続でクラシック馬の血統を紹介していますが、今日はフランス・ダービー馬リライアルブル・マン Reliabble Man がテーマです。
エプサムのオークス馬とダービー馬が共に日本で近親馬が走っていると書きましたが、リライアブル・マンも同様にその血脈が我が国にも定着しています。その辺りにも注目しましょう。

リライアブル・マンは、父ダラカニ Dalakhani 、母オン・フェア・ステージ On Fair Stage 、母の父サドラーズ・ウェルズ Sadler’s Wells という血統。

母オン・フェア・ステージは5戦2勝、アイルランドで走った馬で、地元のトラレー競馬場のリステッド戦(ルビー・ステークス、8ハロン)に勝っています。リライアブル・マンは母15歳の時の仔、少し長くなりますが、繁殖成績を一覧すると、

1998 オペラ・ルージュ Opera Rouge 牡、父ダルシャーン Darshaan
1999 パワー・オブ・ラヴ Power of Love 牝、父ザフォニック Zafonic
2001 アームフェルト Armfelt 牡、父ダルシャーン
2002 ゲール・フォース Gale Force 鹿毛、牡、父シンダー Sinndar
2003 フレンチ・オペラ French Opera 鹿毛、牡、父ベーリング Bering
2005 キングズ・チャーム King’s Charm 鹿毛、牡、父キングズ・ベスト King’s Best
2006 インポージング Imposing 鹿毛、牡、父デインヒル・ダンサー Danehill Dancer
2007 サリーナ Salina 鹿毛、牝、父レインボウ・クエスト Rainbow Quest
2008 リライアブル・マン
2009 オー・レディー・ビー・グッド Oh Lady Be Good 牝、父オアシス・ドリーム Oasis Dream
2010 牝、父ロウマン Lawman

牝馬が少ないのが目に付くところで、2番仔のパワー・オブ・ラヴが繁殖にあがっていますが、今のところ活躍馬は出ていません。リライアブル・マンの一つ上の半姉は未出走(多分)ですし、未だ繁殖成績のある年齢ではありません。後はクラシック馬の妹たちに期待がかかります。

牡馬の中では、ゲール・フォースが7戦2勝。主にフランスの地方競馬で走り、リヨン競馬場のリステッド戦(12ハロン)とクロワーズ=ラロッシュ競馬場のメドン戦(13ハロン)に勝ったステイヤー。
その下のフレンチ・オペラは28戦8勝ですが、平場競走では勝てず、8勝の全てが障害レースでのもの。しかし障害のGⅡを勝っており、スピードには不足するものの長い距離で能力を発揮するタイプでした。
またインポージングはスタウト厩舎に所属していた馬で、英国では7戦2勝。ヘイドック競馬場のメドン戦(8ハロン)とヨーク競馬場のハンデ戦(10ハロン)に勝鞍があります。この馬はその後オーストラリアに転売され、アイム・インポージング I’m Imposing と改名されて現役を続けているようです。

リライアブル・マンの2代母は、オークス馬のフェア・サリナイア Fair Salinia (1975年、鹿毛、父ペティンゴ Petingo)。孫の世代でクラシック馬を産んだことになります。
フェア・サリナイアもマイケル・スタウト師(当時、未だサーの称号は受けていませんでした)が管理した馬で、1000ギニーが2着。父がマイラーのペティンゴということで距離不安もありましたが、オークスでは最後の一歩で本命ダンシング・メイド Dancing Maid をハナ差捉えて優勝。騎乗したグレイヴィル・スターキー騎手の剛腕が捻じ伏せた印象もありました。

このレースの模様は日本でも放映され、解説者の故・渡辺正人氏は開口一番 “下手糞な騎手ですねぇ~” と発言したのを良く覚えています。渡辺正人といえば皐月賞を連覇した名手、日本では早くからアメリカのジョニー・ロングデンを模した「モンキー乗り」を取り入れた人で、スターキーのように馬上で激しく体を上下する騎乗スタイルには批判的でした。
(当時私は大井町の駅前で渡辺正人氏とすれ違ったことがあり、一瞬このことを聞いてみようと思いましたが、その勇気は出ませんでいたね)

話をフェア・サリナイアに戻しましょう。オークスを制した彼女は、次にアイルランド・オークスに挑戦。よりスタミナを必要とする愛オークスは2着に完敗したのですが、1着入線したソルバス Sorbus に対してスターキー騎手が進路妨害の抗議。結局これが認められ、レース後何日も経過していから1着に繰り上がります。同馬にとってはラッキーだったと言えるでしょう。
その後ヨークシャー・オークス(当時は3歳限定戦でした)も勝ち、いわゆるオークス三冠を達成。秋にはロンシャンのヴェルメイユ賞に挑みましたが、何故か逃げ作戦を取り、直線では失速してオークスで破ったダンシング・メイドの5着に敗退。これを最後に競走馬を引退します。
結果論ですが、この年の3歳牝馬は実力が拮抗。その中で3つのGⅠ戦を制したのには幸運も預かっていたと言えるでしょう。

繁殖にあがったフェア・サリナイアの産駒では、カンセー賞(GⅢ、1600メートル)など19戦4勝のパーフェクト・ヴィンテージ Perfect Vintage (1990年、鹿毛、せん、父シャーリー・ハイツ Shirley Heights)がベストでしょう。
またリステッド戦のセプター・ステークスに勝ち、ネル・グィン・ステークスとミュジドラ・ステークスで2着したパーフェクト・サークル Perfect Circle (1989年、黒鹿毛、牝、父カーリアン Caerleon)にも注目です。

実は、このパーフェクト・サークルが繁殖牝馬として日本に輸入され、少なくとも3頭の勝馬を産んでいるのですね。
モンテブライアン(1999年、牡、父ブライアンズ・タイム Brian’s Time)は2勝(7ハロンと8ハロン)、パーフェクトダンス(2001年、牝、父サンデー・サイレンス Sunday Silence)が1勝(7ハロン)、そしてスターリーヘヴン(2000年、牝、父サンデー・サイレンス)は6勝(6ハロンから9ハロン)し、福島牝馬ステークスで2着、現在は繁殖牝馬として活躍中です。

またフェア・サリナイアの別の娘インパクト Impact (1988年、黒鹿毛、父グリーン・デザート Green Desert)は5戦1勝で、パーフェクト・サークル同様に日本で繁殖にあがりました。
インパクトの産駒では、特別競走に5勝(6ハロンから7ハロン)したダイワメンフィス(2001年、牡、父ウォーニング Warning)、ダート戦で3勝(5ハロンから7ハロン)したウェスタンブレイク(1993年、牡、父ザッチング Thatching)が目に付きます。

いずれにしてもフェア・サリナイアの血を引く馬は、日本ではスプリンターが中心、父馬によって9ハロンまでの実績があるというのが特徴でしょう。

リライアブル・マンの牝系についても日本との関連が長くなってしまいましたので、3代母フェア・アラベラ Fair Arabella (1968年、黒鹿毛、父シャトーゲイ Chateaugay)については駆け足で。

フェア・アラベラのファミリーは長年アメリカで繁栄してきた一族。フェア・アラベラ自身は2歳時に5ハロン戦、後に1マイルにも勝ちましたが、父は2400メートルのベルモント・ステークスに勝ったシャトーゲイ。彼女から出たファミリーにはそれなりのスタミナを持った馬が多いようです。

フェア・アラベラの産駒では、フェア・サリナイアを除けば、ベルギーのGⅡ戦(10ハロン)に勝ったランボー・ダンサー Rambo Dancer がベスト。
また娘のプリンセス・アラベラ Princess Arabella (1978年、鹿毛、父クラウンド・プリンス Crowned prince)からはノルディカ Nordica 、スーブーグ Sueboog と血を継いでイスパハン賞に勝ったベスト・オブ・ザ・ベスツ Best of the Bests が出ていることも付け加えておきましょう。

4代母ローカスト・タイム Locust Time は、8頭の産駒のうち7頭が勝馬。 ムーラン・ド・ロンシャンに勝ち、仏2000ギニー3着のファラウェイ・サン Faraway Son 、ダルクール賞に勝って2000メートルのスタミナを持っていたリロイ Liloy が代表的なものでしょう。

更に5代母スノー・グース Snow Goose (1944年、芦毛、父マームード Mahmoud)は、現在ではGⅠに格付けされているベルダム・ステークスとレディーズ・ハンデキャップに勝った馬で、CCAオークスでも3着した名牝でした。
彼女の産駒にも現在のパターン・レースに格付けされている重賞に勝った馬も多く、1000ギニーで4着したミスマローヤ Mismaloya の2代母でもあります。

ファミリー・ナンバーは、16-C 。

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