泥馬場のベルモント、大波乱のクラシック
ベルモント・ステークスの当日は、ベルモント競馬場だけでなく、他の3場でもG戦が組まれ、一日で11レースものグレード・レースが行われます。結果が入ってきたものから順に紹介していきましょう。
先ずは6つのG戦が組まれているメインのベルモント競馬場。府中の日本ダービーを連想させるような雨の馬場、ダート・コースは水が浮くような泥田状態でした。
第6レースに組まれているエイコーン・ステークス Acorn S (GⅠ、3歳牝、8ハロン)。ニューヨークの牝馬三冠の第一弾に位置するレースで、コーチング・クラブ・アメリカン・オークスとアラバマ・ステークスとで三冠。以前はオークスが第3弾でしたが、現在は入れ替わっているようです。イギリスの1000ギニーに倣って1マイルで行われますが、レース名は「樫(オーク)の実」のこと。これを勝ってオークに育つという意味を含んでいるのでしょう。
今年の勝馬はイッツ・トリッキー It’s Tricky 。6頭立て。3対5の断然1番人気に推されたのはサンタ・アニタ・オークスに勝ったGⅠ馬のタービュレント・デサントでしたが、後方から追い込むも4分の3馬身届かず。勝ったイッツ・トリッキーは終始2番手からの競馬で、雨にぬかるんだ泥んこ馬場が幸いしたようです。ガルフストリーム・オークスは4着でしたが、ニューヨークでは3連勝。オークス(7月23日)とアラバマ(8月20日)に挑戦する前にマザー・グース・ステークス(6月25日)に出走するか否かが陣営の頭を悩ませているようです。
調教師はキアラン・マクローリン、騎手はエディー・カストロ。
続いて第7レースのトゥルー・ノース・ハンデキャップ True North H (GⅡ、3歳上、6ハロン)。1979年創設の短距離戦。トゥルー・ノースは1940年代アメリカの快速馬の名前。
今年の勝馬はトラップ・ショット Trappe Shot 。6頭立て。前半は3番手から。直線入り口では3頭が並びましたが、最内を衝いたトラップ・ショットが直線では独走態勢。2着ディス・ワンズ・フォー・フィル This Ones for Phil に何と8馬身半の大差を付ける圧勝です。これも泥馬場のなせる業でしょうか。去年3歳時には長距離のトラヴァース・ステークスでは結果が出ず、それ以来となる今シーズン初戦に6ハロンの一般のステークスで復活。これがシーズン2戦目での連勝です。やはり短距離が合っているようで、今後は短い距離を歩むとか。
調教師はエイコーン・ステークスに続きキアラン・マクローリン、いきなりのダブル達成となりました。騎手はジョン・ヴェラスケス。
ウッディ・スティーブンス・ステークス Woody Stephens S (GⅡ、3歳牝、7ハロン)。1985年にリヴァ・リッジ・ステークスとして創設。2006年に、競馬殿堂入りした名調教師スティーブン師に因んで改名されました。スティーブンス師はベルモント・ステークスを5連覇した名伯楽。ベルモント・ステークス当日に行われるに相応しいネーミングと言えましょう。
今年の勝馬はジャスティン・フィリップ Justin Philip 。5頭立て。最初は3頭が先頭を争いましたが、結局ハナを奪ったジャスティン・フィリップの逃げ切り勝ち。最後は一杯になりながらも、2着ジェイ・ジェイズ・ラッキー・トレイン J J’s Lucky Train に3馬身4分の1差を付けていました。実況アナウンサーが “泥馬場のモンスター” と叫んでいましたが、正にその通り。ステークスは初勝利、馬名はオーナーの息子に因んだものだそうです。
調教師はスティーヴン・アスムッセン、騎手はラモン・ロドリゲス。
第9レースは、この日二つ目のGⅠ戦ジャスト・ア・ゲイム・ハンデキャップ Just A Game H (芝GⅠ、3歳上牝、8ハロン)。1994年に創設された新しいレース。1980年のアメリカ芝コース最強牝馬に選ばれたジャスト・ア・ゲイムの名を冠した芝戦で、2008年から最高格のGⅠに格上げされています。
今年の勝馬はシー・エス・シルク C. S. Silk 。9頭立て。今日初めての芝戦。大雨のときは芝からダートに変更されるケースが多いアメリカですが、この日は予定通り芝コースで行われました。それでも馬場は good の発表。しかし重い馬場はここでも影響し、結局はシー・エス・シルクが逃げ切る12対1のサプライズ。元イギリス組の人気馬ファンテイジア Fantasia が最後方から追い込みましたが、3馬身届かず。1番人気のエイヴィエイト Aviate も6着惨敗。ズバリ言って馬場の所為でしょう。このレースの終了直後、公式の馬場状態は yielding (稍重の感覚でしょうか)に変更されました。勝ったシー・エス・シルクはG戦初勝利。
調教師はデール・ロマンス、騎手はハヴィエル・カステラノ。騎乗したカステラノも “馬場は soft だった” と言っています。公式発表がおかしいんじゃないでしょうかね。
メイン・イヴェントの前に行われるGⅠ第3弾はマンハッタン・ハンデキャップ Manhattan H (芝GⅠ、3歳上、10ハロン)。言うまでもなく、ニューヨークの行政区「マンハッタン」の名を冠した伝統の一戦。創立は古く、1887年のこと。日本ならさしずめ目黒記念とでも言ったところか。
今年の勝馬はミッション・アプルーヴド Mission Approved 。9頭立て。アメリカの芝チャンピオン、ジオ・ポンティ Gio Ponti の登場が大注目でしたが、後方2番手から直線だけでの追い込み、重い馬場が影響したのでしょうか3着まで。21対1のショッカーを演出したのは、ミッション・アプルーヴドの逃げ切りでした。2着は1馬身4分の1差離されてビン・バン Bim Bam 。ジオ・ポンティーは頭差届かず。これが3勝目のG戦とは言え、11か月ぶりの実戦とあっては人気が無いのも当然。2着ビン・バンも31対1という勝馬を上回るトンデモナイ大穴で、馬券は大荒れです。
ドバイ・ワールド・カップ以来のレースとなったジオ・ポンティは2009年のマンハッタン勝馬、去年は2着で今回は2度目の制覇を狙っていました。負けたとは言え将来に繋がる一戦で、陣営は結果に満足のようです。
大穴を開けたとは言え、ミッション・アプルーヴドは去年のマンノウォーでジオ・ポンティに首差2着だった馬。逆転の要素が無かったとは言えないでしょう。ましてやこの馬場。これで通算23戦8勝となります。
調教師はナイポウル・チャッターボウル、騎手はホセ・エスピノザ。
そしてベルモント・ステークス Belmont S (GⅠ、3歳、12ハロン)。解説するまでもなく、アメリカ三冠の最後を飾るクラシック・レース。ベルモントは正確には競馬場の名ではなく、アメリカ・ジョッキー・クラブの創設者オーギュスト・ベルモントに因んだもの。創設は1867年。レース前にはスタンドから「ニューヨーク・ニューヨーク」の大合唱が起き、シンボル・フラワーはカーネーション。ケンタッキー・ダービーの薔薇、プリークネスのブラック・アイド・スーザン、ベルモントのカーネーションが米三冠の象徴でもあります。
今年の勝馬はルーラー・オン・アイス Ruler On Ice 。この日の馬場状態から不吉な予感が当たり、24対1の大穴でした。12頭立て。ハナを奪ったのは、プリークネス・ステークスの勝馬シャックルフォード Shackleford 。ルーラー・オン・アイスはこれをマークし終始2番手で追走、直線で抜け出し、2着ステイ・サースティー Stay Thirsty に4分の3馬身差を付ける逆転劇でした。1番人気のダービー馬アニマル・キングダム Animal Kingdom は、スタート直後にムチョ・マチョ・マン Mucho Macho Man と接触したことが原因でヴェラスケス騎手の鐙が外れるアクシデント。前半は大きく最後方に置かれる位置から向正面で一気にスパート。しかしながらこの不利と馬場に末脚は残っておらず、結局は6着でゴールインしました。3着は更に1馬身半差でブリリアント・スピード Brilliant Speed 、以下ネーロ Nehro 4着、逃げたシャックルフォードが5着の順。
ところでルーラー・オン・アイスはせん馬、種馬になる可能性はありません。今回は初めて装着したブリンカーも効果を発揮したようです。これまで6戦して入着を逃したのは一度だけ。3月のサンランド・ダービー(GⅢ)は3着、前走のフェデリコ・テシオ・ステークス(リステッド)では2着していましたが、ステークスそのものが初勝利となります。これまでは追い込んでばかりでしたが、今日は初めて先行策を取り、馬本来の実力が発揮できたのでしょう。
同馬の父ローマン・ルーラー Roman Ruler (父は2000年のケンタッキー・ダービー馬フサイチ・ペガサス Fusaichi Pegasus)にとっては、2009年のシャンペン・ステークスに勝ったホームボーイクリス Homeboykris に続く2頭目のGⅠ馬、3頭目のG勝馬だそうです。
調教師はケリー・ブリーン、騎手はホセ・ヴァルディヴィア。ヴァルディヴィアは、この日がベルモント競馬場デビューだった由。
他の3場、先ずチャーチル・ダウンズ競馬場からはミント・ジュレップ・ハンデキャップ Mint Julep H (芝GⅢ、3歳上牝、8.5ハロン)。ミント・ジュレップは、ミントとバーボン・ウイスキーをベースにした冷たいドリンクのこと。何故これがレース名になっているかと言うと、ケンタッキー・ダービーのオフィシャル・ドリンクに認定されているからで、ダービーが行われるチャーチル・ダウンズの名物です。
今年の勝馬はマイ・ベイビー・ベイビー My Baby Baby 。珍しく2桁の10頭立て。前半4番手から向正面で徐々に進出、直線入り口では2頭の外を回って先頭、後方から追い込むラヴィズ・ソング Ravi’s Song を首差振り切っての優勝です。内から差したタピッツフライ Tapitsfly もハナ差の接戦。これがG戦初勝利のマイ・ベイビー・ベイビーは既に2月12日に種付けを済ませており、妊娠中。正しく引退の餞となるGレースを自ら勝ち取ったことになります。
調教師はケネス・マクピーク、ここチャーチル・ダウンズで先週からドッグウッド、アリスタイデスに続きステークス3連勝となります。騎乗したマノエル・クルーズも、この日5勝の固め打ち。
デラウエア・パーク競馬場のオベアー・ステークス Obeah S (GⅢ、3歳上牝、9ハロン)。創設は1984年でしたが、その後10年間は施行されず、復活は1995年から。オベアーは1969年と1970年に当競馬場の最大のレースであるデラウエア・ハンデを連覇した名牝。
今年の勝馬はアーヴル・ド・グラース Havre de Grace 。5頭立て。2番手から抜け出し、直線も持ったまま。2着ティズ・ミズ・スー Tiz Miz Sue に2馬身4分の1差でしたが、内容はそれ以上の楽勝でした。ここでは格が違うと言わんばかり。今年はこれでG戦3連勝。デラウエア・ハンデの本命はこの馬で間違いないでしょう。
調教師はラリー・ジョーンズ、騎手はガブリエル・セーズ。
最後にハリウッド・パーク競馬場から3鞍。こちらはいきなりメインともいえるチャールズ・ウィッティンガム・メモリアル・ハンデキャップ Charles Whittingham Memorial H (芝GⅠ、3歳上、10ハロン)。チャールズ・ウィッティンガムは馬名ではなく、競馬殿堂入りしたハリウッドの名調教師。彼の名を知らない競馬ファンはモグリでしょう。1969年に創設された時はハリウッド・インヴィテーショナル・ターフ・ハンデというレース名でしたが、2000年に前年に亡くなったウィッティンガム師を偲んで改名。師はこのレースを7回制覇しています。
今年の勝馬はアクラメーション Acclamation 。6頭立て。アメリカの長距離戦に有り勝ちな「行った、行った」の競馬。アクラメーションの逃げ切りで、3馬身半差2着のセルティック・ニュー・イヤー Celtic New Year も2番手追走のまま。2着の騎手(ヴィクター・エスピノザ)が終始押しているのに、勝馬は持ったまま。去年に続く2連覇で、見事1対5という信じ難い1番人気に応えました。
調教師はドナルド・ウォーレン、ジョセフ・タラモ騎手は、同馬には初騎乗でした。
続いてアファームド・ハンデキャップ Affirmed H (GⅢ、3歳、8.5ハロン)。1979年にシルヴァー・スクリーン・ハンデとして創設されたレースですが、1993年に名馬アファームドに因んで改名。アファームドに関しては解説の必要は無いでしょう。
今年の勝馬はコイル Coil 。6頭立て。前半は3番手に付けたコイル、向正面で内からスルスルと進出して逃げ馬に並びかけ、直線でも脚色衰えず、2着に追い込んだランフラトウ Runflatout に1馬身差を付けて9対10の1番人気に応えました。ランフラトウが最後で一瞬内に刺さる場面があり、追い込み切れない結果に繋がったようです。コイルはこれがステークス・デビューでしたが、これで4戦3勝の新星。これからが本当の意味で試金石となるでしょう。
調教師はボブ・バファート、騎手はマーチン・ガルシア。
最後はハネムーン・ハンデキャップ Honeymoon H (芝GⅡ、3歳牝、9ハロン)。1952年にシー・プリーズ・ステークスとして創設。1956年に改名されましたが「新婚旅行」のことではなく、これもカリフォルニアを代表する繁殖牝馬に因んだ命名です。
今年の勝馬はサラーズ・シークレット Sarah’s Secret 。9頭立て。これもチャールズ・ウィッティンガム同様、「行った、行った」の先行馬によるワン・ツー・フィニッシュ。逃げ切ったサラーズ・シークレットと2着スター・ビリング Star Billing との着差は半馬身。勝ったサラーズ・シークレットはこれがステークス・デビュー、これまで4戦して無敗の成績です。
調教師はキャシー・ウォルシュ、ラファエル・ベジャラノは同馬に初騎乗。
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