日本フィル・第642回東京定期演奏会

昨日は連日のサントリーホール行、日本フィルのシーズン最後を飾る東京定期初日を聴いてきました。
前日の演奏会カテゴリーでも予告した通り、読響正指揮者の下野竜也、久々の日本フィル定期登場です。彼が東京定期(いや、横浜・埼玉を含めてかな)を振るのは確か二度目だと思います。

何事にも拘る下野、彼が選択したのは、オール・日本フィル・シリーズという驚愕のプログラム。同団ライブラリーにある39作品を全てチェックして選ばれた4曲とは、

戸田邦雄/合奏協奏曲「シ・ファ・ド」
山本直純/和楽器と管弦楽のためのカプリチオ
     ~休憩~
黛敏郎/弦楽のためのエッセイ
松村禎三/交響曲第1番
 指揮/下野竜也
 コンサートマスター/扇谷泰朋
 フォアシュピーラー/江口有香
 ソロ・チェロ/菊地知也

快哉を叫ぶべきか、無謀と謗られるかは判りませんが、私にとっては痛快極まりない作品群と言えましょう。全て1960年代、日本の高度成長期を彩った実験的な作品ばかりが並びます。
今回改めて纏めて接してみると、如何に日本フィルが続けてきた作曲家への委嘱シリーズが豪華、かつ我が音楽界にとって重要な才能発露の場であったかが偲ばれます。
敢えて言えば、日本フィル以上に日本楽壇に貢献したオーケストラは無いでしょう。

大胆な試みは集客に不安をもたらすもの。同団では事前に作品の聴き所をポッドキャストで紹介し、その裏話でも聴き手の好奇心をそそってきました。得意の Twitter でも全シリーズを簡潔に取り上げ、好事家の間では大変な話題になっていたものです。
そうしたオーケストラの努力も実って、金曜日は懸念されたガラガラ状態からは遠く、欠席した定期会員も少なかったようです。

ホールに入る前、入口には戸田作品と山本作品の手書きスコアが展示され、先ず好楽家の脚を留めます。写真撮影禁止はやり過ぎだと思いますが、故直純さんの細やかな筆致にも先ず感心。

最初の戸田作品。これは私も初演を聴いた記憶があります。初演から2年後にスコアが出版され、私もゲットしていましたから、余程印象が強かったのでしょう。購入から実に42年にして初めて再演に接することが出来ました。
今回初めて知ったのは、ソロ・ピッコロのパートには普通の楽器では出ない低いド♯とシが出てくること。ソロの遠藤氏は、この日のために態々特製のピッコロを準備した由。これはポッドキャスト情報ですが、この話を聞いて思わずスコアをチェックしてしまいましたワ。

不思議な組み合わせによる合奏協奏曲、楽器と演奏者は次の通りです。
ピッコロ/遠藤剛史、コール・アングレ/坪池泉美、バス・クラリネット/伊藤寛隆、トランペット/オッタビアーノ・クリストーフォリ、ヴィブラフォン/福島喜裕、ヴィオラ/小池拓

戸田は1915年8月11日、東京生まれ。東大法科を卒業して外務省勤務(ドイツ、ソ連、仏印、フランス在勤)、作曲は諸井三郎に師事という変わり種。
作品のタイトル「シ・ファ・ド」が、音名とイタリア語の俗語「Si fa dov」(どこでそうなる?)を引っ掛けたものであることは、作曲者自身がスコアに記していることです。
リズミックな伴奏に乗って先ずオケが、続いてビブラフォンのソロに登場するテーマが正にシ・ファ・ド、で始まるのが注意点。ソロを受け持った福島氏のピタゴラス説もユニークでした。
(ピッコロの最低音は第1楽章に2か所、最後の和音で一度出るだけですが、合奏の中で聴き取るのは難しいでしょう。これが判らなくても心配することは無いと思われます)

続く山本作品。これはもう、ハチャメチャな直純ワールドです。余り詳しいことを書くと二日目を聴く人にネタバレになってしまいますので遠慮しますが、とにかく独奏楽器がユニークというか、山本でなければ思いつかないような編成。ソリストと共に紹介すると、
筝/片岡リサ、三味線/野澤徹也、尺八/石垣征山、邦楽打楽器/望月太喜之丞・冨田慎平・黒坂昇、竜笛/西川浩平、ドラムス/三浦肇、ギター/尾尻雅弘 の面々。そう、邦楽器だけでなく、ドラムスやギターが登場するのがミソ。
これら特別な楽器を演奏するのは、皆その道の達人たちで、この日の出演も特別な配慮があって実現したやに聞いています。名人をズラリ揃えて演奏が素晴らしく無い訳がないでしょ。演奏の準備にも最も手間暇を掛けたそうな。

簡単に言えば、直純流の「四季」。春夏秋冬にオマケの1楽章を加えた5楽章構成になっている所が山本の才人たる所以でしょう。
ドラムスのセッション、和太鼓の乱れ打ちは特に聴き所・見所で、舞台奥に据えられたこれらのパートは、1階前方では見え難い難点があります。こればかりは2階で舞台を見渡せる席を選ぶことをお勧めします。
(初日見損なった方々には、二日目も2階でご覧になることを奨励しておきましょう)

オケのメンバーも掛け声を発したり、全員が一斉に呼子を思い切り吹いたりと、舞台の上も下も一番沸いたのはこの作品でした。登場する楽器も、ソロの他にキハダ、カバサ、トム、オルゴール、かぐらの鈴、木魚、オケド、チャッパなど珍品がズラリ。正に楽器博物館状態ですね。

今回が正真正銘の再演。何故これまで無視されてきたのかについては、演奏の困難さに加えて山本直純の感性が時代を先取りしていたことも考えられるでしょう。初演当時はどんな評価だったのか、少なくとも平成24年の東京では大受けに受けていたことを報告しておきましょう。髭の直純さんの破顔一笑が想像できました。

後半はソリストの登場は無く、純粋オーケストラ作品。と言っても最初の黛作品は弦楽のみによる短いもので、正しくエッセイです。

作品はニューヨークペータースから早々と出版されたもので、グリッサンドやスラップ・ピチカートによる特殊奏法が如何にも雅楽を連想させるもの。これも日本でより、海外で高く評価されたと聞いています。
スコアには作曲者の詳しいプロフィールが掲載(Lester Trimble 筆)されていて、これが結構な情報源であるのも懐かしい所でしょう。

締めは名曲、松村の交響曲。もちろん初演時は単に「交響曲」と記されていましたが、その後第2番を発表したために、現在では第1番として出版(音楽の友社)されている作品。
日本フィル以外でも取り上げられる機会が多く、今回の4曲ではオケ側から真っ先に提案されたとのこと。本家本元の日本フィルによる演奏は、手に汗握るスリリングな出来栄えで、日本作曲界のレヴェルの高さを再認識させるに十分な熱演だったと言えましょう。

全4曲を演奏し終えた下野マエストロ、最後は4人のスコアを譜面台に改めて陳列し、自ら熱烈拍手で故人たちを讃えていました。
リスキーな面もあるのは承知の上で、こうした機会は偶には実現させて欲しいもの。自身が初演した曲もある下野竜也は、その意味でも適任者でしょうし、今回の企画も、個人的には大成功だったと思います。

二日目を聴かれる方、どうか大いに楽しんでくださいな。

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