東京フィル・第806回定期演奏会
金曜日、個人的には春/夏シーズン最後のコンサートを聴きにサントリーホールに出掛けました。次に東京でクラシック音楽のコンサートを聴くのは9月初めの予定。リタイヤードにとっても長い夏休みに入ります。どうやって過ごそうか。
昨日は東京フィルハーモニー交響楽団のサントリー定期。7月は5日に続いて2回目の定期で、前回にも負けず劣らずのカリスマ系指揮者の登場です。上岡敏之が東フィルの指揮台に立つには今回が初めてのこと。
シューベルト/交響曲第7番ロ短調「未完成」
~休憩~
シューベルト/交響曲第8番ハ長調「グレート」
指揮/上岡敏之
コンサートマスター/青木高志
創立100周年のシーズンを迎えた東フィルの基本テーマの一つは日本人演奏家による日本人作品ですが、今回は日本人作品は取り上げられません。オール・シューベルト・プログラムで、フランツ・シューベルト・ソサエティが後援するお奨めコンサートでもあります。
上岡が日本のオケを公式に振るのは、確かN響、読響、新日フィル、日フィルに続いて5団体目だと思います。ドイツ・ザールラント州での職務が滅茶苦茶に忙しく、日本に帰れるのは年に一度とか。再招聘を頼んでも何年も先になるという売れっ子指揮者でもあります。
滅多に聴く機会が無いこと、某カリスマ評論家が絶賛していることもあって、上岡のカリスマ性は一層ヒートアップしているような気がしますね。
今回のシューベルトも大いに期待され、客席もこれまでになく多くのファンで埋められていました。さてその音楽。
最初の「未完成」の出だしからして独特な音楽表現に惹き入れられます。低弦のテーマは、pp を強調して聴こえるか聴こえないかのギリギリのピアニシモ。微妙なアクセントが添えられ、最後の8小節目はやや長めに引き伸ばされます。
更に驚かされるのは、提示部の繰り返し。1回目は比較的大人しく始まった音楽が、2度目の繰り返しでは様相を一変、フレージングは更に大胆になり、音楽にドラマが生まれてくるのです。これが上岡の真骨頂でしょう。
上岡のシューベルトは、いやシューベルトに限らないのですが、彼の音楽は兎に角歌う。楽譜から「歌」を引き出すことに徹底しているように思われます。やはりオペラ畑を中心に活躍してきたマエストロ、そこには歌があり、ドラマが存在しなくてはならないのです。ソナタ形式にも劇性が求められる。
楽章間のパウゼを長く保ち、次のドラマに期待を高めるのも上岡の「技」でしょうか。聴き手は第2楽章の開始を固唾を呑んで待つ。
彼の「未完成」を聴いて初めて気が付いたことは、冒頭の低音主題の pp と、第2楽章コーダで出現する第1ヴァイオリンだけが奏でる ppp によるカーヴ音型の共通性。この統一感が、密かに開始しヒッソリと終了する2楽章作品に完結性を与えているのではないか。上岡の読みは、もちろん「未完成交響曲」は2つの楽章で完成し、作品はドラマとして完結する、ということ。
続く「グレート」も基本は同じです。先ず「歌」、そして「ドラマ」。
プログラムにも解説されていたように、この曲は新たな研究が進み、第1楽章序奏部は従前の4分の4拍子からアラ・プレーヴェ、即ち2分の2拍子に変えられています。私の手元にある楽譜は最早古く、新刊のスコアは全て最新の研究を取り入れているようです。
ですから、上岡がこの序奏部をどのように振るかに注目が集まっていました。結果は、最初のホルン2本のテーマはゆったりと歌う4拍子。そしてピチカートが登場する次段からテンポは速めの2拍子に移行。
要するに上岡は学者じゃありません。彼はあくまでも音楽家であって、自分が感ずるままに音符を音にしていくということでしょう。彼のテンポは速いだけでもないし、遅いかと言うと、それも違う。自由自在に変化するテンポとしか言いようがありません。
ドラマに付いて言えば、第1楽章のコーダ。第661小節から主題が木管に出る個所で、上岡は弦の音量を極端に落とし、木管の主題を浮き上がらせて聴衆の度肝を抜きます。
第3楽章スケルツォ主題もそう。4小節単位のテーマ、その4拍目の fz を強調することによって、主題に変化と「劇性」を与える。
全体を締めくくる最後のハ長調の和音。フォルテの後に極端なディミニュエンドをかけ、全曲を静寂で終結させてしまう、といった具合。
上岡敏之という指揮者は、他の指揮者とは全く違った音楽を創ります。悪く言えばアクが強く、ハッタリと外連。同じことを好意的に言い表せば、極めて個性的な独自の表現となります。
それがこの指揮者に対する好き嫌いの分かれ目で、好きな人にとっては堪らない魅力となり、アンチ派にとっては悍ましく聴こえるでしょう。上岡独特の歌いまわしは、“痘痕も笑窪”にもなり得るし、“坊主憎けりゃ袈裟までも”ともなり兼ねない。
お前はどうなんだ、という声が聞こえてくるようですが、私はやはり作品による、としか言いようがありませんね。シューベルトやワーグナーのようなロマン派の作品に関して言えば、私は上岡が大好きです。しかし一方で、古典派作品はノー。彼のモーツァルトを聴きましたが、到底受け入れられるものではありませんでした。聴いたことはありませんが、ベートーヴェンは遠慮しておきましょう。
もちろん全てを暗譜で振り、指揮姿はクライバーとマゼールを足して2で割ったようですが、やはり上岡独自のスタイル。オーケストラのメンバーからは見難い棒かも知れません。
今回のプログラムは、前日に東京オペラシティ定期でも演奏され、そちらは録音されてNHK・FMで放送される予定。聴きたい方はそちらを楽しみに待っていてください。
いずれにしても彼のような個性は、世界的にみても稀な存在だと思います。七夕のように年に一度、日本のオーケストラに得意な作品で登場し、独特な音楽表現を披露してくれることに期待しましょう。オケ? 多分、今のN響意外なら何処でもOKじゃないでしょうか。
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