大荒れの凱旋門賞

漸く日曜日の大一番に辿り着きました。日本では凱旋門賞ばかりが取り上げられますが、ロンシャン競馬場の10月第1日曜日はGⅠ戦7鞍の大盤振る舞い。各ジャンルの頂上決戦が息も吐かせずに続きます。
今年は日本から2頭も参加するとあって、何とBS放送2局も凱旋門賞を現地から生中継していましたが、本当の競馬ファンなら7戦全てが見たいところでしょ。

通常なら先ず「凱旋門賞」からレポートに入るのでしょうが、二日も経過した今では速報の必要は皆無。今年の場合はネットを含めたマスコミが事細かく報道しているようですから、当欄は淡々且つ冷静、レース順にレポートして行きましょう。
この日の馬場状態は前日に続き good 。フランスの秋は重馬場になるのが通例ですが、今年は戻り夏で散水が必須なほどに速く固い馬場になっていました。日本馬にとっては願ってもないチャンスでしょう。

第1レースはカドラン賞 Prix du Cadran (GⅠ、4歳上、4000メートル)。10頭が出走し、23対10の1番人気には9歳せん馬ながら長距離のスペシャリスト、カスバー・ブリス Kasbah Bliss が選ばれていました。

レースはドイツから遠征してきたトレ・ロック・ダノン Tres Rock Danon の逃げ、例によってスローになりますが、 ファロン騎乗のエルヤーディ Elyaadi が突っついて流れを緩めません。そのエルヤーディが先頭に立って直線、レースはスプリントと化してチャンスはどの馬にもあるように見えました。
ここから最も鋭い脚を使ったのが、最後方に待機していた本命カスバー・ブリス。まとめて9頭を差し切り、カドラン賞4度目の挑戦での初勝利です。1馬身4分の1差2着には二の脚を使って差し返したトレ・ロック・ダノンが食い込み、短首差3着はレイ・ハンター Ley Hunter とブリガンティン Brigantin が同着。
レース後審議のアナウンスがありましたが、9着で入線したエルヤーディが進路妨害のため10着(しんがり)に降着、最下位入線のセルティック・セレブ Celtic Celeb が9着に繰り上がったもの。上位入線馬には関係なくレースは確定しました。

カスバー・ブリスはフランソワ・ドゥメン師の管理馬、ジェラール・モッセ騎乗。先に書いたようにカドラン賞は4度目の挑戦、これまで2・3・4着と着順を一つづつ落としてきましたが、今年は9歳にして初GⅠ制覇という快挙を成し遂げました。同馬は障害レースでも8勝している典型的なステイヤーで、12月の香港ヴァーズにもチャレンジする由。来年も現役に留まることも決まっています。

第2レースは対照的にアベイ・ド・ロンシャン賞 Prix de l’Abbaye de Longchamp (GⅠ、2歳上、1000メートル)。15頭が出走し、2歳馬が1頭、3歳馬も2頭挑戦してきました。
短距離界に強い英国からキングズ・スタンド・ステークスの覇者プロヒビット Prohibit が参加して5対2の1番人気。

レースは198対10のタンジェリン・トゥリーズ Tangerine Trees が逃げ、最後は3頭が横一線に並ぶ混戦。結局トム・イーヴス騎乗のタンジェリン・トゥリーズが逃げ切ってGⅠ初勝利を果たしました。イーヴス騎手にとってもGⅠは嬉しい初勝利。2着は短首差でチャップル=ハイアム厩舎のシークレット・アセット Secret Asset 、ハナ差3着にはナンソープ・ステークスを100対1の大穴で制したライアム厩舎のソール・パワー Sole Power という結果。
1番人気のプロヒビットは1枠(ロンシャンの短距離直線コースは内枠が不利)と仕掛けの遅さが敗因で7着に終わっています。

勝馬を管理するブライアン・スマート調教師にとっては、古く1996年の仏オークスをシル・シラス Sil Silas で制して以来2勝目のGⅠ制覇となりました。
タンジェリン・トゥリーズは6歳せん馬。今期は5戦3勝で、シーズン初戦のパレス・ハウス・ステークス(GⅢ)に勝ち、テンプル・ステークスとキングズ・スタンド・ステークスは不発に終わりましたが、8月ビヴァリー競馬場のリステッド戦で復調していた馬。

次の第3レースと第4レースは2歳戦が続きます。
先ず牝馬によるマルセル・ブーサック賞 Prix Marcel Boussac (GⅠ、2歳牝、1600メートル)は1頭が取り消して5頭立て。イギリスから2頭、アイルランドから2頭が遠征し、地元フランス馬は唯1頭というメンバーでした。4対5の1番人気は、その地元馬でフレディー・ヘッド師が管理する2戦無敗のザンテンダ Zantenda 。

小頭数で積極的な逃げ馬がいない中、ウイリアム・ビュイック騎手の好判断で先手を奪った2番人気(39対10)のエルーシヴ・ケイト Elusive Kate がまんまと逃げきってしまいました。正に名前の通り(Elusive =神出鬼没)。最後は馬場の中央に向かって寄れる場面もありましたが、後続が離れていたため問題にはなりません。3馬身差の2着にアイルランドのファイア・リリー Fire Lily が入り、更に1馬身4分の1差で3着に本命ザンテンダ。
ビュイック騎手によれば、寄れる癖は以前には無かったことだそうで、原因不明。
エルーシヴ・ケイトを管理する英国のジョン・ゴスデン師にとって、マルセル・ブーサックは3勝目。1996年のライヤファン Ryafan 、2001年のサルク Sulk に続く栄冠です。

6月ドンカスター競馬場のデビュー戦ではフォールズ・オブ・ローラ Falls Of Lora (この日は5着しんがり)に負けた同馬でしたが、ケンプトン競馬場のオール・ウェザー・コースで未勝利を脱出、夏のドーヴィルでリステッド戦とカルヴァドス賞(GⅢ)に連勝し、これで4連勝。
この勝利によって、来年の1000ギニーに8対1のオッズが出されています。

第4レースはジャン=リュック・ラガルデール賞 Prix Jean-Luc Lagardere (GⅠ、2歳、1400メートル)。かつてのグラン・クリテリウムですが、距離は7ハロンに短縮されています。
今年は7頭立て。これまで4戦無敗、前走で騎乗したデットーリがぞっこんで惚れ込んでいるダバーシム Dabirsim が1対2で断然の1番人気に支持されていました。週末の競馬の祭典では最も固い本命馬と言える存在でしょう。

レースはサリューア Salure が思い切った逃げを打ち、ゴール前1ハロンでも先頭に粘っていました。しかしそこからは役者が違いましたね。最後方に待機、内ラチ沿いに追い上げたダバーシムが一気に突き抜けて、同じく後方から追い込んだソーファスト Sofast を4分の3馬身抑えて期待に応えます。短頭差3着に逃げたサリューア。
今回もコンビを組んだランフランコ・デットーリ騎手は、土曜日のレポートでも触れたように、これがGⅠレースに通算で500勝目の区切りとなります。記者団から求められた感想に、“500勝目をロンシャン競馬場の大舞台で、しかもGⅠレースで達成できたことは無上の喜び” と答えています。この日はスタートが良くありませんでしたが、馬を信頼して乗った由。これこそスーパースターだと絶賛頻り。

同馬を管理するのはクリストフ・フェランド師。これまで何度も紹介しているように父は日本産のハットトリックで、ダバーシム(日本ではダビルシムとして紹介されています)はハットトリックどころか無傷の5連勝。2000ギニーのオッズは7対1ですから、馬券ファンの皆さんは今が買い時ですぞ。

続く第5レースは、ゴールディコヴァ Goldikova 登場が話題のフォレ賞 Prix de la Foret (GⅠ、3歳上、1400メートル)。8頭立て、GⅠ戦15勝目がかかる女傑ゴールディコヴァが1対2の圧倒的1番人気でしたが、結果は逆転劇。

ゴール前1ハロン、スタンドから遠いコースを衝いてゴールディコヴァ先頭に立ちましたが、外からウイリアム・ビュイック騎乗、47対10のドリーム・アヘッド Dream Ahead が襲い掛かります。一旦は差されたゴールディコヴァでしたが、ここから根性で差し返し、最後は首の上下。結局は写真判定に持ち込まれ、頭差でドリーム・アヘッドが抜けていました。6馬身と大きく離された3着にサーフライダー Surfrider の順。
レースの流れの中でディヴァー・ドリーム Dever Dream が競走を中止しています。

鞍上ビュイックは、マルセル・ブーサック賞に続いてGⅠダブル達成。
ドリーム・アヘッドはイギリスのデヴィッド・シムコック師が管理する3歳馬で、GⅠは5勝目。2歳時のモルニー賞とミドル・パーク・ステークス、今シーズンはジュライ・カップとヘイドック・スプリント・カップを制した名スプリンターです。
残念ながらドリーム・アヘッドはアメリカの生産者グループに売却され、来年の出走予定はありません。恐らくこれが同馬のラスト・ランになると思われますが、当然ながら馬は最高潮にあり、新オーナー・グループも今期のブリーダーズ・カップや香港遠征を否定しているわけではないようです。

一方ゴールディコヴァ陣営。ヘッド師は特に敗因を挙げず、彼女の年齢に言及するに留めました。レース後の経過が順調であれば、ブリーダーズ・カップ4連覇に向かう計画に変更はないようです。

そして第6レースが、とっくの昔に日本でも知れ渡っている凱旋門賞 Prix de l’Arc de Triomphe (GⅠ、3歳上、2400メートル)。今年は16頭が出走し、その枠順からレース内容も既にご存知でしょう。結果だけを改めて書き残しておくと、

優勝は20対1の大穴デインドリーム Danedream 、5馬身差という記録的な大差が付いて2着も66対1という超大穴のシャリータ Shareta が飛び込み、首差3着に漸くスノー・フェアリー Snow Fairy (それでも14対1)、半馬身差4着がソー・ユー・シンク So You Thik (9対2の2番人気)、更に短首差5着にセント・ニコラス・アベイ St Nicholas Abbey (33対1)という結果。
4対1の1番人気に支持されたサラフィナ Sarafina は7着に終わり、3番人気(7対1)に上がっていたガリコヴァ Galikova は9着、並んだ4番人気(10対1)のワークフォース Workforce は12着。
日本馬では、最終的に10対1の並んだ4番人気にまで伸びたヒルノダムール Hiruno d’Amour が10着、28対1のナカヤマフェスタ Nakayama Festa は11着と残念な結果に終わりました。

デインドリームは最終登録に10万ユーロの追加登録料を支払って出走した3頭の中の1頭。ユーロが暴落したとはいえ、10万ユーロを日本円に換算すれば1000万円チョッと。大金には違いありませんね。
ドイツのペーター・シールゲン師が管理、アンドラーシュ・シュタルケ騎乗のドイツ産馬で、ドイツ馬が凱旋門賞を制したのは、1975年のスター・アピール Star Appeal 以来36年振り、二度目のこと。
同馬をイヤリング・セールで9000ユーロで購入したオーナーはブルグ・エバーシュタイン牧場でしたが、レースの二日前に吉田照哉氏が所有権の半分を取得。追加登録の経緯にもこの辺りの事情が絡んでいるものと想像されます。

牝馬が1着から3着までを独占し、3歳牝馬のワン・ツー・フィニッシュ。2着シャリータは、サラフィナのペースメーカー(オーナーはアガ・カーン)だったはずですよ、ね。
3歳馬の優勝は、ここ18年で15勝と、ほぼ独占状態に陥っています。
また着差5馬身は、2001年のサーキー Sakhee の6馬身差以来の大差。勝ち時計はレコード・タイムが出ましたが、タイムフォームは「平均よりやや上回るレヴェル」と評価している由。来年のレースホース誌で確認しましょう。

騎乗したシュタルケ騎手は、“凱旋門賞には騎乗するだけで夢。ましてや勝つなんて、未だ夢を見ているようだ”と語り、シールゲン師は“生涯最良の時。この楽勝は信じられず、間違いなく私が管理した最高の馬” と感激を隠せません。
デインドリームは、これで今シーズンは7戦4勝。5月にイタリア・ダービー(11ハロン)で3着したあとイタリア・オークス(11ハロン)に優勝。6月に渡仏(マユレ賞5着)して結果が出ませんでしたが、6月のベルリン大賞典(12ハロン)と9月のバーデン大賞典(12ハロン)の二つのGⅠに連勝してロンシャンに臨んでいました。
特にベルリン大賞(良馬場)では前年のヨーロッパ大賞典の覇者を5馬身差で破り、バーデン大賞(重馬場)ではドイツ・ダービー馬を含めて2着以下を6馬身切って捨てています。彼女にとって大差勝は常識なのかもしれません。

日本人オーナーの手に渡ったデインドリーム、日本と相性の良いスノー・フェアリーが日本の秋競馬に参戦する可能性は高く、エリザベス女王杯かジャパン・カップがその舞台になるでしょう。

以上で凱旋門レポートを終え、ロンシャンは一鞍置いて第8レースが最後のオペラ賞 Prix de l’Opera (GⅠ、3歳上牝、2000メートル)となります。
1頭取り消しがあり10頭立て。ファーブル厩舎、カーリッド・アブダッラー氏のアナウンス Announce が2対1の1番人気に支持されましたが、内から追い込んだ9対2のナーレイン Nahrain がハナ差で本命馬を捉えました。1馬身半差3着に当ブログの常連バニンパー Banimpire 。

このレースにも大きなドラマがありました。勝馬を管理するロジャー・ヴァリアン師はマイケル・ジャーヴィス師の元で研鑽を積み、今年2月にライセンスを獲得したばかり。
レースの1週間前、ヴァリアン師にもたらされたのは恩師ジャーヴィス翁の死でした。もちろんオペラ賞はヴァリアンにとって初のGⅠタイトル。師の胸には熱いものが込み上げていたに違いありません。

騎乗したデットーリは、ジャン=リュック・ラガルデールに続くこの日のダブル。新たなスタートを切る501勝目のGレース制覇となりました。

3歳馬ナーレインは、2歳時は未出走。今年5月にウインザー競馬場でデビュー勝ちし、ヘイドック競馬場、サンダウン競馬場(リステッド戦)と3連勝して目下のところ4戦無敗。
オーナーはジャーヴィス厩舎のパトロンの一人だっただけに、新生ヴァリアン厩舎のスターに育つ逸材に育つことを期待したいものです。

以上がロンシャン・レポート、日曜日はアイルランドのティッペラリー競馬場でもパターン・レースが一鞍行われましたので、簡単に紹介しておきましょう。

この季節のアイルランドは早くも障害レースのシーズン。この日の番組も平場4レース、障害4レースという混合開催でした。馬場は heavy と、フランスとは正反対の気候だったようです。
コンコルド・ステークス Concorde S (GⅢ、3歳上、7ハロン100ヤード)は、アイルランドで行われるG戦の最後から二つ目。馬場を嫌って4頭が取り消し、7頭立てで行われました。

並んで5対2の1番人気に支持されたのは、ウェルド厩舎のアナム・アルタ Anam Alta とオブライエン厩舎のルック・アット・ミー Look At Me 。
アナム・アルタはゴール前2ハロンで抜け出し楽勝しましたが、ルック・アット・ミーは良いところ無く5着に惨敗。6馬身差2着に逃げたベイ・ナイト Bay Knight が粘り、更に3馬身半差3着にアクロス・ザ・ライン Across The Rhine 。

勝ったアナム・アルタにはデクラン・マクダナーが騎乗、ウェルド厩舎は第1レースと合わせてダブル達成です。
堅実なタイプの馬で、8月に同じティッペラリーの同じ7ハロン(良馬場)で行われたリステッド戦で2着していました。履歴を調べていて目に留まったのは、同馬が1月1日生まれであること。馬の能力とはあまり関係がありませんが、ね。

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