日本フィル・第273回横浜定期演奏会

クリスマスを一週間後に控えた昨日の土曜日、桜木町の横浜みなとみらいホールで日フィルの横浜定期を聴いてきました。私にとっては今年最後のコンサート行です。
さすがに師走も中旬を過ぎて風は冷たくなってきましたが、テレビで気象予報士が警告するほどの寒さは感じられません。予報が外れたのか、私の感覚が老年で鈍ってきたのか・・・。まぁ後者でしょうが、東京の冬ほど過ごし易い季節はありませんね。

それより驚くのは横浜の人出。クリスマスに限らずイリュミネーションが眩しいみなとみらい地区、季節柄か押すな押すなの大混雑に圧倒されます。コンサートが終わった午後8時を過ぎても全ての飲食店に長い行列が出来、10時になっても京浜東北線の昇り電車でさえ乗客で溢れていました。
この光景を見たら、日本に大震災があり、不景気の真っただ中であるとはとても信じられません。天気予報と同じで、自身の躰で体験しないと世間の風は実感できないと、改めて妙な感想を抱いてしまいました。

日フィル横浜定期の12月は毎年曲目が決まっています。そう、「ダイク」。今年の第9は特別な感慨で、などと宣伝されてしまうと、天邪鬼の私は逆に聴くのを控える気持ちになってしまいます。ということで、私の今年の第9はこれだけ。それで十分だと思いました。

J.S.バッハ=齋藤秀雄/シャコンヌ(無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番より)
     ~休憩~
ベートーヴェン/交響曲第9番
 指揮/広上淳一
 ソプラノ/松田奈緒美
 メゾ・ソプラノ/富岡明子
 テノール/錦織健
 バリトン/ベンノ・ショルム
 合唱/東京音楽大学
 コンサートマスター/扇谷泰朋

このホールで第9を聴くのは確か初めて。ということは、横浜の会員になって未だ1年経っていないということでもあります。ここ何年かはコバケンさんの棒でしたが、今年は我が広上マエストロ、会員を継続した根拠の一つでもありました。

第9コンサートでは前半に何を演奏するかも楽しみの一つですが、今回は齋藤秀雄版のバッハ。意外でもあり、珍しい選択ですね。もちろん指揮者の意向の由。
私がこれを聴くのは、実は3回目。最初は齋藤秀雄本人の指揮する読響定期(1967年3月)でのことで、作品より指揮者の唸り声が他を圧していたことだけ覚えています。この編曲は1963年9月に森正指揮の京都市響で演奏された記録がありますから、読響が初演ではありません。
二度目は同じ読響定期に下野竜也がデビューしたとき。この演奏はCD化されていたと思います。

で、今回の3回目。プログラムに楽器編成が掲載されていましたので、転記しておきましょう。
ピッコロ1、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン2、バス・トロンボーン1、テューバ1、ティンパニ1、弦5部。
テューバを除けば第9を演奏するメンバーでカヴァーできる編成で、前半に置くには相応しい作品の一つでしょう。

三回聴いた感想を一言で言えば、これが齋藤秀雄の限界かな、ということ。故人には辛い表現かもしれませんが、オーケストレーションとしてはやや物足りなさを感じてしまいます。
齋藤自身は同じシャコンヌを以前に東響でも取り上げたことがあって(1951年12月)、そのときはアルフレード・カセルラの編曲版でした。恐らくそのアレンジに納得がいかずに自身で編曲したのでしょう。私はカセルラ版を聴いたことが無いのですが、これと比べれば齋藤の意図がより明確になると思います。

そして第9。

最近では横浜でも演奏会後の反省会に参加する習わしになってしまいました。そこで先ず出たのが“テンポが速かったねぇ” という意見。私は実は正反対の感想で、“ゆったりしたテンポでした”というもの。
全員の意見を集約すると、演奏していたメンバーも含めてテンポは速かった、ということに落ち着いたようです。

ところでテンポって何でしょう?

私の経験では、最近は古楽器派やベーレンライター派の台頭で比較的速いテンポで演奏される傾向が強いようですね。私が当夜のテンポを「ゆったり」と感じたのは、そうした流行のテンポに馴らされてきた(慣らされてきた、じゃありませんヨ)所為かも知れません。
もう一つは現場の意見として、前日(さいたま定期)はもっとテンポが遅かったのだそうです。横浜ではマエストロ自身がかなり興奮気味で、楽員も驚く変貌ぶりだったのだとか。
そう、演奏は生き物であり、会場や聴衆、天候や気分などでも微妙に変化するもの。どのオケも同じ指揮者と何回も第9を演奏しますが、極端なことを言えば毎回演奏は違います。もし同じだったとしたら、その指揮者の能力に問題があると見て良いでしょう。音楽はそこを楽しまなければいけません。もちろんオーケストラに限ったことじゃありません。

昨夜の演奏で言えば、第2楽章のトリオが極めて速いテンポだったことは間違いありません。広上はブライトコプフ旧版で演奏したと思いますが、トリオは二分音符=116ではなく、全音符=116の感じ。つまり「トリオは遅いもの」という伝統より「ブレスト」という表示を重視したのでしょう。
それでも私は以前にドイツのオケがもっと速いトリオで弾くのを聴いたことがあり、そこではオーボエが付いて行けず何度も落っこちるのを耳にしました。昨夜は予想外の快速にも拘わらず、オーボエ(この日は松岡裕雅)は見事に吹き切りました。

その他備忘的にいくつか記しておくと、第3楽章中間部のナチュラル・ホルン時代故に4番ホルンに与えられたソロは、1番ホルン(福川伸陽)に置き換えて完璧なソロを聴かせます。
4人の独唱者は第2楽章の後、チューニングを行う際に拍手に迎えられて入場。広上は指揮台を降りてソロを迎えるのがいつものスタイルでしょう。

4人のソロ、テノール以外は日フィルでは初めてだと思います。
ソプラノはドイツで彼のシュワルツコプフに師事した由。NHKのニューイヤーオペラコンサートにも参加したそうですが、私には初めての人。
メゾは広上/東フィルのバーンスタイン(エレミア交響曲)でヘブライ語を見事に歌った人。来年は同じ広上指揮日フィル横浜でカルメンを歌うはず。
バリトンはウィーンの人で、父がウィーン国立音大の有名な先生であるロベルト・ショルム。横浜では何故か楽譜を見て歌っていましたが、さいたまでは暗譜だったそうな。少し芝居掛かった歌い方をするバリトン。

歌手が100%満足という公演は少ないものですが、今回の満足度は70%位でしょうか。誰が不満かは言いませんが、バランスは比較的良かったと思います。ベストはテノール、この人は円熟期を迎え、なお誠実に精進を重ねる姿勢に脱帽です。

広上淳一の第9はほぼ毎年聴いていますが、今年は例年以上にパッションを感じます。堂々たるテンポ(人によっては速いと感じる)は相変わらずですが、第1楽章再現部冒頭の激しさ、第2楽章のティンパニの剛打など、思い切ったアクションと共に青春時代のマエストロを髣髴させる場面もありました。

尚この公演、今日(12月18日)は立川でも開催されますが、さいたまとも横浜とも違った演奏が聴けるでしょう。さいたまと横浜はチケット完売でしたが、立川は残席僅少とか。近くの方はテンポを実感されては如何。

以上で今年の演奏会カテゴリーは終了。来年は7日から早々にコンサート通いが始まる予定です。

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