英国競馬1963(4)

前回に続きエプサム開催のオークスです。

1000ギニー勝馬のフラ・ダンサー Hula Dancer には当初から1マイル半をステイするスタミナに疑問があり、英オークスを回避して仏オークスに向かいます。フランスのオークス(ディアーヌ賞)は距離がエプサムより300メートルほど短い2100メートルですが、フラ・ダンサーは5着に敗退、結果的にスタミナへの不安が証明されたことになります。
その他1000ギニー出走組からは3頭がオークスに参戦しましたが、2着のスプレー Spree と3着ロイヤル・サイファー Royal Cypher はエプサム直行のローテーションを選択します。

前々回の冒頭でも紹介しましたが、フリー・ハンデで牝馬の最高位を獲得したノーブレス Noblesse はアイルランドのパトリック・プレンダーガスト師が管理する馬。元々仕上がりに時間が掛かるタイプで、1000ギニーは早々と回避、地元の愛1000ギニーにも間に合いませんでした。
ノーブレスの3歳デビュー戦は、ヨーク競馬場のミュジドラ・ステークス。パドックでは2歳時からほとんど成長していないように見えましたが、それでも断然の1番人気に支持され、2着を全く問題にせずキャンターのまま6番差で圧勝します。この時点でノーブレスのオークス制覇は保障されたようなもの。オッズは6対4にまで上がりました。
この日(5月15日)はプレンダーガスト師にとっては大吉の一日で、ノーブレスの他に愛2000ギニー(リナカ Linacre)と愛1000ギニー(ガズパチョ Gazpacho)をも制するという独り舞台を演じたのでした。

その他のトライアルでは、先ずチェスター競馬場のチェシャー・オークスは1000ギニーでは着外だった格下のエリート・ロワイアル Elite Royale が優勝。リングフィールド・オークス・トライアルはエリザベス女王の持ち馬アミカブル Amicable が勝ち名乗りを受けます。
アミカブルはエプサム競馬場のトライアル戦であるプリンセス・エリザベス・ステークスも勝っていましたが、管理するセシル・ボイド=ロシュフォール大尉は自分ならノーブレスとの対決は避けると公言していたものの、女王陛下の強い希望でオークス参戦を決定しました。

一方フランスから挑戦の意向を示したのは、英国産馬でダービー卿が所有するサンスート Sunsuit 。エティエンヌ・ポレ厩舎に所属していましたが、母は1000ギニーとセントレジャー馬に勝ったヘリングボーン Herringbone という英国屈指の良血。実績よりも血統、育ちより氏での挑戦と言えましょうか。

こうしてダービーの翌々日、5月31日にコンパクトな9頭が顔を揃えます。ダービーとは一転、暖かく陽射しの降り注ぐ一日で、アメリカ人オーナーのジョン・オリン夫妻も晴れ舞台で初めて愛馬と対面するシーンが見られました。更に生産者であるP・G・マーガレッツ夫人も「我が子」がクラシックに勝つ瞬間を見逃すまいとカナダから駆け付けていました。
1番人気はもちろんノーブレス、最終的にオッズは11対4でした。良血馬サンスートが6対1の2番人気を集め、100対7の3番人気にはスプレーとアミカブルが並びます。

多くの関係者が見守る中、オークスは正にノーブレスの独り舞台に終わりました。スプレーが好スタートを切りましたが、逃げはペースメーカーのジャルジョコ Jalujoco 。タテナム・コーナーでは未だ6番手に控えていたノーブレスは、直線では外に出し、ガーネット・ブーグール騎手(オーストラリア人)が持ったままで先頭に立つと、2着スプレーに10馬身もの大差を付けての圧勝です。以下首差で33対1のプーポンヌが3着、4着にサンスート、5着アミカブルの順。
2着スプレーに騎乗したリンドレ―騎手は、“ノーブレスはまるで特急列車のように横をすり抜けていった。あんなのは初めての体験で、今でも信じらないネ”とコメント。勝利騎手ブーグールも、“ボクがその気になれば2倍の着差で勝てたヨ。随分長いこと騎手生活を送ったきたけれど、間違いなく彼女は私が乗った最高の馬だ”とも。
熱烈な観衆の喝采の中、ノーブレスの手綱を引いてレセプションに向かったのはオーナー夫人(名義は夫人名)。脚を怪我してパドックに降りられなかったジョン・オリン氏は、スタンドから夫人と愛馬の初体面を見守ったのでした。

プレンダーガスト師にとってイギリスのクラシックは、1960年マーシャル Martial の2000ギニーに次ぐ2勝目。勿論この時点では確定していませんが、師はこの年の英国リーディング・トレーナーに輝きます。

オークスを圧勝したノーブレスの次なる目標はキング・ジョージ6世・アンド・クィーン・エリザベス・ステークス、オークスが終わった時点で1番人気に上がりました。そのあとはヨークシャー・オークスを経て凱旋門賞という青写真が描かれていましたが、残念ながらキング・ジョージに向けての調教中に故障を発症。プレンダーガスト師は急遽予定を変更し、エクリプス・ステークス出走を決めていたダービー3着馬のラグサ Ragusa でキングジョージに向かうことになります。その辺りは別項で詳しく取り上げましょう。
夏場を故障の回復に充てたノーブレスは、凱旋門賞の前哨戦としてロンシャンのヴェルメイユ賞に出走します。圧倒的な1番人気(2対5)に支持されたものの、結果はゴールデン・ガール Golden Girl の4着、凱旋門賞参戦の予定は直ちに撤回され、そのまま引退。その年の内にアメリカに渡って繁殖生活に入りました。

繁殖牝馬としてのノーブレスは、ライヴァルのフラ・ダンサーとは対照的に大成功と言えるでしょう。
直接の産駒からは大物と呼べる存在は出ませんでしたが、オークス2着の娘ホエア・ユー・リード Where You Lead からはレインボウ・クェスト Rainbow Quest 、ウォーニング Warning 、コマンダー・イン・チーフ Commander in Chief などの名馬が続出。
また娘フゲッタ Fughetta (日本では「フゼッタ」と表記されますが、フゲッタが適切でしょう)は日本に輸入され、中央・公営を問わず活躍馬を出し続けています。

現在でもオークス史上最も大楽勝だったと記録されるノーブレス。日本の競走馬の血統表にも何度も登場する名牝の1頭です。

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