日本フィル・第651回東京定期演奏会
昨日は日フィル東京定期の初日、「ラザレフが刻むロシアの魂 ≪Season Ⅰ ラフマニノフ5≫」と仰山なタイトルが付いたシリーズ、ラフマニノフの最終回です。
演奏会のレポートに入る前に、先の横浜定期に際して購入した最新リリースのCDに触れておきましょう。エクストンから出た OVCL-00496 、ラフマニノフの第3交響曲1曲のみの収録。
その時はたった40分で3000円は高い、と書きましたが、訂正です。この演奏内容で3000円は廉い! と変えましょう。
もちろん私はナマで接しましたが(収録は金土2日間の演奏家ら編集したらしい)、改めてCDで聴き直してみると、その内容の高さに唖然とします。スコアと首っ引きで確認しましたが、ここには唯の1音として無駄な音符は無い。いや、考え抜かれていない音は無い、と言っておきましょうか。
ラザレフの解釈が完璧に音になっている。手元にはマゼール/ベルリン・フィル、アシュケナージ/コンセルトヘボウなどのメジャー盤がありますが、ラザレフ/日フィル盤と比較するとベルリンもコンセルトヘボウも顔色無し。大半のファンは所謂ブランド・オケの演奏が最高だと考えがちですが、決してそんなことは無いという、これは一例。これがライヴ収録であることは、更なる驚きと言えましょう。
ということで、弥が上にも期待が高まるラザレフ/日フィルの最終章。今回は発表された当初から1年を通じて最も聴きたいコンサートに数えたいほどに魅力的な選曲です。以下のもの。
ラフマニノフ/カプリッチョ・ボヘミアン
ラフマニノフ/パガニーニの主題による狂詩曲
~休憩~
ラフマニノフ/交響的舞曲
指揮/アレクサンドル・ラザレフ
ピアノ/河村尚子
コンサートマスター/扇谷泰朋
フォアシュピーラー/江口有香
ソロ・チェロ/菊池知也
開幕に演奏されたカプリッチョ・ボヘミアン、私にとっては録音も含めて初体験の珍品。何故かブージー社から復刻されたスコア(グーティル版のファクシミリ)は手元にあったので、こっそりカンニングしながらの視聴と相成ります。
冒頭のティンパニによる ppp の開始から、民謡風なジプシー主題が fff の全奏で炸裂するまでたった55小節。相変わらずラザレフの振幅の極めて大きいダイナミックな指揮により、聴き手は一気に若きラフマニノフの世界に惹き込まれました。
プログラムの曲目解説で奥田佳道氏が示唆している終結部の「驚愕の仕掛け」とは、大太鼓の強烈な一発の後に待っているフェルマータ休止。“どうだッ”というラザレフの仁王立ちは、ラフマニノフのその後の大成を予感させるに十分なものでした。
2曲目は「超」名曲のパガニーニ狂詩曲。ソロが河村尚子であれば、これを聴き逃すのは恥と言うもの。ロシア語もペラペラの河村とラザレフによるラフマニノフ、この2月には九州にまで聴きに出掛けた黄金コンビでもあります。
もちろん期待は裏切られませんでした。
オーケストラは、他の演目と全く同じで弦は16型。豪快なオケの音に対し、河村の音量は一歩も引けを取りません。それでいて音色が硬くなることようなことは無く、寧ろ音楽性が一層奮い立つのが河村のピアニズム。
例えば第15変奏。ここはピアノ・ソロで始まるスケルツァンドですが、ソロの天性が正直に滲み出る乗りの良さ。河村尚子というピアニストは、ドイツで生まれ育ったという環境抜きには考えられない自然さが備わっているのでしょう。素直に脱帽。
前回のラザレフとの共演ではブラームスの「2番」間奏曲をアンコールした彼女、今回のアンコールはパガニーニのカプリス第4番をリストがピアノ用にアレンジしたもの。
今共演したのが「パガニーニ狂詩曲」であり、元になったのはカプリスそのもの。ラフマニノフと並ぶ歴史上最も有名なピアニストだったリスト編曲という隠し味も含め、河村のセンスの良さが光るプレゼントでもありました。
メインはラフマニノフ晩年の傑作。例によって速目のテンポを主体にし、どの音符も揺るがせにしない交響的な構成力。シリーズの締め括りに相応しい名演。
ステージには収録用と思われるマイクが林立し、明らかに商業要に録音が行われていたと思われます。いずれCDとして販売されるでしょうが、同曲の「決定盤」になることは間違いなし。繰り返し聴いてみれば、また新たな発見に出会えるかもしれませんね。
終了してから気が付いたことですが、確かハープは2台使われていたと記憶します。
第3曲の練習番号72に聴かれる華やかなハープのグリッサンド。思わず2階左の聴衆が身を乗り出してハープを確認するほど、楽曲に鮮やかな色彩を添えていました。
譜面にはハープ2台という指定はありません。手元のベルウィン・ミルズ版もそうだし、ダニエルズの編成表も同じ。ラフマニノフの自筆には2台という指定があるのか、ラザレフの解釈で倍増したのか、ここはマエストロに聞いてみたいところではあります。
終演後、ラザレフによるアフタートークなるものが開催されました。夜9時を過ぎても、自席でマエストロ再登場を待っていた聴衆も少なくありません。
ヴィオラの後藤悠仁氏の司会に、クラリネット首席伊藤寛隆氏が加わってラザレフの印象についてのトーク。スコアに付箋をドッサリ貼り付けるという話題で会場を沸かせます。
(以前ラザレフはリハーサルの休憩時には自室に戻っていたとのこと。それが確かロンドンで楽員に付箋を工作されたことがあったそうで、それ以来休憩時も指揮台から一歩も離れない習慣になった由。これはトークに出た話ではなく、後日談として某楽員から耳打ちされたことです)
続いて通訳の小賀明子氏を伴って燕尾のまま登場したラザレフ、熱く語ったのは次のシリーズで取り上げるスクリャービンのこと。あの畳み掛けるような語り口は、数年前まで恒例だったマエストロ・サロンを思い出させるものでした。ラザレフも同じ思いだったのでしょうが、当時司会を務めた新井豊治氏は既に退団の身(エキストラとして乗ってはいましたが)。残念ながらサロン復活は叶いそうもありません。
なおアフタートークは土曜日にも開催されるそうで、15日は首席ホルン奏者の丸山勉氏のトークが聴けるそうですよ。
来年5月にはスクリャービンのプロメテウスが取り上げられる予定。レーザー光線や色彩ピアノなる珍楽器が指定されている同曲、果たしてラザレフがどういう仕掛けを用意してくるのか、今から楽しみでなりません。
それよりも、事前にマエストロからのメッセージが欲しい!! 何とかなりませんか、日フィルさん。
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