日本フィル・上岡敏之プロジェクト

今日は日本フィルの番外編、ドイツはヴッパータール市の音楽監督を務めるカリスマ指揮者・上岡敏之指揮の特別演奏会を聴いてきました。今聴いてきたばかりの、もぎたての感想。
日本ではN響、読響、新日本フィル、東フィルに次々と客演し、その実力で客席を沸かせてきた上岡マエストロ、日本フィルには3年振り2度目の登場となります。
前回は日フィルの楽員がドイツにまで乗り込んで氏を口説き落とし、念願の客演が実現。プログラムもメンデルスゾーンとワーグナーの宗教関連の作品で筋を通したものでした。2010年4月定期初日は復活祭当日、ドラマティックな仕掛けに凝る上岡ならではの演奏会でした。

その時の成功が直ちに再演の契約に繋がったはずですが、ドイツで多忙を極めるマエストロ、初登場時に交わした、出来るだけ早い機会にという約束も、漸く3年を経て実現したのが実情でしょう。
今回は以下のプログラムを3月29日に日フィルの本拠地・杉並公会堂で演奏し、二日目は初台の東京オペラシティコンサートホールでも演奏。小生はその二日目を聴いたことになります。
偶然でしょうか、2013年も上岡/日フィルの初日は復活祭の聖金曜日。これからはこの時期恒例の客演として定着することに期待しましょう。そんな素晴らしいコンサートでした。

ブルッフ/ヴァイオリン協奏曲
     ~休憩~
R.シュトラウス/アルプス交響曲
 指揮/上岡敏之
 ヴァイオリン/郷古廉
 コンサートマスター/江口有香
 ソロ・チェロ/菊池知也

このプロ、チョッとクラシックを齧った人には直ぐにピンとくるでしょうが、ブルッフの第2楽章の壮大なテーマは、シュトラウスの大作にも登場します。偶然に同じメロディーになったというよりは、シュトラウスが敢えて「パクッた」のかも知れません。
その辺りの機微は素人の私は知る由もありませんが、上岡敏之のプログラミングに、この隠れた意図があったのは明白でしょう。マエストロサロンでもあれば、その狙いが聞けたでしょうに。

ブルッフのソロは初めて聴く人。名前は以前から聴いていましたが、ナマ演奏は初体験でした。
郷古廉(ごうこ・すなお)、1993年12月生まれと言いますから、今年の年末で二十歳になる若者。使用楽器は個人から貸与された1682年製ストラディヴァリウス(Banat)だそうで、期待の新星。
今回の演奏だけで判断するのは如何にも早計ですが、残念ながら私には未だ勉強途上と言う印象でした。もちろん現代の人ですから技術的には問題ありませんが、今一つ演奏の方向が定まらない。伴奏オケの雄弁さに比較して、如何にも薄味な所が気になりました。更なる成長に期待しましょう。

拍手、歓声共に盛大で、極めて短いアンコール。知らない曲でしたが如何にもシュトラウスっぽいモチーフで、帰り際に案内ボードを見たら、やはりR.シュトラウスのダフネからアレンジしたものの由。
知らない耳にもシュトラウスだと判るように弾いたのは見事でしょう。もちろんプログラム後半に繋げる配慮にも感心。

で、本命のアルプス交響曲。
上岡は最初のブルッフでも、鳴っているか聴き取れないほどの弱音ティンパニで開始、協奏曲でも独特の個性を際立たせました。
シュトラウスはもちろんマエストロならではの音絵巻。夜明けから日没まで、寸時の揺るぎも感じさせずに一気にアルプスを征服して行くのでした。

今回の会場はサントリーホールなどと比べるとやや狭い空間。舞台裏のバンダ、舞台上とバルコニーの2か所に置かれたカウベル群、そしてパイプ・オルガンと音量的に飽和するのではと懸念されましたが、さしもの大編成も細部までクリアーに響いたのは上岡のバランス感覚の成せる業でしょう。
牧場では羊の鳴き声を強調するなど、シュトラウス得意のオーケストレーションを楽しませるサービスにも事欠きません。

これまで私はアルプス交響曲について、頂上に至るまでの登山と、嵐の中の下山とが逆行する形で構成されている、と信じてきました。今回のプログラムの曲解(広瀬大介氏)にもその旨が掛かれていましたが、上岡の演奏で気が付いたのは、これが必ずしも当たっていないこと。
即ち、交響曲の主人公が下山を終え、余韻が響く時間(Ausklang)こそが中心なのであって、交響曲の全体は、オルガンの f が急速に p に落ち着く個所(練習番号134)を境目に前半と後半に分かれる形で出来ているのではないか。

上岡が描く後半部は、主人公の自然に対する畏怖と感謝、その結果生まれてくる「祈り」の音楽。上岡アルプスでは、圧倒的音量で描く前半と、祈りを表す後半とが完全にバランスされて聴こえてくるのです。
こういう感覚は初めてのことで、上岡敏之という才人の視点の斬新さ、特異さに改めて想いを致した演奏会でした。

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