日本フィル・第652回東京定期演奏会

日本フィルはシーズンを9月スタートに切り替えているため、7月はシーズン最後の定期となります。横浜と違って東京はコアなクラシック・ファン向けのプログラム。クラシック初心者には敷居が高いという印象を持たれるかもしれませんが、こういうものを聴いてこそ真の音楽ファン、ましてや日本人のあなたなら決して敬遠してはいけないコンサートでしょう。
『日本フィル・シリーズ再演企画』と銘打たれてはいるものの、該当作品は冒頭の柴田のみ。去年7月のオール日フィル・シリーズ再演とは若干趣が異なります。下野と広上の個性差も反映しているのでしょう。

柴田南雄/シンフォニア
武満徹/組曲「波の盆」
     ~休憩~
三枝成彰/レクイエム~曾野綾子のリブレットによる
 指揮/広上淳一
 ソプラノ/釜洞祐子
 テノール/吉田浩之
 合唱/東京音楽大学
 コンサートマスター/扇谷泰朋
 フォアシュピーラー/江口有香
 ソロ・チェロ/菊池知也

柴田作品は1960年、武満作品の基になっている日本テレビのドラマ放映が1983年、三枝作の初演は1998年と、時代を追って演奏されていきましたが、聴く耳の印象は逆に時代を遡っていく様な錯覚に捉われる不思議な演奏会でもありました。
聴いているうちに、一体自分はどの時代に属しているのだろう、という奇妙な感覚。

冒頭の日本フィル・シリーズ第5作、私は初演ではなく1967年10月の再演のときに実演を聴きました。それと前後して初演者によるレコード録音も聴きましたし、確かストコフスキーが日フィルに客演した際のテレビ放送でも何度か接した記憶があります。
従って、作品としては最も古いモノながら、個人的には最も馴染深く懐かしい思い出。もちろんスコアも初版を買いましたし、現在発売されている渡邉/日フィル全集の1枚でも繰り返し楽しんできました。

柴田南雄氏と言えば、音楽解説者としての顔も放送を通じてお世話になった方。氏の博識とソフトな語り口は忘れられるものではありません。
現在のBS放送が試験的にスタートした当時、NHKではN響の定期演奏会を全てライヴでオンエアしていました。毎回の休憩時には音楽評論家による解説が入るのですが、柴田氏はその一人で定期的に登場。広上淳一がN響定期に初登場した際の解説も、柴田氏の担当でした。
そのときは前半に和田・外山という日本人作品が並んだのですが、普段は演奏に関してはほとんど感想を述べない柴田氏が珍しく頬を高揚させ、“広上淳一という素晴らしい指揮者が登場しました。流石のNHKホールもひっくり返りましたねェ~”と激賞したことを昨日のことのように思い出します。

私も氏と同感。この若手(当時)指揮者の登場程、私が興奮したことはありませんでした。もちろん以後も、現在に至るまで音楽家に「一目惚れ」したのは広上が最初で最後と言っても良い程でしょう。
そんな柴田作品を広上淳一が指揮する。それだけで私には事件だし、何よりもこの日の演奏を柴田氏に聴いて貰いたかったと思います。柴田としては音列技法を採用した実験的名作。広上の構成力に富んだ再現により、これまで以上に音楽の成り立ちがクッキリと浮かび上がってくるのでした。

2曲目の武満。これはもう驚きです。
私は普段からほとんどテレビを見ないので、「波の盆」というドラマも見たことがありません。その後武満自身が抜粋・再編したというオーケストラ版組曲を聴くのも初めて。版権はショット社が所有していますが、未だスタディー・スコアは未出版です。

全体は「波の盆」「美沙のテーマ」「色褪せた手紙」「夜の影」「ミサと公作」「終曲」の6曲が続けて演奏される18分ほどの作品。2管を主体とし、弦も8-6-4-4-2という小振りな編成ですが、出てくる音楽は「これぞ武満」と言わんばかりのノスタルジックな武満メロディー。一度耳にしたら決して忘れられない世界です。
現在の世界で、広上/日フィルほど武満ワールドを見事に表現できる組み合わせは無いのではないか。そんな感想を持つほど、作品と演奏が不可分に一体となった名演と評して良いでしょう。

聴かれた方々の意見は二分されていました。
一つは“泣いてしまった”というもの。もう一つは“思わず泣きそうになった”というもので、私は前者でしたが、これを聴いて無表情でいられる人は、日本人としてのDNAが余程希薄な人と思わざるを得ませんね。

最後は、現役の高名作曲家による大作。
これも「良かった」という人と「うーん」という二つの意見。残念ながら私は後者ですが、演奏が見事だったことは間違いありません。特にア・カペラが度々登場する合唱団の済んだ美しさは特筆モノ。
最後は登壇した作曲家にも大きな拍手が贈られていました。

ということで、私は特に前半に大満足。武満作品については、別演奏によるCDを聴いている武満ファンが、今回の演奏の方が遥かに良かったと太鼓判を押していましたから、この演奏でこその名演だったことは間違いないでしょう。
そのファン、次は是非「夢千代日記」と「伊豆の踊子」と言っていましたから、いずれは実現するかも。
それにしてもショット・ジャパンの関係者さん、直ぐにでもスコアを発売すべきですよ。もし演奏会場に来られていたなら、私の助言などに関係なく出版の手続きに入るものと期待されます。待ってますよ。

猛暑続きの東京ですが、「波の盆」を聴くためにだけでも土曜日も聴こうかな。平井理事に“明日も来たいけど、暑いですからね”と言ったら、“暑さなんか何ですか。是非来てくださいよ”と切り返されましたワ。

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