日本フィル・第653回東京定期演奏会

とにかく圧倒された、というのが日フィルの9月東京定期でした。

≪生誕200年記念オール・ワーグナー・プログラム≫
ワーグナー/ジークフリート牧歌
ワーグナー/楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
     ~休憩~
ワーグナー/楽劇「ワルキューレ」第1幕
 指揮/ピエタリ・インキネン
 ソプラノ/エディス・ハーラー
 テノール/サイモン・オニール
 バス/マーティン・スネル
 コンサートマスター/扇谷泰朋
 フォアシュピーラー/江口有香
 ソロ・チェロ/菊池知也

企画が発表された時から注目していた公演であることに間違いはありませんが、実際にその刻限が来、目前でその演奏を聴いてみると、事前の予想をを遥かに上回る感動に襲われたというのが正直な感想です。
その感動は、3人の歌手が圧巻だったこと、インキネンのスコアの読みの深さはもちろんですが、何と言ってもワーグナーという天才的な音楽家の存在の大きさに圧倒された、ということに尽きましょう。

ところで日フィルには天邪鬼的な所があって、大作曲家のアニヴァーサリーを横目で見るような傾向も無きにしも非ず。以前モーツァルトのアニヴァーサリーがあった年も、全くと言って良いほどアマデウス作品を避け、記念の年が過ぎてからプログラムに載せるという前例もあります。
それもあって、今年の新シリーズ冒頭にワーグナーが挙がったことは少なからぬ驚きでした。

また同オケは、オペラに関しても最近は全曲演奏、あるいはハイライトにしてもそれほど頻繁に取り上げてはいません。
それでも過去を振り返れば、沼尻の「フィレンツェの悲劇」、ジェルメッティの「つばめ」、ゲルギエフの「サロメ」、タン・ドゥンの「マルコ・ポーロ」など思い出される公演もいくつかありますし、意外にも「コシ・ファン・トゥッテ」の全曲は日フィル(渡邉暁雄指揮)が日本初演を担ったものでした。
その意味でも日フィルのオペラ、今回は全曲でなくとも実現したということも、定期会員にとっては大きな喜び。この成功を機に、オペラのジャンルにも積極的に打って出て欲しいとも思います。

で、今回ですが、やはりワーグナーは歌手に人を得ないと作品の真価は味わえないということでしょう。声帯の太さが違う、体格が違う、これはもう日本人歌手には生まれながらにして叶わぬ資質なのかも知れません。弦楽器で言えば、弦も本体も出来が違うということですね。
もちろん適役の歌手を呼べる指揮者の実力も大切。9月定期に登場した3人は、共にインキネンが現在取り組んでいるリング全曲演奏に参加している歌手たち。何れもバイロイトで実績を重ねてきた、あるいは今後も重責を担う堂々たるワーグナー歌手でもあります。

その実力、前半でイゾルデを歌ったハーラーに打ちのめされます。オケを突き抜けて耳に届くワーグナー・ソプラノの圧倒的な声量と、ピュアな声質。彼女はイタリア人だそうですが、ドイツ語に関する不安は全く無し。プログラム誌の紹介を見るまではてっきりドイツ人かと思いました。
これほどの「愛の死」は、私の短い鑑賞歴をひっくり返しても探すのが困難なほど。容姿と言い貫録と言い、彼女のイゾルデの粋を聴けたのでもう死んでも良い、とさえ思いましたね。

後半のワルキューレも仰け反るばかり。今年のプロムスでも同役を歌ったオニールのはまり役ジークムント、今後のワーグナー界を背負って立つであろうスネルの深いバスの響き。二人の間に割って入ってなお存在感を強めるハーラー。オニールもスネルも共にニュージーランド生まれ。ドイツ語を母国語にする人たちではありません。
それにしても男声二人、横顔を見ていると、どちらもワーグナーその人ソックリに見えてくるから不思議じゃありませんか。3人とも演技力も抜群(全編、程よい芝居も含めて歌われます)
これを支えるオーケストラも大熱演で、ワーグナー・ワールドを現実のものとしてくれました。ここは、やはりインキネンの実力を認めざるを得ないでしょう。
マエストロ(彼は若いながら、このタイトルで呼ぶに相応しい指揮者)は日フィルを初めて指揮した頃から、マエストロサロンでもワーグナーに対する造詣の深さを披露していました。それは背伸びでも何でもなく、心底バイロイトの巨匠を研究し、敬愛していることが判る内容でしたっけ。いずれはバイロイト音楽祭をも引っ張る指揮者になっていくことでしょう。

今回のワルキューレ、たとえ第1幕だけだったとはいえ、あの時ナマで聴いた、と自慢できる語り草になることは間違いないと思います。二日目を迷っている方々、何を措いても聴くべし。聴かずば将来に禍根を残しますぞ。

今定期では最初にジークフリート牧歌も演奏されましたが、弦楽はワルキューレと同じ、驚きの16型。最初はエーッと思いましたが、聴いてみると違和感どころか、コジマに対するリヒャルトの愛の深さが実感できます。
新たに入団したホルン奏者・日春辰朗(にっぱし・たつお)の安定した演奏にも舌を巻きました。
それにしても、日フィルには何故次々とホルンの名手が入ってくるのだろうか。逆に言えば、プレイヤーの才能を見出し、更なる高みに育てていくオケでもあるということ。それは、指揮者についても同じでしょう。名前を挙げるまでもありますまい。

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