次元の違う名牝・トレーヴ

期待と落胆から一夜明け、当ブログも凱旋門賞の結果を記録しておきましょう。実際のレースは既にほとんどのファンが見ての通り。ここではレース順に取り上げていくことにします。

一日8レース、最終レースを除いては7レース全てがGⅠ戦という10月第1週の日曜日のロンシャン競馬場。馬場は前日と同じ soft と力のいるコースで行われました。
第1レースはスプリント王者決定戦のアベイ・ド・ロンシャン賞 Prix de l’Abbaye de Longchamp (GⅠ、2歳上、1000メートル)。例年のように出走馬は多く、20頭立て。今年は2歳馬の参戦はありませんでした。
混戦の中から1番人気(4対1)に支持されたのは、前走アイルランドのフライング・ファイヴ(GⅢ)を含めて3連勝中の3歳馬ダッチ・マスターピース Dutch Masterpiece 。これを追う2番人気(13対2)はナンソープ・ステークス(GⅠ)勝馬ジワーラ Jwala と、キングズ・スタンド・ステークス(GⅠ)覇者でナンソープは3着だったソール・パワー Sole Power が分け合います。

レースはハムザ Hamza 、スピリット・クォーツ Spirit Quarts 、ジワーラとハナっ速い馬たちが先行を争い、ジワーラの逃げで落ち着きます。最後の300メートル、6番人気(12対1)のキャットコール Catcall が抜けてハナに立ちましたが、一瞬気が緩んだところに5番人気(102対10)のマーレク Maarek が急襲、残り100メートルでキャットコールを短首差捉えての優勝です。1馬身半差でハムザが3着、逃げたジワーラは4着。本命ダッチ・マスターピースは17着と大敗し、ソウル・パワーも6着に終わりました。
バーナード・レイラー厩舎、デクラン・マクダナー騎乗のマーレクは、重馬場を滅法得意とする6歳馬。馬場が硬い夏場は奮いませんでしたが、前走ニューバリーのワールド・トロフィー(GⅢ)を快勝。狙い通り馬場の重くなるロンシャンで大漁を射止め、去年も勝っているアスコットのブリティッシュ・チャンピオン・スプリント・ステークス(GⅡ)に向かうことになります。典型的な秋馬でしょう。マクダナー騎手は、本拠地アイルランド外でGⅠに勝つのは今回が初めてでした。

第2レースはマルセル・ブーサック賞 Prix Marcel Boussac (GⅠ、2歳牝、1600メートル)。かつてクリテリウム・ド・プーリッシュと呼ばれていた2歳牝馬チャンピオン決定戦ですね。1頭取り消しがあり12頭立て。前走オマール賞(GⅢ)に勝って2戦2勝のレストーク・イン・パリ Lesstalk in Paris が5対2の1番人気。

そのレストーク・イン・パリがハイペースでの逃げ、後続は彼女を追うのに精一杯に見えましたが、最後で漸く9番人気(37対1)の伏兵インドネシアン Indonesienne の末脚が爆発。本命馬を4分の3馬身差し切っての逆転優勝でした。1馬身4分の3差で英国(チャールス・ヒルズ厩舎)のクィーン・カトリーヌ Queen Catrine が3着。カルヴァドス賞(GⅢ)勝馬で2番人気(33対10)のサンディーヴァ Sandiva は7着、アガ・カーン所有馬で新馬勝ちしたばかりの3番人気(48対10)ヴェーダ Veda も10着と惨敗に終わっています。
勝馬を管理するクリストフ・フェランド師は、前日のロワイアリュー賞で1着降着となる不運を味わった直後だけに喜びも一入。こちらはフラヴィアン・プラットが騎乗していました。
インドネシアンは、ボルドーで新馬勝ちし、前走シャンティーの条件戦ではミス・フランス Miss France の2着。G戦初挑戦でいきなりGⅠのタイトルを獲得したことになります。師によると当日は馬に元気が無く、あるいはフケかと心配したそうですが、それでもこの快走。陣営は何より1マイルの距離で勝ったことを強調していました。今期はこれで終戦、来年は仏1000ギニーを目指すと宣言がありましたが、ブックメーカー各社は英1000ギニーにも6対1から10対1のオッズを出しています。彼女に勝ったミス・フランスは、次走ニューマーケットでスイート・ソレラ・ステークス(GⅢ)に勝っており、こちらもギニーに6対1のオッズが出されました。

GⅠ7連発の第3弾は、かつてグラン・クリテリウムで親しまれてきたジャン=リュック・ラガルデール賞 Prix Jean-Luc Lagardere (GⅠ、2歳牡牝、1400メートル)。グラン・クリテリウム時代より距離が200メートル短縮されていますが、それはこのあとに続くGⅠ戦が1600メートル→2000メートルと伸びていくことへの配慮でしょう。
今年は参加馬が少なく、8頭立て。前走ラ・ロシェット賞(GⅢ)に勝ったカラコンティー Karakontie が17対10の1番人気。スペインからやって来た無敗馬ヌーゾー・カナリアス Noozhoh Canarias という新星が2番人気(19対5)で続きます。

そのヌーゾー・カナリアス、スペインでは4ハロンと6ハロンで3勝の経験しかなく、スタートから引っ掛かっての逃げ。このままでは早晩バテると思われた内容でしたが、意外な粘りを発揮し、本命カラコンティーが並び掛けても中々抜かせず、結局はカラコナイトがヌーゾー・カナリアスを4分の3馬身捉えて期待に応えました。本命馬が勝ったのは、この日カラコンティーが初めて。1馬身4分の1差で3番人気(6対1)のチャーム・スピリット Charm Spirit が3着。
英国人ながらフランスを本拠にしているジョナサン・ピアース厩舎、ステファン・パスキエ騎乗のカラコンティーは、既に当日記でも紹介しているように日本産馬。どこが「日本産」なのかはロシェット賞のレポート(9月9日の日記)を参照して頂くことにして、これで4戦3勝2着1回の成績。今のところ7ハロンまでの経験しかありませんが、来年のクラシックに向かうには、より長い距離での適性を試す場面が不可欠となってくるでしょう。

続いて第4レースのオペラ賞 Prix l’Opera (GⅠ、3歳上牝、2000メートル)。9頭が出走し、1番人気(6対4)に支持されたのはゴドルフィンの所有馬で、アンドレ・ファーブル師が送り出すタサデイ Tasaday 。3歳馬ながら、仏オークス4着のあとドーヴィルでG戦に2勝(プシケ賞GⅢ、ノネット賞GⅡ)。オークス馬トレーヴに雪辱すべく挑戦したヴェルメイユ賞では3着と叶わなかった存在です。

レースは2番人気(4対1)でやはり3歳馬シラソル Silasol の逃げ。これを追って本命タサデイと、4番人気(63対10)で古馬のダルカラ Dalkala の叩き合い。ゴールは2頭がハナ面を揃えてゴールインし、首差で英国のシスル・バード Thistle Bird が3番手。長い写真判定の結果、ダルカラがハナ差でタサデイを抑えていました。
アラン・ド・ロワイヤー=デュプレ厩舎、クリストフ・スミオン騎乗のダルカラは、去年の仏オークス5着の4歳馬。G戦はクレオパトラ賞(GⅢ)、去年のロワイヤリュー賞(GⅡ)、ヨークのミドルトン・ステークス(GⅡ)と徐々に格を挙げ、4戦目で念願のGⅠ初制覇。アガ・カーンの名門ファミリーでもあり、これで引退することが決まっています。

そして愈々大一番の凱旋門賞(GⅠ、3歳上牡牝、2400メートル)。これについては私がくどくど解説する必要もありますまい。日本でもナマ中継(私は観ませんでしたが)され、競馬評論家諸氏が詳しく解説されたことと思います。
改めて事実だけを纏めておくと、13対10の1番人気に推されたのは、日本の期待を集めた去年の2着馬オルフェーヴル(Orfevre)、48対10の2番人気に地元フランス、無敗の強豪牝馬トレーヴ Treve 。ノーヴェリスト Novellist の回避により、日本ダービー馬キズナ(Kizuna)が、仏ダービー馬インテロ Intello (10対1、4番人気)、英ダービー馬ルーラー・オブ・ザ・ワールド Ruler of the World (12対1、5番人気)を押さえて3番人気を集めたことが、日本競馬のレヴェルの高さが認められていることの証でもあったでしょう。

そして結果はご存知のようにトレーヴの圧勝。5馬身差というこのメンバーでは信じられないような大差が付いて2着オルフェーヴル、首差でインテロ3着、更に2馬身で4着キズナの順。
以下先行したペングレ・パヴィリオン Penglai Pavilion という伏兵が5着に入り(毎年このような意外性が生じます)、ルーラー・オブ・ザ・ワールドは7着、同じオブライエン厩舎のセントレジャー馬リーディング・ライト Leading Light 12着。一時は本命視されていた英国のアル・カジーム Al Kazeem も大外が祟って6着、ファーブル師が期待したフリントシャー Flintshire 8着などが主な結果でした。

トレーヴはゆったりしたスタートから、後方4頭の中。最後のコーナーで外からファンの目を奪う様な脚で好位に上がると、桁違いの瞬発力でほぼ馬なりの圧勝。電子新聞では「瞬きする間に2馬身」と表現していましたが(シー・バード Sea-Bird は瞬きする間に6馬身とレースホースが表現しています)、この馬だけ次元の違う実力馬だったというに尽きるでしょう。
オルフェーヴルのスミオン騎手は、“横をトレーヴが抜けて行ったので諦めた。あとは2着を死守することに集中しただけ”と完全に脱帽。トレーヴの歴史に残る豪脚に、敗れた陣営はただ諦めるしかなかったようです。去年に続き悲願を絶たれたオルフェーヴルにとって、不運だったのはトレーヴと同じレースに走ったということでしょうか。
(凱旋門賞を彼女を上回る6馬身差で勝ったのは、リボー Ribot 、シー・バード、サーキー Sakhee の3頭だけ)

勝馬を管理するのは姐御クリティック・ヘッド=マーレク夫人。父アレック、兄フレディと共にフランスを代表する競馬ファミリーの一人です。今回は予定していたデットーリが落馬負傷したため、仏オークスまでコンビを組んで来たティエリー・ジャルネの騎乗。ヘッド夫人は不運なデットーリにもエールを送り、“ヴェルメイユではムチを使わず、馬に負担を掛けない騎乗があっての今回の圧勝”と讃えました。
オーナーは競馬に参入して未だ3年目と言うジョアーン・ビン・ハマド・アル・タニ氏。カタール王室の一人で、デットーリを主戦騎手に任命したばかりです。トレーヴには早くも、来年の凱旋門賞連覇に2対1から4対1のオッズが出されたことも、彼女の衝撃を物語るものではないでしょうか。

日本からも多くのファンが駆け付けたロンシャン競馬場。一様に表情は落胆の色を浮かべていましたが、歴史に残る名牝の走りを目前で見られたことに感謝すべきでしょう。この馬の2着・4着なら、世界に誇れる成績だと申し上げたい。

興奮冷めやらぬ中、6つ目のGⅠはフォレ賞 Prix de la Foret (GⅠ、3歳上、1400メートル)。11頭が出走してきましたが、注目はトレーヴに劣らぬ名牝ムーンライト・クラウド Moonlight Cloud 。今期3戦無敗、短距離から1マイルまでは無敵の5歳馬で、人気も4対5と断トツ。

その圧倒的人気に応えたムーンライト・クラウド、凱旋門賞を制したクリティック夫人の弟フレディ・ヘッド調教師も唖然とするような瞬発力。最後方からの一気の差し足は、ヘッド師も“仕掛けが遅すぎるゾ”とハラハラさせたほど。凱旋門に続くティエリー・ジャルネの豪胆な騎乗にスタンドもどよめきました(はず)。2レース続けて歴史に残る豪脚を観戦できたファンは幸せです。
3馬身差でヘイドック・スプリント・カップ(GⅠ)勝馬で2番人気(19対5)のゴードン・ロード・バイロン Gordon Lord Byron が入り、短首差でガースウッド Garswood 3着。
6つ目のGⅠ制覇を達成したムーンライト・クラウド、このあとBCや香港の可能性も残されていますが、今シーズンを最後に引退するのは確実。ヨーロッパのターフに鮮烈な別れを告げました。

最後のGⅠは、長距離のカドラン賞 Prix du Cadran (GⅠ、4歳上、4000メートル)。10頭のステイヤーが揃い、33対10の1番人気は、去年のロワイアル・オーク賞(GⅠ、仏セントレジャー)勝馬で前走グラディアトゥール賞(GⅢ)2着のレ・ボーフ Les Beauf 。

そのレ・ボーフが逃げ切りを図ってハナに立ちましたが、最後はバテて後退、替って7番人気(106対10)の伏兵アルターノ Altano が制する所となりました。2馬身半差で5番人気(11対2)のタック・ド・ボアストロン Tac de Boistron 2着、6馬身の大差が付いて6番人気(6対1)タイムズ・アップ Times Up が3着と波乱。本命レ・ボーフは8着大敗です。
アルターノは、凱旋門賞を直前で取り消さざるを得なかったノーヴェリストと同じアンドレアス・ヴォーラー師の管理馬。凱旋門の無念を僅かながら晴らした形です。鞍上はエディー・ペドローザ、ノーヴェリストにはムルタが騎乗することになっていましたから、こちらも細やかなリヴェンジです。
去年のドイツ・セントレジャーに勝ったアルターノ、今年はアスコット・ゴールド・カップ(5着)、グッドウッド・カップ(3着)と海外遠征するも馬場が硬過ぎて力を発揮できず、前走の連覇を狙った独セントレジャーでも5着と奮いませんでした。陣営は来年もロンシャンに挑み、カドラン連覇を目指す旨を宣言しています。

以上が週末のロンシャンでしたが、日曜日はアイルランドのティッペラリー競馬場でもG戦が一鞍組まれていました。この時期は障害レースとの混合開催で、障害のG戦も組まれています。馬場は yielding 、3頭取り消しての10頭立て。愛1000ギニー4着、コロネーション・ステークス7着で、フェイマス・ネイム Famous Name の妹に当たるビッグ・ブレイク Big Break が4対5の1番人気。

しかし本命が勝てない傾向はアイルランドにも波及したようで、ビッグ・ブレイクは逃げるモースト・インプルーヴド Most Improved (オブライエン父子の6対1、3番人気)を交わして一旦先頭に立ったものの、外から追い込む2番人気(11対2)スルサン Sruthan に4分の3馬身交わされて2着。2馬身4分の3差でフォート・ノックス Fort Knox が3着に入りました。今年の凱旋門賞には騎乗馬の無いジョセフ・オブライエン騎乗のモースト・インプルーヴドは10着最下位。
ポール・ディーガン厩舎、クリス・ヘイズ騎乗のスルサンは、デビューからリステッドのテトラーク・ステークスをふくめ2連勝したあと、アイルランドのGⅢで5着と6着。前走ニューマーケットのソロナウェー・ステークス(GⅢ)でも4着だった3歳馬です。

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