読売日響・第532回定期演奏会

今年最後の読響定期をサントリーホールで聴いてきました。個人的にも残すは日フィル@横浜の第9を残すのみ。何となく慌ただしさを覚える季節になってきました。
今月のプログラムは中々に渋いもの。通好みの選曲でしょう。隠れタイトルは、もちろん「ハンガリー万歳」。

リゲティ/ロンターノ
バルトーク/ピアノ協奏曲第3番
     ~休憩~
バルトーク/6つのルーマニア民族舞曲
バルトーク/組曲「中国の不思議な役人」
 指揮/シルヴァン・カンブルラン
 ピアノ/金子三勇士
 コンサートマスター/小森谷巧
 フォアシュピーラー/鈴木理恵子

この日は日本テレビによる収録があるということで、会場の其処彼処にカメラが鎮座。更にソリストを捉えるための専用カメラの設置が大事で、曲間のインターヴァルも普段以上に時間が掛かっていました。
それでもこのコンサート、後で紹介しますが、読響定期には珍しいアンコールがあっても終演は9時。単純に演奏時間を加算すると丁度60分、一晩のコンサートとしては短めな内容です。腹八分どころか、腹七分位の聴後感でした。

冒頭のリゲティ、確かにハンガリー生まれではありますが、例のハンガリー動乱に際してオーストリアに亡命した作曲家で、ロンターノを書いた1967年当時は無国籍人と言われていましたっけ。
メロディーは無く、音色だけで書かれた作品。彼の出世作の一つで、アトモスフェール、アヴァンチュール、ヴォルミーナ等々、この手の音楽を、私も若い頃には海外の放送局のテープを食い入るように聴いたものです。その意味では懐かしい一品。
ロンターノを日本初めて紹介したのは確か岩城宏之氏で、N響の定期で聴いた記憶があります。あれが日本初演じゃなかったでしょうか。その時のメインもバルトークだったはず。

4管編成の大きなオーケストラながら、打楽器が一切使われないのが特徴。つまり、アタックが極力避けられています。極めて低い音が登場するのも聴き所で、少なくともコントラバス3本は5弦楽器を使うよう指示。チューバにも低い「D♭」が要求されるため、通常のチューバに他にコントラバス・チューバが必要です。読響チューバ奏者の次田氏も、指定通りコントラバス・チューバと持ち替えで演奏。気が付きましたか?
メロディーが無い、とは言いながら、練習記号Xからはクラリネット・ファゴット・低弦による下降旋律らしきものが、直ぐに続いてYからはフルート・トランペット・高弦による上向旋律らしきものが僅かに登場するのもポイントでしょう。
この辺りは聴き所、見所でもあるので、プログラムにも紹介があって当然でしょうが、残念ながら最近の読響プログラム誌の曲目解説は表面的な記述に留まっているような気がします。リゲティのように「とっつきにくい」音楽には、理解を深めるための啓蒙が欠かせないと思慮しますがどうでしょうか。

もう少しリゲティに拘れば、ロンターノは全部で165小節(最後の1小節は全休符なので、実質音が鳴るのは164小節)。現代音楽に付きものの変拍子は一切無く、最初から最後まで4分の4拍子が貫かれます。テンポはほぼ一貫して4分音符=64。スコアに記された演奏時間は11分とあります。
私は事前に3種類の音源で確かめましたが、こんな具合でした。煩わしいかも知れませんが、紹介しておきましょう。
ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送フィル 9分24秒
ジョナサン・ノット指揮ベルリン・フィル 11分37秒
ハンヌ・リントゥ指揮フィンランド放送響 15分47秒

9分から15分までと、極めてバラつきがあるのが判りましょう?
スコアの指示に忠実に従えば、164×4÷64=10.25分。この間にフェルマータが1箇所、アッチェレランドが8小節ほどあるので若干の秒数を加算減算し、最後の(音の鳴る)1小節には10秒から20秒との指示があるので、これを加えて11分位がリゲティが意図した長さと思われます。
で、カンブルランはどうだったか。私はストップウォッチ片手に聴いていたわけではありませんが、私の時間感覚からすると、かなり遅いテンポを採用していたように聴きました。上記3種のどれよりも遅かったような気がします。
面白いことに165小節目の全休符にも10秒から20秒の指示があり、カンブルランは前の小節共々12秒ほどで演奏したようでした。個人的な感想ではもう少し速目のテンポが好みですが、若き(と言っても40代)リゲティを懐かしく回顧した次第。来年2月定期に取り上げられるリゲティの別な面と併せて聴けるのが楽しみです。

2曲目からはお馴染みのバルトーク。最初の第3ピアノ協奏曲は最晩年の作品で、自身では完成出来ず、死後にシェルイが補筆完成したもの。やはり第2楽章の祈り、夜の音楽が聴きものでしょう。ドラの2打が象徴的。
ソロを弾いた金子は、私にとっては二度目の体験。前回は確か東フィルとのショパンでした。プロフィールはその時の感想で紹介しました。
母がハンガリー人ということで、恐らくバルトークは同じDNAを感じるのでしょう。大いなる共感を以て弾いていることが聴き取れる演奏。最後のロンド楽章では、作品に対する誇りも感じられました。

後半もバルトーク。どちらもピアノ協奏曲からは遡ったハンガリー時代の作品。そう、バルトークもリゲティ同様に亡命を余儀なくされた人で、ここにハンガリーの悲哀を見ずにはおられません。

ルーマニア民族舞曲(舞曲集と表記すべきか)は、ピアノ曲を自身でアレンジしたもの。とは言ってもバルトークの場合も資料には混乱があるようで、この舞曲集もいくつかのバージョンがあります。
今回の演奏は、恐らく息子ピーターとネルソン・デラマッジョーレが校訂した1991年の新版でしょう。「6つの」と言っても実際は7曲で、夫々1分ほどの短い舞曲が並びます。全体でも6分、特に一気に通して弾かれる最後の3曲は、カンブルランも弦の面々もノリノリでの快演でした。どうだ、と言わんばかり。

最後はマンダリンの組曲版。これも昔から表題の和訳が問題になってきた作品で、マンダリンを「中国の役人」と訳す表記が一般的なようです。今回のプログラムもこれを踏襲していましたが、どうもこの表題では作品のイメージにピタリと来ません。個人的には「不思議なマンダリン」で良いのでは・・・。でもマンダリンって何?
これを宦官と訳す批評家もいますが、だとすると原作バレエとの整合性に若干問題が、というような説もあり、私などが干渉する問題ではなさそうです。
そういうこともあってか、今回の曲目解説でも肝心な部分には触れていませんでした。書き難いと言えばそれまでですが、要するに男と女、ずばりセックスの音楽でしょう。演奏終了後、マエストロはクラリネットとトロンボーンを指名して立たせていましたが、夫々が女と男を象徴しているのだと思います。ここを理解しないと、この作品を本当に聴いたとは言えないのじゃないでしょうか。

クラリネットとトロンボーンが今一のオケでは満足感は得られませんが、その意味では読響は申し分なし。組曲版特有の最後の追い込みも迫力満点、オケの醍醐味を味わいました。
今回の演奏では、オルガンはカット。全曲版では最後にオルガンも大活躍しますが、組曲版では極く僅かの音符をペダルが下支えするだけ、カンブルランの様にカットするのが現実的な処理なのでしょう。

以上4曲、ステージの配置換えにも相当な時間が掛かりながら、プログラム全部を終えたのが9時前。これでは物足りないと思ったのか、何とアンコールにベルリオーズのラコッツィ・マーチが演奏されました。いや、この夜ばかりはハンガリー行進曲と言うべきでしょうか。
思わぬクリスマス・プレゼントに客席は大喜びでしたが、どうせならもう一丁、ヨハン・シュトラウスの「ハンガリー万歳」もアンコールすれば良かったのに。なぁ~んちゃってネ。

ロンターノを思い切り遅く演奏し、アンコールまでサービス。それなら「中国の不思議な役人」を全曲版で取り上げてくれればよかったのに、あとオルガンと、少人数の合唱があれば出来るんですから。何て、帰りの車の中で考えたメリーウイロウです。

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