2014クラシック馬のプロフィール(2)

前回に続いて今年のクラシック馬、ニューマーケットの1000ギニーを制したミス・フランス Miss France を取り上げます。その前に・・・。

ミス・フランスと言えば、古くからの競馬ファンには懐かしい名前かと思われます。1970年代に日本で活躍した種牡馬フィダルゴ Fidalgo の母が「ミス・フランス」でしたね。
当時はインターネットはおろかコンピューターも一般的ではなく、競馬のデーターも全て手書きの世界でした。資料を漁るのも紙ベース、存在しないものは自分で創ったものでした。その頃は重賞勝馬の5代血統表を自分で作成しましたが、「Miss France」というスペルも何回書いたか知れません。
今思えば気が遠くなるような作業ですが、お蔭で色々な馬の名前を覚えたものです。こういうデスクワークが必要ではないか、と考えるのはオールド・ファンの悪い癖なんでしょう。

今年の1000ギニーを制したのは、これとは別のミス・フランス。血統上のルールで言えばミス・フランス何世ということになります。さて今回のテーマであるミス・フランスは、父ダンジリ Dansili 、母ミス・タヒチ Miss Tahiti 、母の父チロル Titol という血統。ダンジリについては省略し、いきなり牝系から入ることにしました。

ミス・タヒチ(1993年 黒鹿毛)は、ミス・フランスの調教師でもあるアンドレ・ファーブル師が管理した馬で、ファーブル師は今年の1000ギニー馬については隅から隅まで熟知していると思われます。
この母は主にフランスで8戦。勝鞍こそ2勝ですが、2歳から3歳にかけて常にGⅠ級のトップクラスで戦ってきた強豪でした。デビューはドーヴィルの新馬戦、1マイルのレースを快勝すると、2戦目に同じドーヴィルのオマール賞(GⅢ)に挑戦して2着。2歳の締めくくりとして秋のロンシャンでマルセル・ブーサック賞(GⅠ)を制し、その年の最強2歳牝馬にクン里奈しました。

年が明けて3歳初戦は、ギニーというよりオークスのトライアルとしてグロット賞(GⅢ)を選び3着、続いて名実共に仏オークスのトライアルであるサン・タラリ賞(GⅠ)に挑戦するもルナ・ウェルズ Luna Wells の2着。続く本番仏オークスもシル・シラ Sil Sila の2着と惜しい所でクラシックの栄冠を逃しました。
秋は春の雪辱を目指してヴェルメイユ賞(GⅠ)に臨みましたが、ここでもマイ・エンマ My Emma の3着(入線は4着でしたが、2着で入線した馬が進路妨害により5着降着)と涙を呑み、自身の終戦ともなったニューマーケットのサン・チャリオット・ステークス(現在はGⅠ、当時はGⅡ)に遠征して7着と初めて掲示板を外しました。最終的には8戦2勝2着3回3着2回となり、GⅠには4回走って何れも好走したことになります。

繁殖に上がったミス・タヒチの産駒、ここまでの10頭を長くなりますが列記しておくと、
1998年 マクシマム・セキュリティー Maximum Security 鹿毛 牡 父サドラーズ・ウェルズ Sadler’s Wells 8戦3勝(12~13ハロン) ドーヴィル大賞典4着
1999年 メール・ド・コライユ Mer de Corail 鹿毛 牝 父サドラーズ・ウェルズ 16戦2勝 ドーヴィルとロンシャンのリステッド戦、共に10ハロン。
2000年 ミス・ハワイ Miss Hawai 牝 父パントル・セレーブル Peintre Celebre 未出走?
2001年 マレヴィッチ Malevitch 牡 父エクジット・トゥー・ノーホエア Exit to Nowhere 10戦2勝(ロンシャンの9ハロンとサン=クルーの10ハロン) オカール賞4着
2002年 マオリ・キング Maori King 牡 父スペクトラム Spectrum 1戦未勝利 その1戦はロンシャンの11ハロン
2003年 ミス・ロシア Miss Russia 鹿毛 牝 父サドラーズ・ウェルズ 未出走?
2005年 ミッション・セクレート Mission Secrete 黒鹿毛 牝 父ガリレオ Galileo 9戦1勝 詳細不明
2008年 メムリング Memling 牡 父ガリレオ 9戦未勝利
2009年 マタイア Mataia 牡 父デインヒル・ダンサー Danehill Dancer 未出走?
2011年 ミス・フランス

以上勝馬は少なくとも5頭、ミス・フランスの他に特に目立った存在は出ていませんが、配合された種牡馬の関係もあっていずれも長距離を守備範囲とする馬たちであることが判ります。ミス・フランスが1マイルのクラシックに出走したことが不思議なほどじゃないでしょうか。

2代母ミニ・ルーテ Mini Luthe (1982年 鹿毛 父リュティエ Luthier)は、特に3歳時には16戦もこなした馬で、3000メートルのハンデ戦に1勝したステイヤーでした。
その産駒もスタミナを武器にする馬が大半で、能力を発揮するには少なくとも2000メートル以上を必要とし、障害レースでも活躍した馬も出ています。

ミニ・ルーテには知られている限りでは3頭の娘があり、ミス・タヒチの半姉ミステリー・チューン Mystery Tune (鹿毛 父コマンチ・ラン Commanche Run 6戦1勝)が、アメリカのビヴァリー・D・ステークス(芝GⅠ)に勝った牝馬イングランズ・レジェンド England’s Legend (1997年 鹿毛 父ルア Lure)を出しました。

ここからは駆け足になりますが、3代母ミニファー Minifer (1975年 黒鹿毛 父ジム・フレンチ Jim French)も、4代母ヴァルマレーナ Valmarena (1969年 鹿毛 父カシュミール Kashmir)も共に勝馬で、特にヴァルマレーナはリステッド戦に勝ち、マユレ賞(GⅢ)で3着した実績もあります。

この牝系を更に遡ると、6代母ヴィエイユ・カナイユ Vieille Canaille (1930年)からはパリ大賞典(当時は3100メートル)のヴュー・マノワール Vieux Manoir 、仏オークスのエルミエール Hermieres 、仏ダービーのクリスタル・パレス Crystal Palace が出現し、長距離クラシックのファミリーとして知られてきました。
7代母フィセール Ficelle は、仏1000ギニー馬リーニュ・ド・フォン Ligne de Fond の母でもあり、1マイルのクラシックに勝った記録も残されています。

ファーブル師がミス・フランスで1000ギニーを勝った直後に、同馬は距離が伸びても不安は無く、仏オークスを目指すと公言したのも、このスタミナ牝系の裏付けがあってのことでしょう。仏オークスから秋のヴェルメイユ賞、その結果によっては凱旋門賞でトレーヴ Treve に挑戦する馬に育つ可能性も十分あると言える血統でしょう。
ファミリー・ナンバーは10-e。ブルーミング・ヘザー Blooming Heather を基礎牝馬とする牝系です。

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