日本フィル・第300回横浜定期演奏会

2014年9月、日本フィルは目出度く横浜定期第300回を迎えました。先ずは関係者の皆様にお祝い申し上げましょう。おめでとうございます!!
ここ数年ですが横浜も会員になったメリーウイロウも、漸く改装を終えた桜木町駅に降り立ちました。工事の雑多な雰囲気は一掃され、北と南の両方向から出入りが可能となった新駅には目新しい店舗もお目見え、また一つ横浜に名所が出来た印象です。

さて記念すべき300回は以下のプログラム、取り立てて大曲の一本勝負では無い所に、これが400回、500回と続いて行くことを予見させます。

ロッシーニ/歌劇「セヴィリアの理髪師」序曲
モーツァルト/ピアノ協奏曲第26番ニ長調K537「戴冠式」
     ~休憩~
プッチーニ/歌劇「マノン・レスコー」第3幕への間奏曲
レスピーギ/交響詩「ローマの松」
 指揮/三ツ橋敬子
 ピアノ/菊池洋子
 コンサートマスター/千葉清加
 フォアシュピーラー/齊藤政和
 ソロ・チェロ/菊地知也

記念の回、「横浜定期演奏会300回の軌跡」という特別仕立てのプログラムが入手できるとあってか、これを目当てに来場されたファンや評論家諸氏の姿もチラホラ、いつも以上に華やいだムードに包まれていました。
意識したわけではないでしょうが、今回は指揮者・ソリスト・コンサートマスターの3部門を女性が占め、最近話題の「女性が輝く社会」を謳う時の政権にとっても心和む演奏会でもありました。
其の3人、単なる話題だけじゃないことは当然で、夫々の分野でもトップクラスの専門家たち。“今日は良かったねェ~”という感想があちこちから聞こえてきたものです。

三ツ橋は、私が最も期待しているホープの一人。コバケン門下の活躍が目立つ昨今ですが、正直な所で私が一押しの指揮者。今回は横浜定期二度目の登場ですが、良い意味の緊張感を残しつつ、前回より遥かに硬さのとれたスケール感を実感することが出来ました。
ヴェネツィア在住ということで、今回はイタリア・プログラム、それにモーツァルトの名品を加えたプログラムは、彼女の「今」を知るには絶好の選曲と言えるでしょう。
協奏曲以外は全て暗譜、単に記憶しているだけでなく、丹念にスコアを読み込んでいることが聴き手にもシッカリ伝わってくる優れた演奏だったと断言しておきます。

冒頭のセヴィリアは、師匠がハンガリーのコンクールで金星を射止めた曲。三ツ橋にとっても何か因縁があるのでしょうか。キリリとした端正なクレッシェンドが演奏会に期待を持たせます。

続くモーツァルト、演奏会前のプレトークで奥田佳道氏が指摘していたように、最近では人気に陰り気味のあるコンチェルト。私がクラシック音楽を聴き始めた頃は、モーツァルトの最も有名で良く演奏されるピアノ協奏曲でしたが、最近は他の作品の名声に押されがちですね。意外にも聴く機会の少なくなってきた「名曲」です。
確かに聴いてみると、20番から25番までの傑作群に比べて楽想はやや単調だし、ソロのテクニックも特に際立った点は感じられません。それだけに、演奏家にとっては腕の見せ所かも知れません。

モーツァルト奏者として知られる菊地は、その意味で真に挑戦的。第1楽章(カデンツァを除いて)こそ淡々と演奏したものの、続く楽章では同じフレーズを同じようには弾かず、装飾音を鏤めながら遊び心に富んだピアニズムを展開してくれました。
三ツ橋のサポートも実にフレージング豊かで、特に木管のアーティキュレーションに拘りを感じさせます。「協奏曲を振れる」指揮者。
菊地が披露してくれたカデンツァは誰の作品でしょうか。モーツァルトの自作は残っていないため、ピアニスト自身が創ったものを弾くケースが多い「戴冠式」ですが、今回の物は初めて聴いたような気がします。現代的なセンスがほんのり感じられ、「フィガロ」の一節を加える辺りは時代的な考証にも欠かない秀逸なカデンツァ。これを選んだこと自体、菊地のモーツァルティアンとしての面目躍如でしょう。

コンマスを含めた3人の美女が何か打ち合わせ。アンコールを弾いても良いかという確認だったのでしょうが、モーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」をアンコール、リストがピアノ・ソロ用にアレンジした一品です。

後半は、10型の弦楽だった前半に比べて編成も遥かに大きく、先ずはプッチーニでフル編成のパワーを曳き出します。
それ以上にホールが鳴ったのが、最後のレスピーギ。単なる音のスペクタクルに堕とさないのが三ツ橋の優れたセンスで、丁寧に譜面を読み込み、自身の音楽としてオケを引っ張って行く所に大きな将来性を感じさせます。
相変わらず絶妙な伊藤クラリネット、影吹きとバンダを受け持ったオットーの明るいトランペット、藤原トロンボーンの味わい深いソロと、日本フィルを背負う看板奏者の腕が光りました。

アンコールは滅多に聴けない一品。私も恐らくナマでは初めて接するレスピーギのボッティチェルリの三枚の絵から、第3曲の「ヴィーナスの誕生」。一部専門家を除いてほぼ全ての人が初めて聴いたはずで、最後のフェルマータのあとに拍手が入ったのはご愛嬌。アンコール作品の選び方からも、才女の趣味の良さが感じられます。
3人のヴィーナス誕生を思わせる300回記念コンサートでした。今回のプログラム誌は永久保存の価値がありますから、みなさん廃棄しないように!

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