今日の1枚(200)

本題に入る前に、昨日のNML新着アイテムにEMIのアイコン Icon (肖像)シリーズが大量に含まれていました。その中に前回紹介したトスカニーニのBBC響録音がCD6枚分も入っており、1930年代のロンドンの熱狂がタップリ味わえます。
もちろんライヴ録音がほとんど、音質的には限界がありますが、貴重な音源を聴き放題で楽しめるNMLには改めて感謝しましょう。とてもそれらを「今日の1枚」で取り上げるわけにはいきませんが、興味ある方は会員登録して楽しんでください。

ということで、「20世紀の偉大な指揮者たち」シリーズの3人目はアルバート・コーツ。何故EMIがコーツを選んだのか判りませんが、ほとんどの人は知らない指揮者でしょう。オックスフォードの音楽辞典から孫引きすると、1882年セント・ペテルスブルクに生まれ、1953年にケープ・タウンで没した英国の指揮者兼作曲家。
ロシアで生まれたものの両親は共に英国人。アングロ=ロシア系とする資料もあるそうですが、それは間違いの由。ライプチヒ、エルバーフェルト、ドレスデンの歌劇場で指揮、ロンドン・デビューは1910年にロンドン交響楽団を振ってのこと。1911年から1918年までセント・ペテルスブルクの歌劇場で指揮し、その間にスクリャービンと友好を築いたそうです。
1919年に英国に戻り、ビーチャムと並んで主にオペラで活躍、アメリカにも活動を広げ、1946年には南アフリカに定住し、その地で亡くなりました。作曲家としては歌劇「Samuel Pepys」、歌劇「Pickwick」が代表作。指揮者としてはロシア音楽とワーグナーに定評がありましたが、ヴォーン=ウィリアムスのロンドン交響曲、バックスの第1交響曲、ホルストの合唱交響曲の初演も指揮しています。

以上は、私も今回の配信を聴いて初めて調べたことですが、日本では(海外でもそうかな?)コーツは伴奏指揮者として知られている程度。SP時代にはオーケストラ作品も録音していましたが、CD化されているのはシャリアピン、メルヒオール、ルービンシュタインなどの伴奏物がほとんどでしょう。NMLで聴けるのも、今回のシリーズ以外は全て協奏曲や歌劇の一部のみです。
ということで1枚目、全てSP盤の復刻で、以下の7曲が収録されています。全てオーケストラはロンドン交響楽団と表記。

①ウェーバー/歌劇「オベロン」序曲
②リスト/メフィスト・ワルツ第1番
③ボロディン/交響曲第2番
④リムスキー=コルサコフ/歌劇「ムラダ」~Procession of the Nobles
⑤チャイコフスキー/幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」
⑥ムソルグスキー/歌劇「ソロチンスクの市場」~ゴパーク
⑦ラヴェル/ラ・ヴァルス

当然のことながら、録音は全て古めかしく、コーツのスタイルを辛うじて知る程度。音質面で期待しちゃいけません。ブックレットも無いので、ここではWERMを頼りにSP発売時の情報などを追加しておきましょう。

①は2小節目にいきなりポルタメントが出てきて往時を偲ばせます。もちろん第2主題にもポルタメントが多用されますが、それ以外は案外に大人しく、この時代の指揮者としてはモダーンな方だったのではないでしょうか。
ウェーバーは英HMVから D 1311 として出たもので、WERMではオーケストラは単に「交響楽団」とのみ表記。

②は英HMVの D 1028 。①より音質は向上しているように感じられました。冒頭の繰り返しは省略、427小節から587小節まではカット、最後のフルートのカデンツァも半分ほどに縮められています。この曲は2種類の終結版がありますが、コーツは ff で終わる第1稿を使用。

③は意外にも完全全曲録音で、恐らくロシアのラフリン盤と世界初録音を争っているのではないでしょうか。初出は英HMVの DB 1554/6 の3枚6面。第1楽章が2面、第2楽章は1面、残り2楽章を3面に跨って収録したものと思われます。
第1楽章第1主題の2小節目、第4拍をかなり長く引っ張る癖があり、このテーマが出る時は必ず4拍目が伸びる面白い表現。従って第1楽章は歌舞伎役者が見得を切る趣があります。

④は歌劇から編まれた組曲の第5曲、終曲に当たる Cotrege のこと。歌劇では第2幕にあり、オリジナルは管弦楽に合唱が入ります。ここでは合唱は省略され、中間部、練習番号18の頭から23小節間がカットされています。これも英HMV D 1934 が初出。これは恐らく世界初録音ですが、この作品自体の録音は現在でも少ないと思いますね。

⑤も当時としては珍しい録音で、これまた世界初録音ではないかと思われるもの。英HMV D 1929/30 の2枚4面で、18分弱に収まっています。ということは彼方此方に、かなりの長さのカットがあり、所謂アブリッジド盤 Abridge (要約盤)と言うべきもの。音質も相当に古さを感じさせ、あくまでも初録音として聴くのが正しい姿勢でしょう。

⑥は当CDに収められた唯一のデッカ録音で、同じムソルグスキーの禿山の一夜とカップリングされて出ていました。品番は AK 1317/8 で、禿山が3面、ゴパークは最後の第4面に収録。コーツの録音では最も新しいものでしょうが、楽譜が無いので細部は不明。

⑦も珍品でしょう。配信情報では「管弦楽版」と謳っているように、ラ・ヴァルスのような大編成オーケストラの録音は難しかったと思われます。これも短縮版かと思いきや、カットは一切無い全曲録音。英HMVでは AB 233/4 、ヴィクターでは 9130/1 として発売され、オーケストラは単に「交響楽団」とのみ。コーツでも最も古いもののの一つと思われます。
冒頭のコントラバスのピチカートには別の楽器(チューバ?)が重ねられているようにも聴こえますが、途中に出るクロタルの pp (練習番号43)もチャンと聴こえるのは大したもの。

参照楽譜
①オイレンブルク No.607
②オイレンブルク No.1361
③オイレンブルク No.491
④ベリャエフ Nr.471
⑤オイレンブルク No.840
⑥なし
⑦デュラン D.& F. 10.080

 

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