サルビアホール 第38回クァルテット・シリーズ
11月は鶴見サルビアホールのクァルテット・シリーズが大盛況で、この月だけで3回も公演があります。引き続き12月3日にも予定されていて、1か月間に4つの団体を聴くという贅沢な四重奏祭がスタートしました。
で、昨日の通算38回はシーズン11の最終回、私は初めての体験となるミンゲット・クァルテットを聴いてきました。
メンデルスゾーン/弦楽四重奏曲第2番イ短調 作品13
ヴィトマン/弦楽四重奏曲第3番「狩の四重奏」
~休憩~
メンデルスゾーン/弦楽四重奏曲第6番へ短調 作品80
初めてなのでネットを含めていろいろな資料に当たって見ましたが、どうもこの団体の正式な名称が判りません。鶴見では「ミンゲット」を使っていましたが、例えば幸松辞典では「ミンゲ」となっており、悩ましい所。
他には「ミンケ」と濁らない読み方、更には「マインゲスト」などという明らかに読み違いの表記もあって、果たしてこれ等が同一の団体なのかも疑ってしまいました。
最も詳しい幸松氏によると、1950年代に初代メンバーというのがあって、これが「ミンゲ」を謳ったのではないでしょうか。今回来日した団体は1988年の創設、初代とは別団体と考えた方が良さそうですね。
名称に関して主催者に問うたところ、演奏者自身が「ミンゲット」と、語尾の「t」を発音すると明言していたそうですから、今後はミンゲット・クァルテットで統一した方が良いと思います。
そのミンゲットとは、18世紀スペインの哲学者パブロ・ミンゲットから採られたそうで、現地でもこの哲学者はミンゲットと発音する由。“芸術は大衆に愛されるものであるべき”と主張していた人で、その考えに賛同して活動しているのが「Minguet Quartett」というワケ。
因みにスペインのミンゲット(1700-1775)は版画家が本職だったようですが、作曲家としても作品を残しています。ネットで検索しても中々見つかりませんが、ドイツのウィキペディアだけが掲載していました。
現ミンゲットQはドイツのケルンが活動の中心で、設立メンバーからヴィオラとチェロが交替し、1997年からは現在のメンバーに定着しています。その4人は、
ファースト・ヴァイオリンがウルリヒ・イスフォート Ulrich Isfort 、セカンドは女性でアネッテ・ライジンガー Annette Reisinger ヴィオラも女性のアロア・ソーリン Aroa Sorin が務め、チェロはマティアス・ディーナー Matthias Diener 。
彼等は2002年にも来日しているそうで、その時の「ミンゲ」が今でも使われているというのがどうやら真相みたい。今回は1週間ほどのツアーで、武蔵野を皮切りに広島で締め括る予定です。ゲーテ・インスティテュートではCDにも録音しているペーター・ルジツカ作品を作曲者を交えて演奏するとのこと。彼等のホームページで確認して下さい↓
http://www.minguet.de/quartett-en.html
ところでこのホームページでは彼らのプロモーション・ヴィデオを見ることが出来、4人の肉声も聞けます。シューマンをリハーサルしている場面もありますが、何せドイツ語、私にはチンプンカンプン。ドイツ語が堪能な方は是非ご覧になり、何を語っているのか後で教えてくださいな。
兎に角レパートリーが広く、中心は先のルジツカ(6曲+)や全12曲のクァルテットを録音しているリーム、今回のヴィドマンなどの現代音楽でしょう。鶴見ではヴィドマンを挟んでメンデルスゾーンを2曲演奏しましたが、メンデルスゾーンも四重奏全集を完成させている作曲家。特に思い入れがあるのではと推察しました。
今回も演奏した2番は旧メンバーとの録音もある上に新録音では2番と6番、正に今回の組み合わせでカップリングされており、ナクソスのNMLで聴くことが出来ました。(NMLではミンゲ、ミンケ、マインゲストと3種類の表記があってバラバラなので注意を要しますが・・・)
ホールに入って驚くのは、まるで段ボールを切って手作りしたような大型譜面台で、その譜面も細かい音符がギッシリと書き込まれている代物。普通に使用するパート譜ではないようで、恐らくスコアを縮刷して譜捲りし易いように切り貼りしているよう。スコアで演奏する、というのが彼らのスタンスかと思いました。
最初のメンデルスゾーン、第2番の第1楽章のアレグロ・ヴィヴァ―チェに入って直ぐにチェロの弦が緩むというアクシデントが発生。直ぐにチューニングをやり直し、4人は何も言葉を交わすことなく中断した個所から演奏を続けます。
これ、何でも無いように見えますが、スコアで演奏しているということと関係があるように思いました。何処から再開するかを相談無く即決しているのは、やはり4人の目の前にスコアがあり、作品の隅々まで推敲し尽くしているからの芸当なんでしょう。この処置に不満を抱いた聴き手もあったようですが、私はなるほどと感心した次第。
ということでメンデルスゾーン、これまで聴いてきたロマン派の衣裳を纏った古典派のスタイルを継承する作曲家のイメージからは大きくかけ離れていたという印象。音量がただ事ではないし(特にチェロ)、表現も遥かに情熱的で、現代の目から見直したメンデルスゾーンとでも表現したら良いのでしょうか。
第2番は例の「真夏の夜の夢」の翌年、普通の作曲家なら若書きの部類でしょうが、ミンゲットで聴くと円熟した大家の作品に聴こえてくるのでした。実際、老練な動機作法や、首題を回帰させてアーチ形を成す構造は、メンデルスゾーンがベートーヴェンを研究した形跡が明らかに窺われます。ミンゲットは、これにマーラー的なパッションを付加した感じ。
6番は姉の死と、極度の疲労感から自らの死を意識していたに違いなく、メンデルスゾーンの遺書のような作品。地震で起きる地割れを表すような音楽で始まり、恐らく当時の聴き手には難解な現代音楽に聴こえたはずです。
これをミンゲットは当時の視点ではなく、現代人から見て読み解いていく。同時代作品の再現に活動の多くを割いているミンゲットならではのメンデルスゾーンと聴きました。
間に演奏されたイョルク・ヴィドマン(1973- )は、急速に人気を集めている作曲家で(今年のプロムスでも2作品が取り上げられた)、今回の第3番もこの秋の東京では1か月間に3団体目とのこと。私は遅れ馳せながら今回が初体験でした。中には3回目だ、という猛者もいらっしゃいましたが、人気になる要素は十二分に判りました。
前の2団体はさて置き、ミンゲットはクラリネット奏者でもあるヴィドマンと共演し、リームのクラリネット五重奏も録音している仲。ヴィドマンは彼らの音楽仲間の一人で、恐らく作品の端から端まで理解している作品かと思われます。
聴き逃した方に解説すると、演奏の前に4人は弓を振り回し(5回!)、一斉に“Hai”と掛け声を合わせてから弾き出す。先ず出るのはシューマンのピアノ曲「パピヨン」の終曲のテーマで、その付点リズムが執拗に繰り返される。
このリズムはベートーヴェンの第7交響曲の第1楽章にも徹底して出現するもので、ワーグナーが「舞踏の神化」と呼んだアレですよ。
以後は弦楽器に出来るあらゆる「コト」をやり尽くす。途中奏者たちは奇声を発したり、最後は他の3人が弓でチェロを名指しするように大団円を迎え、チェロが最後の悶えで息絶える。これって、狩の獲物の断末魔なんでしょうかねェ~。
ということで聴くだけじゃなく、見て楽しむパフォーマンス。これこそパブロ・ミンゲットが提唱した“芸術は大衆に愛されるものであるべき”というキャッチコピーの具現じゃないでしょうか。
これに挟まれるように、斬新なメンデルスゾーンというプログラム。流石に賛否両論あったようですが、私は「賛」ということにしておきました。
最後はチェロのマティアスが英語でスピーチ、気分を変えてシュールホフのカヴァティーナなる小品がアンコールされました。シュールホフの作品表を見てもこのタイトルの単独作品は見当たらず、何かの楽曲の1曲なのでしょうか。
シュールホフの弦楽四重奏のための5小品は前回、ヘンシェルが本編で演奏しましたが、その中には含まれていませんでした。それにしてもシュールホフ、来年6月には鶴見でもパーヴェル・ハースQが第1番を弾く予定なので、いろいろ聴いてみなくちゃ、と考え始めたところ。
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