今日の1枚(217)

サー・トーマス・ビーチャムはSP時代からステレオ期まで多くの録音を残した名指揮者でしたが、英国人指揮者ということで日本での評価は今一、というよりほとんど評価されていなかったと思います。トスカニーニが「偉大なアマチュア」と呼んだことも影響したのでしょう。
私がビーチャムのレコードを初めて聴いた、というより手に入れたのはハイドンのザロモン・セット全曲のうちの何枚かで、ハイドンの面白さ、ウイットに満ちた音楽を知ったのもビーチャムのお蔭でした。他にもベルリオーズのトロイ人、グリーグの珍しい作品、何と言ってもディーリアス作品のあれこれに開眼したのもサーのLPで、でしたね。
さてビーチャムの2枚目は、

①リムスキー=コルサコフ/交響曲第2番「アンタール」
②メンデルスゾーン/無言歌集第8巻作品102~第2、第3曲(管弦楽編)
③チャイコフスキー/交響曲第4番
④ヘンデル/アマリリス組曲~サラバンド(ビーチャム編)

全てロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団との演奏で、後で触れますが、全てモノラル録音です。この4曲は唯聴いていれば何と言うことも無く過ぎ去ってしまうでしょうが、細部に拘ると中々に手強い録音達でもあります。

①は今回初めて聴き、些か驚かされました。というのは、リムスキー=コルサコフのアンタールという作品、三省堂のクラシック音楽作品名辞典では1868年作曲、1875年改訂、1898年に交響組曲に改訂とあります。つまり3種の版があることになりますが、ダニエルズの管弦楽事典によると、
(1)1868年第1版(未出版だが作曲者全集に含まれる) (2)1875年第2版(初版はベッセル社、カーマスから復刻、演奏時間33分) (3)1897年第3版(交響組曲として改訂され、カーマスとブライトコプフから出版) (4)1903年第4版(1875年版の異稿と言われ、未出版で作曲者全集にあり) と4種の版があるとされています。
どちらが正しいか、微妙な年代の相違などもありますが、現在ブージーからポケット・スコアが出ているものは交響組曲版で、第3版に当たるものでしょう。

そこでビーチャムを聴くと、明らかにブージー版とは異なる稿で演奏していることが判ります。28分ほどで演奏しているので1875年版と断定することは出来ませんが、少なくとも手元にあるモントゥー盤やマゼール盤が第3版を使用しているのとは異なります。第1・2楽章に違いが大きく、第3楽章は僅か、第4楽章は組曲版とほとんど同じでした。
そういう意味でも珍品と言えるでしょう。

②も音源の出典は判りませんが、WERMにも掲載がありません。編曲者不詳とありますが、SP期には無言歌集から何曲もこの種のアレンジが録音されていて、ビーチャム盤が特に珍しかったわけではありません。
木管楽器を表に出した編曲で、上記ダニエルズの辞典にも掲載されていないもの。

③も極めて珍しい録音。この場合は、何と第1楽章は堂々たるステレオ録音であるのに、第2楽章以降は完全なモノラルであること。ステレオ黎明期には二つの方式で録音し、先ずは一般的なモノラル盤で発売。ステレオ録音は日の目を見ずにお蔵入りとなっていて、後にマスター・テープが発見されてステレオ発発売というケースもいくつかありました。
シューリヒトのベートーヴェン第9、クナッパーツブッシュのリヒャルト・シュトラウス、このシリーズでも紹介したアルヘンタのリスト/ファウスト交響曲など。どれもパリ音楽院管弦楽団の演奏というのが面白い所ですが、この場合はビーチャムのロンドン録音。第1楽章だけを実験的にステレオで録った物が後日発見されたのでしょうか。

④は別資料ではステレオと表記されていますが、聴けばモノラル録音であることは明らかです。ヘンデルのアマリリス組曲なるものの正体は中々掴めませんでしたが、どうやらビーチャムがヘンデルの歌劇などの中から小品を選んで編曲し、ヘンデル作品には無い「アマリリス組曲」なる題名で纏めたもののようです。
後にメニューインが指揮して録音したアルバムでは全8曲、1.入場(Entree)、2.ブーレー、3.ミュゼット、4.ジーグ、5.サラバンド、6.ガヴォット、7.メヌエット、8.スケルツォとトリオ という構成の様ですね。NMLで配信されているのは、第5曲のサラバンドということになります。
実はビーチャムはSP時代に第8曲からスケルツォと、第6曲ガヴォットを個別に録音していました。WERMの記載によれば、スケルツォは歌劇「テルプシコーレ」から採ったもので、ガヴォットは歌劇「忠実な羊飼い」から借用したものの由。残念ながらサラバンドの原曲は見つかりませんでした。なおビーチャム編の「アマリリス」組曲はブージー&ホークス社から出版されていますが、レンタルとなっており、演奏する目的でなければ見ることが出来ません。

調べた序に紹介しておくと、ビーチャムはヘンデル作品を編曲していくつもの組曲に纏めており、少なくとも次の5曲がWERMに掲載されていました。
(1)「アマリリス」組曲
(2)「忠実な羊飼い」組曲
(3)「The Gods go a-begging」組曲
(4)「The Great Elopement」組曲
(5)「The Origin of Design」組曲

SP時代の多彩なレパートリーに舌を巻く思いです。

参照楽譜
①ブージー&ホークス No.643
②ドーヴァー版(ピアノ原曲版)
③フィルハーモニア No.71
④なし

 

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