今日の1枚(222)
20世紀の偉大な指揮者シリーズ、愈々ハ行に入ってきました。ここまででも随分漏れがあるようですが、EMIの選択ですから仕方ありません。この所余り馴染の無い指揮者が続きましたが、今回は懐かしいピエール・モントゥーの登場です。
モントゥーは一度だけ来日したことがあり、その公演はテレビで見ました。1963年にロンドン交響楽団が大阪国際フェスティヴァルに参加した時で、モントゥーはその幕開け公演など3種類のプログラムを指揮しただけで、東京には興味も示さずに帰ってしまいましたっけ。東京など他の都市はショルティとドラティとで分担しましたから、今から考えると何とも贅沢な話です。
テレビで放送された初日はマイスタージンガーの前奏曲に続きエルガーのエニグマが演奏され、メインはシベリウスの2番でした。アンコールは確かドビュッシーの夜想曲から祭だったと記憶しています。
初めて見るモントゥーは元気一杯という印象で、この時は88歳でしたが、その年齢を全く感じさせない指揮振りでした。確か2年前、86歳の時にロンドン交響楽団の首席指揮者に就任し、その時25年契約だったというから驚き。英国一流のジョークかと思いましたね。残念ながら翌1964年の7月1日、任期を22年も残して自宅のあったハンコックで亡くなりました。
モントゥーがパリに生まれたのは1875年ですから、ラヴェルやクライスラーと同い年で、来年が生誕140年になります。母親と兄からヴァイオリンの手ほどきを受けたのが6歳からだったそうで、21歳でパリ音楽院ヴァイオリン科の首席を分け合って卒業。その相手がジャック・ティボーだったのだそうです。
しかしモントゥーが職業音楽家として選んだのはヴィオラ奏者で、パリ・オペラ=コミックの首席ヴィオラだった時にはドビュッシーのペレアスとメリザンドに参加したり、ジェルソ四重奏団に加わっていた時にはブラームスの面前で演奏し、フランス人のドイツ音楽を激賞されたと言いますから、存在自体が音楽史そのものでもありました。
指揮者としてのデビューは1911年、ストラヴィンスキーのペトルーシュカをリハーサルする指揮者としてピエルネが推薦したのが切っ掛け。これに感激したストラヴィンスキーが初演もモントゥーに委ね、その後の活躍は良くご存知の通りでしょう。
私はモントゥーが大好きで前置きが長くなりましたが、当シリーズの1枚目は次の3曲で構成されています。
①ベートーヴェン/交響曲第2番
②ワーグナー/楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
③ヒンデミット/交響曲「画家マチス」
①と②は北ドイツ放送交響楽団とのステレオ録音、③はデンマーク国立放送交響楽団を指揮したライヴのモノラル録音です。モントゥーは録音歴も長く、レパートリーも広い人で、とても2枚だけで全貌を知るには不十分と言わざるを得ません。
モントゥーはSP期にはEMIにも録れていましたが、LP期はヴィクター、デッカ、フィリップスが主で、時々他のレーベルにも録音していました。①と②はその1枚で、当初はコンサートホール・ソサエティーという通信販売の様な方式でセールスしているレーベルだったと思います。私も子供の頃に買わないかと勧誘された記憶がありますが、何となく怪しげな印象だったので断ったはずです。
その後この録音は確かノンサッチ(?)に移管されて一般にも発売され、私もモントゥーでは無い別の盤を買いましたが余りも盤質が酷く、とても鑑賞に堪えられるものではなかったことを思い出します。
更にCD時代に入ってからスクリベンダムというレーベルからリマスターされたセットが纏めて再発され、イアン・ジョーンズというエンジニアのリマスターが話題になりました。私も宣伝文句に乗せられ、半信半疑でその4枚組セットを買いましたが、なるほど以前のLP盤の劣悪さは影を潜め、十分に鑑賞に堪えるものになっています。
今回はNMLの配信で、盤を回転させるものではないので一層音質は向上していると思いました。しかしオリジナルが余り繊細な仕上がりではないので、限界があるのは止むを得ないでしょう。
スクリベンダム盤の貧弱なブックレットによると、①は1960年、②は1964年の録音ということになっています。録音年代とは逆で、①の方が僅かに良質に聴こえるのは、作品の編成によるものでしょうか。
①第1楽章提示部の反復はカット、第3楽章は全て実行しています。モントゥーは必ずヴァイオリンを対抗配置にしていましたが、ヴィオラと第2ヴァイオリンを入れ替えた形で、チェロもコントラバスも右側から聴こえてきます。
②はもちろん歌が入らない版での演奏。
③は出典不明のライヴ録音。最後には拍手も収録されています。放送オケとの共演ですから、デンマークの放送局に残されていたアーカイヴから発掘されたものと思われます。
モントゥーのヒンデミットはやや珍しい部類で、他にはボストン交響楽団とのライヴで「高貴なる幻想」が聴けるだけでしょう。モントゥーにはアメリカ時代の放送録音が多数あり、纏めて膨大なセットとして販売されています。それらも全てNMLの配信で聴けるのは正に宝の山と言うべきで、真に有難いものだと感謝しています。
参照楽譜
①フィルハーモニア No.8
②オイレンブルク No.649
③ショット No.3509
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