今日の1枚(234)

カラヤンの次に登場する指揮者は、帝王とは対照的なマエストロ、ヘルマン・シェルヘンです。私もシェルヘンのディスクは余り聴いていませんので、最初に短くプロフィールを。
1891年にベルリンで生まれ、1966年にフィレンツェで客死したドイツの指揮者。ヴィオラ奏者でもあった人で、ヴィオラ出身の指揮者・作曲家の偉大な系列に属する一人でもあります。1907年から1910年までベルリン・フィルのヴィオラ奏者でしたが、1910年に退団してシェーンベルクに師事、「月に憑かれたピエロ」の初演を手伝いました。
指揮者としてのデビューは1911年で、主に現代音楽の紹介者として活躍しました。1933年にドイツを離れ、スイスに永住。特にシェーンベルクとウェーベルンの作品紹介に尽くしましたが、ベートーヴェンやマーラーなどでも独特な指揮振りで現在でもマニアックなファンの間で絶大な人気があるようです。

私は主にウェストミンスター録音で聴いてきましたが、戦前はチェコのスプラフォンにも録音があったそうです。EMIが当シリーズに選んだのも大半がウェストミンスターの音源で、1枚目は以下の内容。

①ベートーヴェン/序曲「コリオラン」
②ベートーヴェン/交響曲第8番
③ストラヴィンスキー/バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)
④シェーンベルク/組曲ト長調~第1・2・5楽章
⑤オルフ/エントラータ

①⑤はウィーン国立歌劇場管弦楽団、②③がロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団、④はベルリン放送交響楽団と区々ですが、④以外は全てウェストミンスター原盤です。この配信には録音年代が明記されていて、それによると①~④は1954年のモノラル録音、⑤のみ1960年のステレオ録音ということになっています。これと異なる資料もあるので、それは個別に触れるとしましょう。

①のウィーン国立歌劇場管弦楽団というのは、どうやらウィーン・フィルの母体であるスターツ・オーパーのオーケストラではなく、同じウィーンでもフォルクス・オーパーのメンバーが参加している団体のようです。ウェストミンスターが録音のために寄せ集めたメンバーじゃないでしょうか。(個人的な憶測もありますから信用しないこと)
ウェストミンスターは1949年に設立されたレコード会社で、日本ではウィーンの団体による室内楽録音が有名でした。オーケストラ分野ではシェルヘンが看板指揮者で、何と120枚ものLP録音を残しているそうです。現在聴けるものはその極く一部で、1951年以降にプロデューサーとして加わったクルト・リストが多くを手掛けています。リストはベルクとウェーベルンに作曲を学んだ人で、この辺りにシェルヘンとの繋がりがあったのでしょう。
シェルヘンはザッハリッヒというか、オーケストレーションに手を入れるようなことは一切せず、速目のテンポでぐいぐい押し切るタイプ。金管、特にホルンを強奏させる癖があって、このコリオランもシェルヘンの特徴が良く出ています。
WERMによると初出は英Nixa の WLP 5302 、同じベートーヴェンの献堂式序曲、バドゥラ=スコダをソリストにした第2ピアノ協奏曲という一風変わった組み合わせでした。

②は別資料によると1954年9月、ウォルサムストウ・タウン・ホールでの録音だそうな。オーケストラは違えど①と良く似た演奏で、第1楽章、第3楽章共に繰り返しはキチンと実行しています。
こちらの初出はやはり英 Nixa から WLP 5362 、ベートーヴェンの第2交響曲とのカップリング。但し、配信ではロイヤル・フィルとありますが、WERMの記載ではロンドン・フィルとなっており、どちらが正しいかは不明です。2種類の録音があると考えるのは無理があると思われますね。

③も別資料では②と同じ1954年9月、ウォルサムストウ・タウン・ホールでの録音ということになっています。こちらはニクサではなくアメリカ・ウェストミンスターから LAB 7032 でオネゲルの「喜びの歌」とのカップリングで出たのが初出。こちらもWERMでは「ロンドン・フィル」と表記されています。
ストラヴィンスキーはA面とB面の半分、残りがオネゲルという構成。シェルヘンは「カスチェイ王の踊り」を完全終止させ、次の「子守歌」への経過部をカットしています。恐らくオリジナル盤ではここで盤面変更しているのでしょう。

④は別資料では配信とは異なり1959年9月1日、ベルリン・ラングヴィッツ・スタジオに於ける Deutschland Radio の録音とされています。実際に聴いてみるとモノラル録音なので、どちらが正しいかは迷うところ。客席のノイズなどは聞きとれませんから、純粋に放送用の収録だったと想像できます。恐らくウェストミンスターとは別の音源。
シェーンベルクの使徒たるシェルヘンとしては当然の仕事でしょうが、この弦楽合奏のための組曲は珍しい作品と言って良いでしょう。私は今回の配信で実際の音を初めて聴いたと思います。
全曲はバロック音楽を捩って全5楽章から成りますが、第2楽章のメヌエットと第3楽章のガヴォットは省略され、第1楽章序曲、第2楽章アダージョ、第5楽章ジーグのみの演奏。最初から3曲のみの演奏だったのか、CD化に当たって他をカットしたのかは不明。但しシェルヘンは第5楽章で第550小節から610小節の真ん中までの60小節強をバッサリとカット(この作品は全5楽章通しで小節数が振られています)。流石のシェルヘンでも長過ぎると判断したのでしょうか、放送時間の都合だったのでしょうか、真偽の程までは判りません。どちらにしてもやや中途半端な印象を受けるのは残念。

⑤も、別資料によると1960年11月17日(1961年10月という説もある由)にウィーン・コンツェルトハウスのモーツァルトザールでのステレオ録音とのこと。この頃にはウェストミンスターもステレオ方式を採用していました。最早WERMの対象からは外れていますが、オリジナル盤ではベートーヴェンの「戦争交響曲」、ジョヴァンニ・ガブリエリの第1旋法によるカンツォーニとのカップリングだったと思われます。この組み合わせによる archiphon レーベルからの再販盤がNML配信で聴くことが出来ます。
この曲はスコアが手元に無いので詳しいことは判りませんが、ウィリアム・バードのヴァージナル作品「鐘」をオルフが5群のオーケストラとオルガンのために編曲したものだそうな。カップリングされているガブリエリ作品との共通項でしょう。スコアはショット社から出ていますが、どうやらレンタル譜のようですね。

参照楽譜
①オイレンブルク No.626
②フィルハーモニア No.4
③チェスター JWC 17
④シャーマー No.99
⑤なし

 

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