今日の1枚(236)

EMIが作成し、去年の10月からNMLでも配信されるようになった「20世紀の偉大な指揮者たち」シリーズ、愈々最後に登場するのが、チェコの産んだ名指揮者ラファエル・クーベリックです。私もクーベリックは何度かナマ演奏を聴きましたし、その存在感に圧倒されたマエストロ。幅広いレパートリーを様々なレーベルで摘み聴きしようという企画です。
最初に簡単な経歴を確認しておくと、1914年に有名なヴァイオリストであるヤン・クーベリックの息子として誕生。20歳で早くもチェコ・フィルを指揮してデビューしますが、最初の数年は父の伴奏指揮者としての仕事だったようです。まぁ、親の七光りと言う側面もあったでしょう。しかし指揮者としての実力は本物、ブルノ歌劇場の指揮者を経、1941年にはチェコ・フィルの首席指揮者に就任します。
しかし戦後、チェコが共産主義体制になったのを極度に嫌い、1948年に西側に亡命すると、アメリカやヨーロッパで目覚ましい演奏・録音活動を開始。1950年から1953年まではシカゴ交響楽団、1955年から1958年まではコヴェント・ガーデン歌劇場、1961年から1979年まではバイエルン放送交響楽団と主要ポストを歴任します。短期間でしたがメトロポリタン歌劇場の監督に就任したこともありました。1985年に一旦現役を退きますが、自由主義に復帰したチェコ・フィルに乞われて1990年に復帰、「我が祖国」の感動的なコンサートを指揮したのは余りにも有名でしょう。

バイエルン時代に何度か来日し、私はその初来日公演をテレビで、1975年5月の来日公演を日比谷と上野でナマ体験しました。残念ながらチェコ・フィルとの最後の演奏会は聴くチャンスに恵まれませんでしたが・・・。1966年にスイス国籍を獲得しており、1996年にルツェルンで死去。
父と同様に作曲の分野でもかなりの作品があり、交響曲は2曲、歌劇が5曲、弦楽四重奏曲も4曲残しており、自作自演のレコードも残しています。

ということでチェコ時代、イギリス亡命時代、シカゴ時代、バイエルン時代と多くの音源があります。その中からEMIが選んだ最初の1枚は、

①ドヴォルザーク/スラヴ狂詩曲第3番 作品45-3
②マルティヌー/交響曲第4番
③ベルリオーズ/「ファウストの劫罰」~妖精の踊り
④メンデルスゾーン/付随音楽「真夏の夜の夢」序曲
⑤ヒンデミット/ウェーバーの主題による交響的変容

①はロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団を指揮したステレオ録音ですが、②はチェコ・フィルハーモニー管弦楽団とのモノラル、③④もフィルハーモニア管弦楽団とのモノラル録音で、⑤がシカゴ交響楽団を振ったモノラル盤という構成です。

この中で最も新しい①は、1958年の録音とのこと。チェコ生まれのクーベリックにとってドヴォルザークは正に「お国物」ですが、その中でもスラヴ狂詩曲は珍しいレパートリーでしょう。
オリジナルのLPに全く記憶がなく、私は今回の配信で初めて聴きました。バイエルン時代の録音の多くは弦楽器が対抗配置ですが、このロイヤル・フィルとの録音では左からファースト、セカンド、ヴィオラ、チェロという典型的なアメリカ式配置になっています。冒頭は左手に置かれたハープのソロで始まり、ちょっとスメタナの「高き城」を連想させる作品。

②は①の丁度10年前、1948年6月10日の録音だそうで、正にクーベリックが西側に渡る前夜。この録音の時には亡命を決意していたはずで、演奏旅行の際、内密に家族にも言い聞かせて飛行機に乗ったという逸話をテスタメント盤のブックレットなどで読むことが出来ます。
チェコ・スプラフォン原盤で、英国ではウルトラフォンというレーベルから G 15150/3 のSP4枚8面で出ていました。SP録音、東側制作と言うことで音質はパッとしませんが、演奏は当時のチェコ・フィルの優秀さが伝わってくるもの。それにしても①と②が僅か10年しか開きが無いことに驚かされます。
ところでこの演奏、第3楽章の練習番号5で手元のスコアには無いピアノとオーケストラの遣り取りが数小節追加されています。ブージー版は1950年出版ですから、当録音は2年前。これは想像ですが、クーベリックの録音がオリジナルで、マルティヌーがスコア出版に際してこの部分をカットしたのではないでしょうか。他に指摘している記事を見たことが無いので、敢えて触れた次第です。

③は、別資料によれば1950年録音の由。オリジナルは英HMVのSP、C 4031 で、同じ「ファウストの劫罰」からラコッツィ行進曲とのカップリングでした。

④はその2年後、1952年の録音で、こちらは初出からLP盤。英HMVの ALP 1049 で、真夏の夜の夢からは序曲の他にスケルツォ、夜想曲、結婚行進曲。B面(?)スメタナの「売られた花嫁」から序曲、ポルカ、フリアント、道化師の踊りがカップリングされていました。

⑤はアメリカのマーキュリーに録れたモノラル録音ですが、音質の良さで話題になったもの。プロデューサーが Wilma Cozart 、エンジニアが Robert Fine という名コンビです。1953年4月3日から5日まで、シカゴのオーケストラ・ホールでの録音。マーキュリーから再発されたCD盤のブックレットには、使用したマイクやテープレコーダーの詳細まで記載されています。
そのブックレットによると、ヒンデミット作品は同じセッションで録音されたシェーンベルクの管弦楽のための5小品と共に MG 50024 という品番でリリースされました。
クーベリックのシカゴ時代は悪名高き女性評論家クラウディア・キャシディとの確執に苦しめられたこともあり、短期間で終焉を迎えます。しかし残された録音には展覧会の絵など名盤の誉れ高いものが多く、ヒンデミットもこの曲の代表盤の一つに挙げられるでしょう。

参照楽譜
①アルティア H 2845b
②ブージー&ホークス No.68
③オイレンブルク No.994(全曲版)
④ドーヴァー(付随音楽全曲版)
⑤ショット No.3541

 

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