神奈川フィル・第307回定期演奏会

暦の上では啓蟄を過ぎたというのに、余寒というのか春寒と表現するのか、冷たい雨がパラつく首都圏。昨日は横浜のみなとみらいホールに足を延ばします。日本フィルではなく、個人的には久し振りの神奈川フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会。

ラーション/田園組曲
ステンハンマル/2つの感傷的なロマンス
シベリウス/ヴァイオリンと弦楽のための組曲
     ~休憩~
シベリウス/交響詩「タピオラ」
グリーグ/「ペール・ギュント」第1組曲、第2組曲
 指揮/広上淳一
 ヴァイオリン/小林美樹
 コンサートマスター/﨑谷直人(さきや・なおと)

比較的最近知ったコンサートで、慌ててチケットを獲りましたが、結構な良席が回ってきました。もちろん今や堂々たるマエストロに挙げられる広上淳一の指揮を聴くため、確か前回神奈フィルを聴いたのもマエストロの棒でした。
今回は氏がかつて首席指揮者を務めていた北欧時代の手土産というか、北の知られざる佳曲・名曲を並べた珍しいプログラム。演奏はもちろん、初めて聴く作品を楽しむ絶好の機会でしょう。

久し振りに聴く神奈フィル、開演前にはロビーでホルン四重奏がお出迎え。ユーモアを交えた楽器解説は一般のファンにも新鮮な楽しみです。恐らく毎回行われている新企画なのでしょう。
団員のステージ入場を客席が拍手で迎え、起立したままの全員が揃った所で客席に一礼、というスタイルは東京では見られないもの。また最後に楽員たちがホール出口ファンを見送るという光景も、「市民のオーケストラ」たらんとする同団の意識が感じられ、心温まるオモテナシだと思いました。

選曲されたのは、演奏順にスウェーデン、フィンランド、ノルウェーを代表する作品。特に最初のラーションとステンハンマルは東京でも聴く機会の少ない作曲家。
冒頭のラーションはベルクに就いて勉強した人で、最初の作品では12技法を用いたものの、難しいのはこれだけ。その後はスウェーデンのラジオ局で仕事したこともあり、どちらかと言えばヒンデミットに近い新古典的な作風でかなりの作品を残した人。
今回取り上げられた田園組曲はラーションの最も有名な作品で、広上はこれまでも何度か取り上げていました。私が実際にナマで接したのは初めて。序曲・ロマンス・スケルツォの3楽章から成るもので、全体でも12分の短いもの。特に弦楽器だけで演奏されるロマンスの美しいメロディーが心に残りました。

ここで若いヴァイオリニスト、小林美樹登場。写真で見るより大柄な女性で、アメリカはサン・アントニオ生まれとのこと。2011年に5年に一度ポーランドで開催されるヴィエニアフスキ国際コンクールで2位となって注目され、これまでも室内楽やアンサンブルで腕を磨いてきました。現在はウィーン留学中で、ヴェルニコフに師事している有望株。
私は彼女を日フィルの横浜定期でコルンゴルト(山田和樹指揮)で聴いたことがあり、その時も存在感の大きさに驚いた記憶があります。コルンゴルトもそうでしたが、今回のステンハンマルとシベリウスの珍品も完全暗譜での演奏。音量はもちろん、完璧な技巧と貫録さえ感じさせるステージ姿にも感服頻りでしたね。

今回演奏された2曲は滅多に演奏されない作品ですが、特にステンハンマルは題名のように美しメロディーを持つ素晴らしい音楽。北欧にはノルディック・ヴァイオリンという独特の伝統があり、ステンハンマルのロマンスは、ベートーヴェンの有名な2曲に続く名品といえそう。これを完璧にレパートリーに入れている小林に感謝すべし。
一方シベリウスは作曲者自身は出版を禁じていたもので、117番という作品番号が付けられていますが、これは後の人が勝手に振ったもの。田園の情景、春の宵、夏に、の短い3楽章から成る全体でも7分の微笑ましい一品。後期のシベリウスからは想像もつかない軽やかな作品ですが、ピチカートに乗って奏される第3曲が特に印象的で、小林と広上の息の合った合奏があっという間にフィナーレを迎えてしまいます。

後半はオーケストラのみによる大曲、名曲。シベリウスは、もちろん今年生誕150年を讃える選曲。広上はこの渋く、取っ付き難い作品を判り易く音にして行きます。神奈フィルの透き通った弦楽アンサンブルが北欧の冷たい空気を感じさせるよう。

そしてグリーグ、やはりこれは圧巻でした。2つの組曲が続けて演奏されましたが、若い頃は“「ペール・ギュント」なんて通俗名曲さ”とバカにしていたことを恥じるほど琴線に響く切々たる演奏。
特に「オーゼの死」では頻出するクレッシェンドに命が吹き込まれ、思わず息をするのも憚られるほどの緊迫感。これぞ広上芸術の至芸でしょう。「通俗名曲」が決して「通俗」では無いことを教えてくれたのはかつてはカラヤンでしたが、現在は広上淳一の右に出る人は先ずいないでしょう。
「アニトラの踊り」の活き活きした表情、「山の魔王の宮殿にて」のグロテスクなアクセント、そして最後の「ソルヴェイグの歌」の痛切な哀しみ。凡たる演奏とは数段の差がある名曲名演に酔い痴れた一時でした。

最後に大歓声を制したマエストロ、神奈川フィルへのエールを籠めた素晴らしいスピーチで締め括ります。若い指揮者と共に成長して行くオーケストラ、地元ファンの熱い応援で演奏会を満席にして行く、それが時間は掛かるけれど、地方の宝になっていくのです。
氏が指摘されたように、ここ数年でメキメキ腕を上げている(私も確信しました)神奈フィル、現在は川瀬賢太郎常任の下、みなとみらい(Mシリーズ)、県民ホール(Kシリーズ)、音楽堂(Oシリーズ)の三つの会場で意欲的なプログラムを展開中。選曲も東京とは一味違ったものが組まれ、隣県の私も積極的に応援したい気持ちが大いに沸いてきたところです。スケジュールが合えば、これからも頻繁に聴きたいオケの一つ。

暖かい拍手に包まれ、アンコールは広上の後輩に当たる菅野裕悟が作曲した大河ドラマ「軍師官兵衛」から「天才官兵衛」と題された1曲。何でも黒田如水の死の場面で流れていたものだそうで、瞼が熱くなったのは私だけでしょうか。

 

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