日本フィル・第669回東京定期演奏会

昨日の日本フィル東京定期に入る前に2点ほど触れておきましょう。先ず最初は先日横浜でゲットしたインキネン/日フィルのナクソス盤シベリウス全集。数日間かけてじっくり聴きこみましたが、私が知っている限りでは録音・演奏とも現時点で最高の全集と言えましょう。
実際に演奏会でも接した7つの名演、録音されたものを聴いても改めてその感動が蘇ってきます。特に4番、6番、7番は圧巻で、日本フィルのアンサンブルは技術的にも音楽的にも私が学生時代から馴染んできたウィーン・フィル(マゼール)やベルリン・フィル(カラヤン)を凌ぐもの。特に透明な音場感とどこまでも広がる空気感は、シベリウス録音の極致と言えるかもしれません。これが税込5000円チョッとは、はっきり言って廉い! 暫くは今世紀最高のシベリウス全集になるでしょう。

第2は、横浜定期が終わった翌々日の20日、インキネンの次期首席指揮者就任が発表されたこと。私はマエストロの日フィル初登場となった横浜からほとんどのコンサートを聴いてきましたが、この発表には何の違和感も覚えませんでした。自然な成り行き、就任して当然でしょ、という感想。
あの時のチャイコフスキー第4から指揮者とオケは相思相愛、それは一発目の音からしてハッキリ聴いて取れる類の充実した音鳴りでしたからね。ラザレフが構築してきた重量感と安定感にインキネンは更なる緻密さと透明感を加え、恐らく数年後には世界に打って出るレヴェルも期待できそう。それは昨夜のプログラムに挟まれていたニュース速報にも明らかで、日本語版の他にも英語でのアナウンス、海外を意識したリリースでしょう。そんな予感を確信に変えてくれたのが、昨日のコンサートでした。

ブラームス/ピアノ協奏曲第1番
     ~休憩~
ブルックナー/交響曲第7番(ハース版)
 指揮/ピエタリ・インキネン
 ピアノ/アンジェラ・ヒューイット
 コンサートマスター/ヴェサ=マッティ・レッペネン(ゲスト)
 フォアシュピーラー/千葉清加
 ソロ・チェロ/菊地知也

4月定期のコンマスを務めたレッペネンという方は、フィンランド出身でニュージーランド響のコンマスを務めているゲスト。いわばインキネンの右腕で、マエストロの首席就任を祝うようなタイミングでの客演でした。

これまでインキネンは主にシベリウス、更にマーラーを取り上げてその評価を決定的なものにして来ました。しかし今回はドイツ音楽の主流と言うべきブラームスとブルックナー、果たしてフィンランド生まれの指揮者がこれをどう解釈するかが最大の注目点です。
定期初日はインキネンの就任あいさつに加えてプレトーク(舩木篤也氏)も急遽決定したとのことで、金曜日には珍しい光景も見られました。客席はビッグ・ニュースが伝わったこともあってか、いつもより華やかに賑っている印象。

両氏はステージに置かれたファツィオーリ社製のピアノの前でドイツ音楽のこと、これからの予定などを熱く語ります。
そう、今回ヒューイットが弾くのは、世界一高価とも言われるイタリアはファツィオーリのピアノなのですね。実はヒューイット、去年の12月に読響定期でトゥーランガリラを弾いた時もこのピアノ、その時から今回のブラームスも密かに期待していたものでした。正直、メシアンではオケやマルトゥノの音量に圧倒される場面も少なくありませんでしたから。
そもそもピアノフォルテという楽器はイタリア人(クリストフォーリ)が発明したもので、発展につれてドイツやアメリカの楽器に首位の座を奪われっ放しでした。そこは何事も気にしないイタリア人でしたが、一念奮起したのがファツィオーリ。手作りに拘り、透き通った音色を追求した名器が誕生することになります。

因みに今年9月、江東区の豊洲にオープンするシビックセンターにもこの楽器が設置されることが決まり、一般的なファンもこの楽器を耳にする機会は確実に増えるでしょう。このホールは舞台壁面がガラス張りだそうで、東京湾とレインボーブリッジを眺めながらコンサートを楽しむことが出来るそうな。また都内に新名所ができそうですね。
豊洲はややアクセスに難が、と思われるかもしれませんが、2020年に向けての大幅なインフラ整備も企画されていますし、申し訳ないけれど私の在所からは車で僅かな距離にあります。定員300人のこのホールも私共の活動エリアに入りそうな予感。

さてファツィオーリで弾くブラームス、これまでバッハ奏者として高名だったヒューイットにとっては初挑戦のレパートリー。ヒューイットのテンポかインキネンのそれかは知りませんが、真にゆったりとして堂々たるブラームスを聴かせてくれました。
これだけジックリと弾き込まれたブラームス第1ピアノ協奏曲はナマでは初体験でしょう。特に第2楽章の弱音(ソロもオケも)の美しさは絶品で、ファツィオーリの明るく澄んだ音色が演奏を一層引き立てていると感じます。

後半のブルックナー、正直な話、インキネンの若さと非ゲルマンという事実を考慮すれば、速いテンポで颯爽と歌い上げる演奏を予想していました。しかしこれは見事に裏切られました。
今回は前半のブラームスを含めて対抗配置。ヴァイオリンが両翼に分かれ、コントラバスは舞台下手に並びます。中央の木管群を挟んで上手にワーグナー・チューバ、下手にホルン。

冒頭、聴こえるか聴こえないかの限界にまで落とした弱音トレモロに載って、チェロとホルンのユニゾンが歌いだす位置感は、やはり対抗配置のなせる技なのでしょう。勝手に想像していた快速調ではなく、ゆったりと空間に虹が掛かる様なテーマ。
その後も往年のブルックナー指揮者を思い出させるような深々とした呼吸で第7交響曲が進みます。楽章ごとに十分な間合いを取り、四幅の泰西名画を見るよう。
特に第4楽章のクライマックス、第212小節のフェルマータ休止を長めに取ることで全奏の和音がホール一杯に響き渡る。音が無に減衰するまで待って次に進む演奏は、ブルックナー作品が教会に響くオルガンの長い残響を想い描いて作曲されたのだということに改めて思い至ります。

最後の和音の音、暫しの沈黙があったのも良かった。

ということで嬉しくも予想に反したインキネンのブルックナー。実はこの曲は同じ4月定期でカンブルラン/読響でも聴いたばかりでしたが、カンブルランの軽々としたブルックナーとは対照的。
カンブルランではブルックナーが軽々とスキップするような低山に感じられましたが(あれはあれで面白かったけれど)、インキネンでは再び高峰を取り戻したブルックナー。ドイツ音楽に対する別の一面を見せたインキネンでした。プレトークで語っていたワーグナー愛へのDNAがブルックナーにも作用するのは当然なのでしょう。

最後にホルン奏者のこと。4月にこれまで首席を務めていた日橋辰朗氏が、あれあれ、この日は舞台に。ブラームスでは第3ホルン(これが極めて重要なソロを吹く)を、ブルックナーではワーグナー・チューバのトップを受け持っていました。(先のカンブルラン/ブルックナーではホルンのトップでした)
後で事情通に聞くと、読響に転籍したのは事実ながら、日本フィルとは演奏単位で客演契約をしているのだとか。今回のホルン・トップは都響の首席(すいません、名前は判りません)奏者が実に見事なソロを客演していました。確か日本フィルも新しいホルン奏者を募集中のはずで、福川→日橋と続いた名手を見つけるのも時間の問題でしょうか。

 

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