英雄の業績

折角調べたので、忘れないうちにメモしておきます。

「英雄の生涯」の話。

先月の日本フィル定期とマエストロサロンは英雄の生涯がメイン。なかでも全体の第5部にあたる「英雄の業績」と呼ばれる箇所で、シュトラウスの前作からの引用が話題でした。

普通の解説書では、ドン・ファン、ティル、ドン・キホーテ、死と変容、ツァラトゥストラ、マクベス、グントラム、歌曲「たそがれの夢」から引用がある、と書かれています。

この解説の基ネタは、オイレンブルク版のスコアに載っているリヒャルト・シュペヒトのアナリーゼではないかと思われます。シュペヒトによれば、例示した引用は一部であって、詳しくは自身の「リヒャルト・シュトラウスとその作品」という書物を見るようにと注意書きがあります。

私はこの本を某所で実見したことがありますが、全4冊のドイツ語による大書で、持っていたとしても手に負えるシロモノではありません。

そこで、今回の演奏に先立って、楽譜に当たって見たのです。
その結果。

まず、シュトラウス自身は「英雄の生涯」のスコアに各部分のタイトルを記しているわけではありません。作品の解説を求められた機会に、そのような説明をしたのが根拠のようです。

「英雄の業績」と呼ばれる部分は、別資料では「英雄の平和貢献」ともなっておりますね。この方が適切なように思いますが、それは後で・・・。

これが具体的に何処か、については、CDに付けられたトラック番号などから判断して、スコアの練習番号85の6小節前から94の7小節前までの約82小節と看做すのが妥当でしょう。チューバが「ダダダ・ダーーーーー」という敵の無理解を表現している呟きに挟まれている箇所です。

前作品からの引用は、実はその前の「英雄の闘い」の最後でも出てきます。ホルンに出るドン・ファン?と第1ヴァイオリンと木管による同じくドン・ファン?、それに被さる低弦などのツァラトゥストラ?です。

「英雄の業績」に出るものを順番に挙げると、87から死と変容?(低弦とハープ)、同時に死と変容?(ヴァイオリン・ソロ)、87の3小節あとにドン・キホーテ?(フルートとオーボエ)、5小節あとにドン・キホーテ?(ファゴットとホルン)と?(ヴァイオリンからフルート)。

88から同時にドン・ファン?(オーボエ)と?(ヴィオラの2番プルトとチェロの4番プルト)、それにドン・キホーテ?(いわゆるサンチョパンザの主題、バスクラリネット)。88の2からティル?(クラリネット)、5からグントラム?(クラリネット)。

89から英雄の主題に重なるようにグントラム?(フルート・オーボエ・第2ヴァイオリン)、89の2からグントラム?(第3トロンボーン)。トライアングルのチンを挟んで、89の7が凄い。グントラム?(5番ホルン)・死と変容?(チューバとチェロ)・ツァラトゥストラ?(トランペット)が同時に鳴る。

90からマクベス?(バスクラリネット、ファゴット、コントラファゴット、チェロとコントラバスの1・2番プルト)、引き続きマクベス?(クラリネット、バスクラリネット、ファゴット、ヴィオラ、チェロ)。チョッと聴き取り難いけれど、歌曲「解き放たれて」(オーボエと第1ヴァイオリン)も鳴っている。90の4でマクベス?(イングリッシュホルンとホルン)。90の7には「たそがれの夢」(バスクラリネットとテノールチューバ)、これに上から降りてくるのがグントラム?(ピッコロ、フルート、クラリネット)。

91はドン・キホーテ?(イングリッシュホルン、ホルン、チェロ)が朗々と響くけれど、グントラム?(フルートと両ヴァイオリン)の広々としたメロディーも重ねられています。

92ではツァラトゥストラ?と死と変容?が同時に響くという具合でしょうか。

余談ですが、例のトライアングルのチン。英雄の業績ほぼ80小節の丁度中心、40小節目に鳴るのですぞ。これって、何か意図されているのじゃなかろうか、などと考えてしまいます。

以上、錯綜して判り難いけれど、まとめれば、

ドン・ファンから4
マクベスから3
ティルから1
死と変容から3
ツァラトゥストラから2
ドン・キホーテから5
グントラムから6
それに歌曲の「解き放たれて」作品39の4と「たそがれの夢」作品29の1

合計すると9作品26例となります。
カラヤン盤CDのブックレットに書かれたマイケル・ケネディー氏の解説によると9作品31例とあります。あと5つ。そんなにあるかなぁ。まぁ、気長に探して見ますか。

気が付くのは、歌劇「グントラム」からの引用がダントツに多いこと。スコアを丹念に調べればもっと出てくるかもしれません。
グントラムはシュトラウス最初のオペラで、台本も自分で書いた意欲作。これは完全な失敗に終わったのですが、シュトラウスには相当堪えたようです。
これが批評家との対立・確執を生む。「英雄の生涯」で描かれている執こい敵の正体です。

またグントラムは、「タンホイザー」モドキの修行者たちの話でもあります。「平和への貢献」が主題。
そしてタンホイザーこそ、リヒャルト・シュトラウスが指揮者としてオペラ・デビューを飾った作品でもあります。

こういうことをつらつら考えるに、「グントラム」に対するシュトラウスの拘りは相当なものだったのではないか。
「英雄の生涯」の作品解説にはほとんど触れられていないけれども、楽譜を眺めていてそんなことにも思いを致した次第。

となれば、グントラムが聴きたい。

先日の日経報道では、びわ湖オペラが沼尻新監督を迎えてリヒャルト・シュトラウス・シリーズを立ち上げるとか。
第一弾は「薔薇の騎士」だそうだけれども、「グントラム」の可能性有りや無きや。
まぁ、止めておきましょう。というのが大人の選択というものだろうけれど、沼ちゃん、あれで結構頑固。「英雄の生涯」の名演を思い出して、“ガンバレ、沼尻竜典!!”

グントラムが掛かれば、もう琵琶湖に行くしかないでショに。

Pocket
LINEで送る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください