日本フィル・第312回横浜定期演奏会

日本フィルの11月横浜定期は、久し振りに山下公園前の神奈川県民ホールに会場を移しての開催となりました。みなとみらいホールはこの週末、高校生ブラスバンドの大会が行われるということで、2日間は貸切り状態のようですね。
ということで、冷たい雨の中を懐かしい県民ホールに向かいます。日フィルの横浜定期はかつてここが会場でしたし、私もここで何度か聴いたことがありましたっけ。最近は首都圏でも優れたホールがいくつもオープンしましたが、私が未だ学生だった頃は、神奈川県民ホールは近郊でも有名なほど音響の良さで知られていたものです。

11月定期の目玉の一つは、次期首席指揮者インキネンのヴァイオリン弾き振りが聴けること。正直な所、この大きなホールでバッハがどのように聴こえるかと言う不安もありました。で、プログラム。

シベリウス/歴史的情景第2番 作品66
バッハ/2挺のヴァイオリンのための協奏曲ニ短調BWV1043
     ~休憩~
チャイコフスキー/交響曲第5番ホ短調 作品64
 指揮とヴァイオリン/ピエタリ・インキネン
 ヴァイオリン独奏とコンサートマスター/扇谷泰朋
 フォアシュピーラー/千葉清加
 ソロ・チェロ/菊地知也

最初に演奏されたシベリウスは、先に東京定期で取り上げられた第1番の続編で、ナマで聴けるのはレア・チャンスでしょう。東京のレポートでも紹介しましたが、シベリウスが若い頃に書いた歴史的題材に基づいたイヴェントのために作曲した素材を、後年に改編したもの。
オリジナルは7曲で構成されていましたが、終曲のフィンランディアは単独で超有名作となり、第1・3・4曲が第1番として再編。残る前奏曲と第2・5曲をオーケストレーションし直したものが、この日取り上げられた歴史的情景第2番となるのですね。3曲は夫々「狩」「愛の歌」「跳ね橋にて」のタイトルが付けられています。

一聴すれば直ぐに判るように、どれもシベリウスの個性が間違いようもなく刻印されている音楽。「狩」は文字通りホルン群の呼び交わして始まります。細かい動きとホルン・コールが何度か繰り返されますが、練習記号Jに登場する低弦の刻みはゾクゾクもの。シベリウス・ファンはこの個所で鳥肌が立つこと間違い無しでしょう。
「愛の歌」は、弱音器を付けたヴィオラで奏される冒頭のテーマが実に美しい。これに木管やハープが絡む世界は、何処か日本の古謡を思わせる趣がありました。
「跳ね橋にて」も、4声部に分割されたヴァイオリンのピチカートが面白いリズムを刻み、2本のフルートが3度音程で軽やかに踊ります。トライアングルが彩りを添えますが、ドラが微かに鳴るのは隠し味。もう一つ、珍しくも美しいシベリウスの世界を堪能できました。

続いては聴き所の一つ、バッハのドッペル・コンチェルト。指揮棒をヴァイオリンに持ち替えたインキネンが第1ヴァイオリン、コンマス扇谷が第2ヴァイオリンを担当。もちろんプルト数を大幅に減らした弦楽合奏と、チェンバロがサポートします。
予想していたような音量面の物足りなさは感じられず、特にインキネンの明るく澄みきったヴァイオリンの音色が充分に楽しめました。やはり弦楽器出身の指揮者、彼が指揮台から創り出す音色は、自身のヴァイオリンと同質のものであることに改めて感服。興が乗って次第に合奏に熱を帯びて行く様子は、バッハ鑑賞の純粋な楽しみと言えるでしょう。
それにしてもバッハ、昨今は大規模管弦楽曲に圧されてオケの定期では余り演奏されなくなってしまいましたが、バッハこそが音楽の原点。これを切っ掛けにブランデンブルク協奏曲や組曲、各種の協奏曲がもっと演奏されていくことを期待しましょう。

最後は大人気のチャイコフスキーで締め括ります。日フィルの第5交響曲といえばコバケン氏やラザレフで何度も演奏してきた名曲。しかしインキネンはインキネン。二人の先人とは異なるアプローチで、スッキリと直球勝負の本格的チャイコフスキーをホール一杯に響かせました。
ゆっくり目な出だしに続き、ストレートな表現で迫るアレグロ。何でもないようでいて、インキネン特有の新鮮さが、初めてこの曲を聴いたような感動に導きます。ホルン(客演奏者?)のソロが素晴らしかった第2楽章、しなやかで音楽する喜びに満ちた第3楽章は特に秀逸でした。ティンパニ(最近の日フィルによく登場する外人の客演奏者。名前は存じませんが、アメリカ人との噂)の妙技が全体を引き締めるフィナーレ。
思えば指揮者インキネンが日本のクラシック・ファンに鮮烈なデビューを飾ったのが、同じチャイコフスキーの第4交響曲でした。私もこの時の衝撃に接し、かつてヨーロッパが体験したであろうカンテルリやフリッチャイの初登場がこのようなものであっただろうと想像したものです。今回の第5も前回の第4と同様、一切の虚飾を排した中にもインキネン固有の個性が光る。首席指揮者としてのインキネンが、今後どのようなレパートリーを広げて行ってくれるのか、楽しみでなりません。

アンコールは日本語でのコール、シベリウスのアンダンテ・フェスティーヴォ。これは遥か昔にアレキサンダー・ルンプフという指揮者がN響で演奏のを聴いたことがあり、それ以来大好きになった小品。弦合奏に最後でティンパニーが加わる祝典的な響きを持つ音楽で、インキネン=日フィルの特質が120%発揮された美しいアンコールでした。

久し振りの県民ホール、シューボックス型の名ホールと言うべきで、オーケストラの音が一塊になって客席に届く手応えは、拡散タイプのみなとみらいホールより私には好ましい響きと感じました。時にはこのホールで演奏会を、と感じたのは私だけではなかったようです。
加えて中華街に近いという立地。元来た道を帰るのではなく、足を延ばして夕食というのが私共の昨夜のフル・コースでした。早目にゲネプロを終えたインキネンが中華街にも出没していた、という特ダネを聞いたような・・・?

 

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