読売日響・08年3月定期聴きどころ
読売日響創立45周年を記念するシーズンの最後の定期演奏会です。曲目は読響20周年委嘱作品の三善晃の「アン・ソワ・ロアンタン」を冒頭に、バーンスタインの作品を二つ、もう1曲が伊福部昭のロンドというもの。正指揮者・下野竜也が振ります。
実はこの間から考えているのですが思い当たりません、このプログラムに隠されたテーマがあるのでしょうか。三善作品の意図は判りますが、どうも他 が結びつきませんね。ということでやや的の絞り難い定期です。邦人2作品についてはスコアを見ることも叶わず、「聴きどころ」と呼べるような内容にはなり ませんので、予めお断りしておきます。
ということで、何とか格好が付きそうなバーンスタインの2曲から。
最初はヴァイオリン協奏曲の1種でもあるセレナードです。日本初演と呼べるかどうか判りませんが、定期演奏会初登場はこれです。
1987年12月11日 東京文化会館 独奏/荒井栄治 秋山和慶指揮・東京交響楽団第336回定期演奏会。この会はオール・バーンスタイン・プログラムで、この他に組曲「波止場」と交響舞曲「ウェスト・サイド物語」が取り上げられています。
楽器編成はヴァイオリン・ソロの他に、ティンパニ、打楽器5人、ハープ、弦5部です。打楽器は多数が使われ、タンバリン、シロフォン、グロッケン シュピール、サスペンデッド・シンバル、鐘(チャイム)、トライアングル、小太鼓、テノール・ドラム、チャイニーズ・ブロック2、大太鼓2でしょうか。
セレナードは全5楽章、プラトンの「饗宴」が題材になっていますね。できれば「饗宴」を読んでおかれることをお薦めします。内容は結構難しいです が、極めて面白い恋愛論です。というか、エロス(愛の神)の讃美がテーマになり、論客が次々と自説を披露していく構成。音楽もほぼこれに添って書かれてい ます。
饗宴そのものは紀元前416年にアガトーンの家で開催されたそうで、中心はソークラテース。ソークラテース54歳の頃です。演説はこの饗宴での席順に行われましたが、バーンスタインの楽章もほぼこの順序。
第1楽章がパイドロス(Phaedrus)とパウサニアース(Pausanias)、第2楽章アリストパネース(Aristophanes)、第 3楽章はエリュクシマコス(Erixymathus)、第4楽章アガトーン(Agathon)、最後の第5楽章がソークラテース(Socrates)とア ルキビアデース(Alcibiades)です。
プラトンの著作では、アリストパネースとエリュクシマコスが入れ替わっていますが、本来の席順はエリュクシマコスが先。アリストパネースがシャックリが止まらないので、先にエリュクシマコスが立つことになっています。バーンスタインは本来の順序に戻した格好でしょうか。
楽章それぞれが論客の主旨に倣って書かれているのが聴きどころ。その意味でも「饗宴」をお読み下さい。昔は岩波にありましたが、現在は新潮文庫のもの(森進一訳)が入手し易いようです。
作品を一々紹介するスペースはありませんが、概略はこんなものです。
第1楽章 前半はパイドロスの“エロスは唯一つ”という説から、主題は一つ。ヴァイオリンのソロが紡ぎます。これが作品全体を通して使われ、いわば「エロスのテーマ」。しっかり記憶しておきましょう。形式的にも真面目なフーガ。
続いてテンポが速くなり、変則的なワルツが始まります。ここからがパウサニアース。彼の主張、エロスは二人いる、という説に基づき、愛の二義性が音楽で表現されていきます。
第2楽章はアリストパネースの珍奇な説。人間は本来3種類あり、どれもが二つの個体が背中合わせだったというもの。人間の横暴を憤った神が、これ を真っ二つに割ってしまった。その結果離れ離れになった他方を慕うのが「恋愛」。3種類の人間とは、男男・女女・男女の合体というもの。
音楽も主題が3っつ。どれも二重構造になっているのもミソでしょう。音を聴くだけで判るかどうかは疑問ですが、スコアを見ると実に面白く書かれています。
第3楽章 エリュクシマコスは前者パウサニアースのエロス二人説を更に展開し、対照的な二様を説きます。音楽も従って対照的。強い音と弱い音。高い音と低い音。長い音と短い音、ってな具合でスケルツォ風フガートで書かれています。
第4楽章はアガトーンの感動的なスピーチ。音楽も3部形式で、「エロスのテーマ」を高度に利用したアダージョです。ただしブロードウェイ風の真剣 さ。冒頭にヴァイオリン・ソロが弾くのは、バーンスタインが得意にしたショスタコーヴィチ第6交響曲の冒頭テーマからの引用だそうです。と言っても気が付 く人はまずいないでしょう。この楽章の中ほどにヴァイオリン・ソロのカデンツァが置かれています。
第5楽章はソークラテースの重々しい音楽で始まります。アガトーンの楽章の中間部で使われたテーマが中心。ソークラテースの演説はディオティーマ という女性から教えられた話、という構成を取るのですが、それを表すように、ヴァイオリン・ソロとチェロ・ソロの対話が出てきます。ヴァイオリンが♭2つ で書かれているのに対し、チェロは♯2つ。ここも楽譜を目で見て気が付く「仕掛け」ですね。
音楽は突然アルキビアデースの闖入によって雰囲気が一変します。本来アルキビアデースは「饗宴」には参加していませんでしたが、泥酔状態でこの場に乱入、請われるままにソークラテース讃歌をぶち上げるのですね。
ここは変拍子一杯のジャズ。それまでの比較的シリアスな音楽とは対照的なムードで盛り上がります。初演の時にセレナードは不評だったのですが、当 時のアメリカ・クラシック界ではこういう音楽の「乗り」は嫌われていたのでしょう。現在の日本ではむしろ大歓迎、当日のソリスト、チョーリャン・リンの妙 技に喝采を贈りましょうか。
スペースがなくなってきました。交響舞曲「ウェスト・サイド物語」は理屈抜きに楽しめる音楽。簡単に。
日本のオーケストラ定期初登場は、1975年10月3日 NHKホール、外山雄三指揮・NHK交響楽団第670回定期演奏会です。
オーケストラの編成は、フルート3(3番奏者ピッコロ持替)、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、Esクラリネット、バスクラリ ネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、アルト・サクソフォン、ティンパニ、打楽器5人、ハー プ、チェレスタ、ピアノ、弦5部。打楽器は極めて多数に及びますので、ここは割愛。
このオーケストラ作品は、紹介するまでもなく、ブロードウェイ・ミュージカルの原作をコンサート用にアレンジしたもの。日本では映画で有名になりましたね。
オリジナルのミュージカル用のスコアをより拡大したものが交響舞曲。管楽器と打楽器を多数追加したのが特徴ですが、何と言ってもヴィオラを加えたことを書いておきたいと思います。そう、オリジナルのミュージカル版ではヴィオラが使われていないのですね。
作品全体は特にタイトルもなく、最初から最後まで通して演奏されます。ただしスコアの扉に概略が書かれていまして、それによると、プロローグ →Somewhere(アダージョ)→スケルツォ→マンボ→チャチャ→出会いのシーン→クール(フーガ)→ルンバ→フィナーレ(アダージョ)という区割り になっています。
聴きどころとしては「マンボ」を挙げておきましょう。ここはマンボのリズムに乗って、プレイヤー(場合によっては指揮者も)が一斉に“マンボォ!”と叫ぶ所が2箇所出てきます。
実はこれ、オリジナルの「交響組曲版」には指定がありません。それが証拠に、バーンスタイン自身がソニーに録音したレコードでは“マンボォ”は出てきません。
これは後にバーンスタインがミュージカル版をCDに再録音した際、オリジナル・ミュージカル版のスコアを出版した時に「書かれた」指示なのです ね。これが大変効果的なので、交響組曲版を演奏する時にも使っているのじゃないでしょうか。尤も私が所有しているのは、初版のシャーマー版。現在は 1995年に改訂されたものがブージーから出ていますから、あるいはそこで「改訂」されているのかもしれません。
伊福部昭のロンド・イン・ブーレスクは、月刊オーケストラ2月号の聴きどころにも紹介されているCDだけが頼りです。で、私もこれを聴いてみました。
日本のオーケストラ定期演奏会記録集を探してみましたが、この曲の演奏記録は見つかりません。今回が日本初演ということはあり得ませんが、日本のオーケストラ定期では初登場かも知れません。
管弦楽編成は、CDブックレットによれば、ピッコロ、フルート2、オーボエ2、コールアングレ、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット 2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器3人、弦5部。打楽器は小太鼓、キューバン・ティンバ レス、トムトム4、コンガ2、日本太鼓です。何といっても倭太鼓が使われているのが特徴でしょう。といってもソロ的に使われているわけではありません。
楽譜は伊福部が楽長を務めていた東京音楽大学が管理している由。今回も貸し譜で演奏されるものと思われます。
解説をそのまま転用すれば、この作品のオリジナルは1972年、東京佼成吹奏楽団の委嘱により作曲され、同年、手塚幸紀指揮の同楽団によって初演 されました。後に日本太鼓のパートを書き足し、この新版を倭太鼓と吹奏楽のためのロンド・イン・ブーレスクと名付け、東京音楽大学ウィンド・アンサンブル によって初演された(1983年)そうです。
タイトルの通り、ロンド風の構成で、ABCBADCABC <DCBDBDC> となり、<>で括られた部分に日本太鼓のリズム・オスティナートが一貫して鳴り響き、祭儀的陶酔感が醸し出される、とあります。
この4つのテーマのうち、BとCは「ゴジラ」や「怪獣大戦争」、Dは「フランケンシュタイン対地底怪獣」、Aは「わんぱく王子の大蛇退治」という夫々映画音楽に用いられているのだそうです。
私はほとんど映画に関心がありませんので、聴いていても“あぁ、あれだ”という感想にはなりませんでした。
最初にトランペットでファンファーレ風のテーマが登場し、以後リズムが執拗に繰り返されて上記ロンドが進んでいく10分ほどの作品。月刊誌にはラ イヴァル・オケの演奏によるためでしょうか、演奏者名が一切記されていませんでしたが、このCDは広上淳一指揮・日本フィルハーモニー交響楽団の演奏で す。現在でも入手可能のようですから、事前に予習されたい方はどうぞ。
伊福部作品以上に「聴きどころ」にならないのが、三善晃の「アン・ソワ・ロワンタン」です。楽譜もCDも手に入りません。
日本初演は申すまでもなく、読売日本交響楽団の創立20周年を記念したコンサート。1982年12月8日 東京文化会館 ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス指揮です。日本語題は「遠き我ながらに」。読響小史をご覧下さい。
楽譜は全音のレンタルになっていまして、その情報によれば、楽器編成はフルート3(2番奏者ピッコロ持替、3番奏者アルトフルート持替)、オーボ エ3、クラリネット3、ファゴット3(3番奏者コントラファゴット持替)、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、打楽器6人、チェレス タ、ハープ2、ピアノ、弦5部となっています。打楽器についての詳述はありません。演奏時間20分。
判明したのはこれだけ。初演の時のプログラムを上野の音楽資料室で閲覧しようかと思いましたが、それはさすがに当日のプログラムに再録されるでしょう。それに三善氏の文章は大変難しく、私にはなかなか理解できません。
これでオシマイ、というのでは能がありませんから、三善晃のオーケストラ作品を列記し、日本のオーケストラで初めて演奏された記録を紹介することで今回の聴きどころに代えましょうか。ただし、2000年までの記録です。
協奏的交響曲(ピアノと管弦楽のための)(1954)
1955年 N響 ニクラウス・エッシュバッハー 高良芳枝
交響三章(1960)
1960年 日本フィル 渡邉暁雄
ピアノ協奏曲(1962)
1963年 N響 外山雄三 本荘玲子
管弦楽のための協奏曲(1964)
1965年 N響 岩城宏之
ヴァイオリン協奏曲(1965)
1966年 N響 外山雄三 江藤俊哉
変容抒情短詩(1969)
1970年 都響 森正
マリンバ協奏曲(1969)
1971年 都響 森正 安倍圭子
祝典序曲(1970)
1972年 読響 若杉弘
チェロ協奏曲(1974)
1975年 都響 秋山和慶 堤剛
オーケストラのための「レオス」(1976)
1976年 京響 ニクラウス・ウィス
オーケストラのための「ノエシス」(1978)
1978年 東フィル 尾高忠明
アン・ソワ・ロアンタン(1982)
1982年 読響 ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス
童声合唱とオーケストラのための「響紋」(1984)
1985年 N響 外山雄三 東京放送児童合唱団
ヴァイオリンと管弦楽のための「アン・パサン」(1986)
1986年 読響 外山雄三 数住岸子
交響詩「連祷富士」(1988)
1988 新日フィル 小澤征爾
四手ピアノと管弦楽のための「樹上にて」(1989)
1990年 札響 堤俊作 米田ゆかり 水月恵美子
魁響の譜(1991)
1991年 N響 ヴォルフガング・サヴァリッシュ
オーケストラのための「夏の散乱」(1995)
1995年 新星 沼尻竜典
管弦楽のための「霧の果実」(1996)
1997年 日フィル 広上淳一
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