日本フィル・第676回東京定期演奏会

日本フィル、今年最後の東京定期は久し振りに尾高忠明が得意の英国作品と、ロマン派の大交響曲というプログラムを振りました。前半の2曲は滅多に聴くことのできない協奏曲で、何れも日フィルのメンバーがソロを披露します。

フィンジ/クラリネットと弦楽のための協奏曲 作品31
ヴォーン=ウイリアムズ/バス・テューバと管弦楽のための協奏曲へ短調
     ~休憩~
シューベルト/交響曲第8番ハ長調「ザ・グレート」
 指揮/尾高忠明
 クラリネット/伊藤寛隆
 テューバ/柳生和大
 コンサートマスター/扇谷泰朋
 フォアシュピーラー/千葉清加
 ソロ・チェロ/菊地知也

最初に紹介されたフィンジ Gerald Finzi (1901-1956) は名前すら殆ど知られていませんでしたが、最近になってブージー出版社が次々とスコアを出版。ナクソス・レーベルも積極的に録音を開始したことで、好楽家の間で俄かに話題になっている作曲家です。
とは言え、日本では知る人ぞ知る。恐らくこの日もほとんどの会員が初体験だったと思います。私もCDなどでいくつかの作品は知っていましたが、ナマ演奏は間違いなく初めての機会でした。

フィンジは20世紀前半の人ですが、若死にしたために作品数は決して多くありません。古書の収集とリンゴの栽培が趣味だったという変わり者で、結婚を期に田舎暮らしを選択したというのも、長くローカルな存在だった原因でしょう。
しかし漸く日本でも光が当たり始めたようで、当夜のクラリネット協奏曲を皮切りに、来年4月には下野竜也も読響定期で「Intimations of Immortality」という合唱作品を取り上げます。私もブージーからスコアを取り寄せ、目下予習中といった所。

さて今回演奏されたクラリネット協奏曲は1948年から1949年にかけての作品で、1949年9月9日にロンドン交響楽団によって初演されました。ソロはフレデリック・サーストン、作曲家自身の指揮。
3楽章から成り、演奏時間は25分と指定された相当に聴き応えのする大作で、弦楽合奏は主に8声部に分割されます。第1楽章はハ短調を主体とした暗めのアレグロで、短いカデンツァのあと一気に終止へ。第2楽章は瞑想的なアダージョですが、弦のシンコペーションに乗って切々と歌うソロが創るクライマックスが白眉。
第3楽章は一転して親しみ易いアレグロで、ここはフィンジが暮らしたバークシャーの田舎道を行くよう。と言っても自動車でのドライヴではなく、自転車を漕ぎながら風を一杯に受けながら、という趣。

ソロの伊藤は日本フィルの顔。奇しくも尾高氏と同じ鎌倉生まれということを今回初めてプログラム誌で知りました。これからのクラリネット奏者にとって、フィンジは欠かせない作曲家になっていくでしょう。
なお、フィンジには編曲作品ですが「クラリネットと弦楽のための5つのパガテル」という小品集があって、この中の1曲を何時だったか英国プロムスのアンコールで聴いたことがあります。プロムス常連の尾高さん、もう一丁、という勢いでアンコールしてくれても良かったかも・・・。

55歳で早逝したフィンジに対し、次のヴォーン=ウィリアムズは86歳まで長生きした作曲家(フィンジの生涯はスッポリ入ってしまう)。親子ほども違う世代ですが、ヴォーン=ウィリアムズはフィンジの就職の世話をしたこともありますし、後年は二人で一緒に旅行したこともある間柄。二人の死後半世紀を経て東京で再開したコンサートだったとも言えそうです。
そのヴォーン=ウイリアムズでもチューバ協奏曲は珍しい作品でしょう。そもそもチューバ協奏曲というジャンルは作品数も少なく、ダニエルズ辞典でも4曲が挙がっているだけ。その中で名前を知っているのはヴォーン=ウイリアムズだけで、チューバ奏者にとっては必須のレパートリー。

この協奏曲は作曲者82歳の時の作品で、1954年6月13日にフィンジ作品同様ロンドン交響楽団が初演。こちらは同響のメンバーだったフィリップ・カテリネットのソロ、バルビローリの指揮でした。
これまた3楽章構成ですが、演奏時間はフィンジの半分も無く、12分ほど。「日本的な雰囲気もある」とプログラムに紹介されていた第1楽章と、「ドイツ風 alla Tedesca」と記されたロンド形式の第3楽章とには夫々短いカデンツァがありますが、やはり聴き所は最も長い(と言っても5分)第2楽章のロマンス。“テューバがこんなに美味しい旋律を吹いても良いのか”(柳生)というメロディーが魅力でしょう。

ところで、テューバが占めた位置はヴィオラの前。最初は何でここで吹くのかと思いましたが、理由は簡明。楽器のラッパが客席に向くのがこの方向だからなのでしょう。そのラッパは上に向かって開いていますから、この楽器に限っては2階の右側の座席で聴かれた方が最もテューバの音色を楽しめたはず。
ヴォーン=ウイリアムズは積極的に珍しい楽器を使っていた人で、オラトリオ「ヨブ」のサクソフォン、南極交響曲のヴィブラフォンと風音器など枚挙に暇がありません。中にはハーモニカをソロにした作品もありましたっけ。これを機に、珍楽器協奏曲シリーズなどというのも企画しては如何?

最後は誰でも知っているシューベルトのグレート。改めて説明を要しない名曲です。このシンフォニーで必ず引き合いに出されるのが、「天国的な長さ」。
尾高は比較的速目のテンポ、最小限の繰り返し実行で「長さ」を感じさせる寸前で食い止めました。リピートは第3楽章スケルツォの前半と、トリオの前半のみ。有名な録音ではフルトヴェングラーと同じ処理です。

通常の状態で聴けばダイナミクスも、弛緩しない流れも見事な演奏と言えるでしょう。しかし個人的には京都で圧倒的な演奏に接して間もない耳、どうしても比較してしまうのは凡人の性というもの。良く言えば中庸な表現という感想に留まらざるを得ませんでした。

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