読売日響・第554回定期演奏会
今年最初となる読響定期は、私にとっては初物がズラリと並ぶ興味深いプログラム。漸く冬らしくなった寒さ、凛とした空気を楽しみつつサントリーホールに向かいます。
R.シュトラウス/交響詩「ドン・ファン」
リスト/ピアノ協奏曲第2番
~休憩~
ツェムリンスキー/交響詩「人魚姫」
指揮/ミヒャエル・ボーダー
ピアノ/フランチェスコ・ピエモンテージ
コンサートマスター/長原幸太
フォアシュピーラー/小森谷巧
1月の指揮者はドイツ人指揮者のボーダーという人で、読響には初登場の由。初台の新国立劇場ではフィデリオとオランダ人を振ったとのことですが、私は初台からは足が遠のいてしまっているので、今回が初体験です。
池袋・芸術劇場の新世界をメインにしたコンサートは完売だったそうですが、定期では折角珍しい作品が聴けるのに空席が目立っていました。客足はこの後に控えているミスターSのブルックナーに吸い取られてしまったのでしょう、真に残念なことですネ。
一見すれば判るように、定期の演目はコテコテのドイツ音楽で、ボーダーの真価はこちらでこそ発揮されようというもの。初演の年代が最も古いのがリストの1857年で、32年後の1889年がシュトラウス、更に16年後にツェムリンスキーが初演されていますから、今回の3曲はほぼ半世紀の間に書かれた作品ということになります。
シュトラウスとツェムリンスキーは当時の音楽界最前線で活躍していた誼でもあり、共に最後は主人公が死ぬという筋書きを持つ交響詩という点でも共通していますから、地味ながらも一筋通った選曲と言えるでしょう。
初めて見るボーダー、その経歴からも想像できるように、如何にもドイツのカペルマイスター風の印象。カリスマ性とは無縁で、目の前の仕事を誠実にこなすタイプと聴きました。
冒頭のシュトラウスも、淡々とした歩様を一歩も踏み外さない的確な棒で、サプライズも無い代わりに居心地の悪さが入る隙も全く無い堅実な演奏。ボーダーも、これは先ず名刺代わりです、と言わんばかりにサッサと舞台裏に引き揚げてしまいました。カーテンコールは1回だけ。
続いて登場した長身の若手ピアニストは、スイス生まれのピエモンテージ。読響との共演は今回が初ですが、2013年には都響とベートーヴェンの4番、2014年にもN響とベートーヴェンの1番を共演しています。私は都響ともN響とも接点が無いので、指揮者と同じく初体験でした。
しかしその演奏は2014年プロムスの実況で聴いており、その時はシュトラウスのブルレスケとモーツァルトの珍品に属するロンド。特にシュトラウスでのテクニックに唖然とした記憶があります。
今回初めてナマ演奏に接しましたが、冒頭からスタインウェイの魅力を最大限に引き出すテクニックに感服。今月末からロンドンのヴィグモア・ホールでモーツァルト・シリーズをスタートさせる予定になっており、あるいはBBC3でライヴがネット中継されるかもしれません。これから増々接する機会が増えそうなピアニストです。
もちろんアンコールもあり、同じリストの巡礼の年第1年「スイス」から第2曲の「ワレンシュタット湖畔で」。自身の故郷スイスに因んだアンコールをする辺り、チョッとした洒落っ気の持ち主なのでしょうか。
休憩を挟んで演奏されたのが、私にとっては最大の聴きモノであるツェムリンスキーの人魚姫。アンデルセンの有名な童話を題材にした3楽章から成る大作ですが、その経緯はかなり複雑と言えるでしょう。
当日のプログラム誌に掲載された曲目解説は、どうやら暫く前の情報が利用されたようで、最新の解説としては些か情報不足の感は否めません。
実は人魚姫、この解説によれば「初演の後、80年近くも再演の機会に恵まれず、長く忘れられていた」もの。その後、楽譜の所在も不明になっていましたが、シェーンベルク生誕100年を契機にツェムリンスキーの再評価が始まり、楽譜が発見されて蘇演されたのが1978年のこと。
この再発見版による演奏は日本でも若杉弘と都響で日本初演されたり、N響でも度々取り上げられたりしましたが(残念ながら私は何れも聴いていません)、更に最近になって新たな進展があったのです。
それが2013年にユニヴァーサルから出版されたクリティカル・エディションで、読響定期の前日に私の元にもアカデミア・ミュージックからニュース・レターが届いたばかりというホヤホヤの情報です。
これはアントニー・ボーモント Antony Beaumont が校訂し、第2楽章に付いては従来演奏されてきた版(改訂稿)と共に、ツェムリンスキーがカットしたという17ページ分を復活させたオリジナル・ヴァージョンを並列して収録し、一般のファンにも販売譜として提供する新しいスコアなのです。
演奏会前日の案内では購入して予習、というワケにも行かず、ほぼ無菌状態でコンサートに出掛けました。
このスコア、種を明かせばネットで閲覧することも出来ますし、ボーモントによる序文も読むことが出来ます。それによれば、読響のプログラムに書かれた記事とはかなり違う個所もあり、どちらが正しいのかは私が判断することではありません。
例えばプログラムでは、初演は1回だけでベルリンの再演は作曲者自身がキャンセルしたと読めますが、新版の序文では初演の後ベルリンとプラハでも演奏され、少なくとも生前は3回演奏されたと記されています。蘇演の年代にも6年の相違がありますね。
このネット版はスコア全体も閲覧可能で、ツェムリンスキー好きは是非とも見るべし。スコア購入はその後でも十分でしょう。↓
ということで、解説にはケチを付けたようで申し訳ありませんが、今回のボーダー/読響による演奏は、指揮者の的確な指示とオーケストラの豊満かつ充実した響きで十二分に説得力のある人魚姫になっていたと思います。
残念ながらスコア片手に鑑賞できなかったため、今回の第2楽章が改訂稿なのかオリジナル版だったのかは断言できません。多分オリジナルのカット以前に戻した版だったのでは、と想像します。であれば、今回がオリジナル版の日本初演だったはず。
いずれにしても、読響事務局にはもう少し情報提供面での努力があって欲しいと感じました。
昨今の指揮者は演奏後、オケの各プレイヤーやセクションを起立させて観客の喝采に応えさせるのが常ですが、ボーダーはその手の愛嬌は一切無し。僅かにコンマスにエールを送っただけで、オーケストラ全員を立たせ、指揮者は指揮台と舞台裏を往復するだけというシンプルなカーテンコールでした。却ってスッキリしていて、この方が良いかも。
なおユニヴァーサルの同サイトによれば、このあと人魚姫の演奏予定は切れ目なく続き、3月には山田和樹がマレーシアで2回指揮しますし、7月末には福岡のアマチュア・オケが挑戦することになっているようです。もう一度ナマ演奏で接したい方は、ユニヴァーサルの新版をゲットし(1万円チョッとです)、夏の福岡に遠征すべし。
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