サルビアホール 第54回クァルテット・シリーズ

鶴見サルビアホールのクァルテット・シリーズの第17シーズンがスタートしました。今年は同ホール開館5周年に当たり、3月からは記念フェストがスタートしますが、当シーズンはその前夜、いつものように3回セットが組まれています。
1月27日は、サルビア初登場となるダヴィッド・オイストラフ・クァルテット。間違っていたらゴメンナサイですが、鶴見ではロシアの四重奏団も初めてじゃないでしょうか。

チャイコフスキー/弦楽四重奏曲第1番ニ長調作品11
シューベルト/弦楽四重奏曲第12番ハ短調D703「四重奏断章」
     ~休憩~
メンデルスゾーン/弦楽四重奏曲第2番イ短調作品13
パガニーニ(ベルーギン編)/24のカプリース作品1~第20番・第1番・第24番
 ダヴィッド・オイストラフ・クァルテット David Oistrakh Quartet

団名はもちろん往年の巨匠オイストラフの名を冠したものですが、2012年にオイストラフ家から名称の使用を許可された由。直接血の繋がりがある訳ではありません。「オイストラフ四重奏団」という団体は以前、オイストラフ自身が仲間と室内楽を演奏するために結成したグループがありましたが、それとは全く別の団体。
CDを検索しても未だ1枚もリリースされていないようですし、日本ではほとんど知られていない(はず)団体、名匠の名前を利用する怪しげなグループではないかという不安も抱えながら出掛けました。
しかしその疑いは完全に間違っていました。恐れ入谷の鬼子母神でしたね。

最初に彼等のプロフィールですが、プログラムに紹介されていた内容は英語版のホームページとほぼ同じですから(多分これがベースなのでしょう)、先ずはこれをご覧あれ。

http://www.oistrakhquartet.com/-/english/

このサイトにあるビデオをクリックすると、ベートーヴェン、ショスタコーヴィチ、チャイコフスキーの演奏動画を見ることが出来ます。このうちベートーヴェンとショスタコーヴィチの3番ではセカンドが今回来日したメンバーとは別人で、明記されてはいませんが、恐らく現在のメンバーと交替したのでしょう。
以前のセカンドは他のメンバーより年長のようで、セルゲイ・ピシュージン Sergey Pishugin であることが、このホームページで確認できました。
で、今回のメンバーは、ファーストがアンドレイ・バラーノフ Andrey Baranov 、セカンドは若いロディオン・ペトロフ Rodion Petrov ヴィオラがフェドル・ベルーギン Fedor Belugin 、チェロにアレクセイ・ジーリン Alexey Zhilin という面々。

正式な結成年は判りませんが、演奏履歴は2013年の夏からになっており、彼等の風貌から見ても結成間もないグループだろうと想像されます。因みに幸松辞典には未掲載。今回は名古屋の宗次、前日の武蔵野、そして鶴見の3か所で演奏したようで、プログラムは全て同じだったみたい。
こちらに疑いの先入観があったせいか、登場した4人はバラバラの印象。背の高さ、髪の色、お辞儀の仕方などに統一感が全く感じられません。椅子を見ると、ファーストとヴィオラはやたらに高く設定されており、彼等の表情も硬さが見られます。何人かは来日経験もあるようですが、クァルテットとしては初めてという緊張感もあったのでしょう。

そもそもこの演奏会は、シューベルト→メンデルスゾーン、休憩を挟んでチャイコフスキー→パガニーニという予定でした。それが団の意向で上記の内容に変更。いずれにしても最後にパガニーニという選曲、何となく紛い物という印象を持つじゃありませんか。
恐らく前半にドイツ音楽を並べたのでは、休憩の後は皆帰ってしまうのでは、と懸念したためかと勘繰ってしまいました。それで得意のチャイコフスキーから初めて、聴き手を繋ぎ止めようという戦略か・・・、と。
その前半、最初からビフテキ級のチャイコフスキーが供され、普通ならコンサート・オープナーになるシューベルトが2曲目。このメニューはかなり変わっています。

しかしそのチャイコフスキーが凄かった。先ず音量が尋常ではないし、作品に載せるパッションの異常なほどの熱さ。これまでチャイコフスキーは日本人グループや西側ヨーロッパ系の団体で多く聴いてきましたが、オイストラフのチャイコフスキーは生粋ロシア人による演奏。昨今の知的なアプローチとはかなり異なった表現で、なるほどチャイコフスキーはこういう具合に演奏するものだという説得力に感服してしまいました。
例えば8分の9拍子で書かれた第1楽章の第2主題には1小節だけ8分の12拍子の小節が紛れ込みますが、この変拍子が全く自然で、何の違和感も感じさせません。2拍子と3拍子が交替する5拍子音節の第2楽章(アンダンテ・カンタービレ)も同じ。
終楽章で第2主題が提示部ではヴィオラに、再現部ではチェロに出る手法、一つの旋律線がファーストとセカンドに交錯する書き方など、これぞチャイコフスキー節。オイストラフQにかかると、それが恰もシンフォニーの如く朗々とホールを揺るがせて行くのでした。

大熱演にも拘わらず涼しい顔で再登場した4人、まるで箸置きの一品の様にシューベルトを提供。不思議なことに四重奏断章はサルビア初登場でしたが、これまで聴き慣れたシューベルトとは趣の異なるアパッショナートなアプローチ。ドイツ系演奏を規範とする聴き手には若干違和感があったかも知れません。
それにしてもこの楽章、何処となくジェレミー・ブレットが主演したシャーロック・ホームズ・シリーズのテーマに似ていませんか。あれはレッキとしたクラシック畑の作曲家パトリック・ガワーズ Patrick Gowers (1936-)が書いたものですが、案外シューベルトが土台になっているのかも。ロシアと言えばミステリー、という当方の思い込みがそう感じさせたのかな?

後半を開始したメンデルスゾーンもシューベルトと同じで、これまで聴き慣れてきたメンデルスゾーンとは一線を画すもの。以前にここで聴いたミンゲットQもかなり大胆なアプローチでしたが、オイストラフはそれを上回るもの。メンデルスゾーンと言うよりチャイコフスキー編とでも呼びたいような演奏でした。
2番の第2楽章、中間部の終わりでファーストにカデンツァ風のパッセージが登場しますが、これなど殆どチャイコのヴァイオリン協奏曲。端正なメンデルスゾーンを期待していた人はさぞかし肝を潰したことと想像します。

と、ここまでは比較的大人しかったオイストラフQ、この後が大変です。
先ず演奏会の締め括りに弾かれたパガニーニのカプリスは、ヴィオラのベルーギンが弦楽四重奏用にアレンジしたもの。編曲者のコメントでは、「ヴァイオリニストに要求される高度な技巧を要求される部分はそのまま活かし、パガニーニの様式を出来る限り変えずに弦楽四重奏に移す」ことを念頭に置いた、とありましたが、ファーストの妙技を3人が支えるというようなスタイルではありません。
4つのパートが縦横無尽に入り組み、そこは過激なテクニックの披露合戦。大人しそうに見えたセカンドのペトロフ、どうしてバラーノフと渡り合って堂々の丁丁発止。これには「口あんぐり」状態で見入るしかありませんでした。

唖然たるテクニックと、圧巻のパワー。いきなりビフテキから始まり、箸置きを経て次は山盛りのローストビーフという献立。最後のパガニーニ3曲は纏めて弾かれたのではなく、1曲づつ起立・拍手と続き、殆どアンコール感覚でした。
もちろん本当のアンコールも用意されていて、一つはショスタコーヴィチの第3弦楽四重奏曲から情念が疾駆する第3楽章。客席の拍手はこれでは収まらず、もう一つショスタコーヴィチで、弦楽四重奏のための2小品からポルカ。こちらは当初予定していなかったのか、セカンドが譜面を取りに舞台裏に引き返す場面も。

二つのアンコールの完璧なテクニック、ユーモアとアイロニーをタップリ効かせた表現は、最高級のデザートだったと言えそう。そのデザート、パガニーニから数えればショートケーキ、チョコレートケーキ、ティラミスを立て続けに平らげたようで、流石に満腹状態。
思うに、ロシア人のパワーはとても我々には真似できるものではありません。最初から最後までエンジン全開、ホールのサイズなどお構いなく最大限のパワーで埋め尽くしてしまう容赦無さ。その音楽に異を唱えるファンもあるでしょうが、このエネルギーには誰もが圧倒されたはず。
いやぁ~、御馳走様でした。次はショスタコーヴィチをタップリ聴かせて下さいな。

最後に一つ。冒頭で未だCDは無いと書きましたが、近日中に今回も演奏したパガニーニを含めたデビュー盤がリリースされるとのこと。次の来日まではこれで我慢しておきましょうか。

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