第351回・鵠沼サロンコンサート

2月に続いて今月も鵠沼のサロン・コンサートを聴いてきました。ロータス・クァルテットは鶴見でも聴くので当初はパスしようかと思っていたのですが、シューベルトの最後のクァルテットを間近で聴く機会を逃す手は無かろう、ということで直前になって参加を決めたのです。
で、やはり行って大正解でしたね。以下の極めて重いプログラムでしたが、弛緩する個所は一つも無く、実に充実したプログラムを満喫できました。

ヴォルフ/イタリア・セレナード
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第7番ハ長調作品59-1「ラズモフスキー第1」
     ~休憩~
シューベルト/弦楽四重奏曲第15番ト長調D887
 ロータス・クァルテット

ロータスQはご存知のように日本人プレイヤーを中心に結成されたグループですが、本拠地はシュトゥットガルト。「東京クァルテット以来、日本が生んだ国際的な常設の弦楽四重奏団として唯一の存在」であり、師であるメロス・クァルテットの後継団体としてドイツの伝統精神を受け継ぐ稀有な存在でもある、ということでしょう。
聞く所によると今年は二回の「日本ツアー」が計画されているようで、今回の「来日」では三重・大阪・兵庫の関西圏からスタートし京都、名古屋と北上。今週から東京圏に乗り込み、ツアーの最後は札幌で締め括られる由。プログラムの中心はベートーヴェンとシューベルトで、正にドイツ音楽の王道を聴かせてくれます。
関西も東京もチケットは完売と言うことでしたが、鵠沼は隠れ里的雰囲気があり、流石にサロンが一杯になるには至りませんでした。逆に言えば、こんなアットホームな空間で世界的なクァルテットを彼等の息遣いと共に堪能できるスペースは他に無く、最高の贅沢と言えるでしょうネ。

3月8日は気温も上昇、天候にも恵まれていたことから鎌倉散歩を組み合わせてゴージャスな一日を楽しむことにしました。
今回選んだのは、梅で名高い北鎌倉駅に近い東慶寺。梅は既に盛りを過ぎていましたが、鎌倉時代から駆け込み寺として知られてきた古刹を歩きます。境内には梅の他、山茱萸、ミツマタ、白木蓮、黄梅などが見られ、気候に誘われてモンシロチョウが一頭、今年の所見となりました。
他にキチョウも見掛けましたし、遠目で確認は出来なかったものの、コツバメではないかと思われる春先だけの蝶も・・・。ベートーヴェンとシューベルトを味わう序曲としての舞台が整います。

ロータスが鵠沼に出演するのは、平井・プロデューサーによればラーラ・ビアンケ(現在のレスプリ・フランセから海寄りに少し行った所)時代から通算すれば6回か7回にもなるとのこと。湘南のクラシック・ファンにとってはお馴染みで、シュトゥットガルトと同じ、いやそれ以上の環境かも知れません。
今回は本物の序曲、ヴォルフがアペリティフとして供されます。

そして、その後が凄い。本来ならメインに置かれるのが当たり前の大曲・ラズモ1番が演奏され、繰り返しは省略されたとはいえ、大熱演に演奏会はこれで終了したかのような充実感に包まれます。
この日は気温がかなり高かったこともあり、休憩時の飲み物サービスでは躊躇うことなくジンジャーエールを選んでしまいました。

後半はシューベルトの大作。この日はこれが聴きたくて出掛けたので、舐めるようにシューベルトを聴き尽くします。ウィーン生まれの楽聖晩年の傑作群は俗に「天国的な長さ」と評されますが、ロータスの演奏で聴くと、天国的というよりも「悪魔的な長さ」という印象で、シンコペーションとトレモロの激しさは、シューベルトに悪魔が乗り移ったのだと感じるほど。
シューベルトはメロディーこそ美しいものの構成力に欠ける、というお決まりの台詞を吐く専門家が多いのですが、個人的にはシューベルトの楽曲構成法は彼独自のスタイルで、先人たちの所謂ソナタ形式とは別物と考えた方が良いと考えています。メロス譲りでもあるロータスのシューベルトは、その独自性を際立たせた演奏という感想を抱きました。
音楽史の上でシューベルトは32歳で没したことになっていますが、実はシューベルトに乗り移った悪魔は、その後ブルックナーに乗り移り、あのトレモロと耽美的なメロディーで蘇ったのでしょう。最後のクァルテットの凄さは、既に後期ロマン派を先取りしていることにあると思います。

こんなことを言っては失礼ですが、鵠沼でこれほど本格的なコンサートが継続していることには改めて驚かざるを得ません。これは、サロン・コンサートには有り勝ちな名曲オンパレードではなく、あくまでも本格的なプログラムと演奏内容に徹してきたからこそ長年に亘って続けられてきたと思慮します。
加えて、鵠沼には知識人・文化人が数多く棲み付いてきたという土地の伝統も与って寄与しているのではないでしょうか。二つの要素が適度に配合され、今日の湘南・鵠沼に息づいている。もっと注目されてよいサロン・コンサートです。

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