エクの新シリーズ

桜の開花を目前にして寒が戻る中、久し振りに晴海の第一生命ホールに出掛けました。クァルテット・エクセルシオがこのホールで続けてきた企画物の新シリーズを聴くためです。
通称「エク」はここでラボ・シリーズをスタートさせ、その後クァルテット・プラスという企画を5年間続けてきましたが、今年から始まるのが「アラウンド・モーツァルト」という新たな試み。モーツァルトと、その同時代の音楽を共に聴きながら天才作曲を考えようという企画です。
その第1回が、3月13日に行われた以下のプログラム↓

サンマルティーニ/弦楽のためのシンフォニア ト長調
モーツァルト/弦楽四重奏曲第6番変ロ長調K159
サリエリ/4楽器によるフーガ風スケルツォ~第2・4曲
モーツァルト/弦楽四重奏曲第14番ト長調K387「春」
     ~休憩~
モーツァルト/弦楽五重奏曲第3番ハ長調K515
 クァルテット・エクセルシオ
 第1ヴィオラ/柳瀬省太

ところでクァルテット・エクセルシオ、去年はファースト西野が腕の療養のため長期休演。4月以降はピンチ・ヒッターを依頼したり、三重奏曲をプログラムに据えて試練を乗り切ってきたことはご存知でしょう。
その西野が復帰を果たしたのが今年の1月。既に栃木・直方・延岡・入善・横浜などで4人揃ったコンサートを開始していましたが、都心での復活はこの晴海が最初となりました。
私的な演奏としては活動の主体であるNPO法人の総会に先立ってベートーヴェンの6番を披露しましたが、一般のファンが聴けるのは「アラウンド・モーツァルト」が復活第一弾、ということになります。待ちに待ったファンも多かったことでしょう。

舞台に登場した4人、女性3人は何れも桜を意識した淡いピンク色の衣裳で、復活を祝う様。何処となく華やかな雰囲気も漂っていました。

最初に紹介されたサンマルティーニ。私は昔から使われていた「サマルティーニ」という呼び方の方がしっくり来る世代ですが、実はサンマルティーニは二人いて、この日取り上げられたのは弟のジョヴァンニ・バッティスタ・サンマルティーニ Giovanni Battista Sammartini の方。
7歳ほど年上のジュゼッペ・サンマルティーニ Giuseppe Sammartini はロンドンで活動したため俗に「ロンドンのサンマルティーニ」と呼ばれ、弟はミラノを本拠にしていたので「ミラノのサンマルティーニ」と呼ばれていました。
兄は保守的なロンドンに住んだ所為か作風は完全なバロック・スタイルでしたが、弟は先進的なミラノにいたため作風はモダン。あのグルックの先生だったこともあるので、その先進性も想像できるでしょう。モーツァルトが弟サンマルティーニを識って影響を受けたのは第5次楽旅、最初のイタリア訪問の際で、モーツァルト14歳の時でした。

サンマルティーニにはシンフォニアと呼ばれる作品がいくつもありますが、この日演奏されたのはト長調で4楽章制のもの。第2楽章のグラーヴェは間奏風の短いもので、第4楽章もプログラムの解説(山野雄大氏)によれば後からの付加とのこと。
楽譜を見ていないので確かなことは判りませんが、今回のJ-C39と通し番号が付けられた作品は、弦楽四重奏で演奏できるようにアレンジしたものじゃないでしょうか。
NMLでは3種類の演奏が配信中で、内2種類はチェンバロを含めた壮大な弦楽合奏による録音、もう一つがエクと同じ弦楽四重奏による演奏です。ナクソス会員の方は確認して下さい。

サンマルティーニに続いて弾かれたモーツァルトは、そのミラノ滞在を終えたばかりで書いたK159。モーツァルト初期はかつてエクが連続して紹介してきた作品群で、私も試演会参加初期も含めて複数回聴いたことがあり、今回も懐かしく再演を楽しみました。
サンマルティーニを終えて答礼し、そのまま着席してK159が続けて演奏されたのは会の趣旨に沿ったもの。2曲のあと一旦舞台を下がり、少し時代を下ったサリエリとK387が続けて演奏されます。

サリエリは戯曲によってスッカリ有名になってしまいましたが、モーツァルト毒殺説は冤罪。それでも昔からプーシキンの劇詩や、これに基づくリムスキー=コルサコフのオペラもあった程で、何某かの噂はあったのでしょう。天才と凡才の葛藤、と言ってはサリエリには失礼か・・・。
つい最近モーツァルトとサリエリが共作したという作品が発見されたというニュースが飛び交いましたが、今回の企画は偶然とは言え、時宜にかなったものと言えそうです。
サリエリ作品をナマで聴く機会は余りありませんが、今回の一品は4声部のために書かれた器楽曲。こういう作品があるということすら初めて知りましたし、どうやらNMLでも聴けない珍品のようです。

今回取り上げられたのは4つある楽章の中から第2曲アレグレットと、第4曲アレグロ・スケルツァンティッシモ。何と言っても第4曲が面白く、まるで4羽のシジュウカラが「ツツピー」と啼き交わしているような諧謔的(スケルツォ)音楽。これを聴いている限り、サリエリは憎めない人物ですね。
なおペトルッチのサイトで手書きライブラリーが閲覧できますが、昔の筆跡なので判明困難な代物。恐らくこの曲で間違いないでしょう。こちらも興味ある方は是非ご覧ください。

前半の最後は名曲中の名曲。ハイドン・セットの第1曲として出版されている作品ですが、私はモーツァルトの弦楽四重奏曲で1曲と言われれば躊躇いなく387を選びます。
エクの演奏は極めて自然な流れ、モーツァルトの天才が改めて浮き彫りになりました。流麗な中にも陰影が浮かび上がり、春が耳の中で踊っているよう。
あまりの心地良さに、第2楽章の終わりでは客席から通奏低音の様な低いバスの響きが共鳴。これはご愛嬌でしょう。

コンサート後半は柳瀬氏を迎えての弦楽五重奏。その前に柳瀬氏本人にセカンド山田氏がインタヴューするという場面も設定されていました。チェロの大友氏と柳瀬氏は小学校5年生からの同級生だったのだそうで、“省ちゃん”“はっちゃん”の間柄だったとか。エクに最も近い方にも初耳のエピソードだったようです。

その五重奏、いつものエクの並びとは異なり、チェロ大友を中心に上手にヴィオラ二人、下手にヴァイオリン二人が座るというスタイル。ま、この並びしかないでしょう。今回は柳瀬氏が第1ヴィオラを受け持ち、外側に座ります。
やや柳瀬ヴィオラが勝つ様な印象もありましたが、先日聴いたばかりのシューベルトの五重奏とはまた違った弦楽四重奏プラス・ワンの醍醐味を味わいました。

アンコールは不要。演奏を終えてロビーに出ると、今回の五重奏は演奏者の意向でアレグロ→メヌエット→アンダンテ→アレグロの順に演奏しました、という掲示が。
私は普段からこの楽章順で馴染んできましたし、手元のブライトコプフ全集版もこの形で印刷されています。ということは、第2楽章と第3楽章を入れ替える説があり、その形での出版もあるということでしょうか。実際プログラムの解説でも第2楽章は緩徐楽章だと解説されていました。
マーラーの第6交響曲にも似た例がありますが、この作品にも二通りの解釈があることを初めて知った次第。

このあとエクは待望のサントリーでのベートーヴェン全曲演奏が控えており、それを終えるとドイツ遠征も待機しています。無事に大舞台を克服し、更なる20年に向かって堅実に歩んで行かれることを祈念せずにはいられません。

 

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