日本フィル・第679回東京定期演奏会

日本フィルの4月定期は首席客演指揮者ピエタリ・インキネンの、この肩書では最後となる演奏会でした。横浜ではヴェルディのレクイエム、イタリア作品を初めて日本の聴き手に披露してくれたインキネンですが、東京でも初体験のイギリス・プログラムで興味をそそります。
次の2曲プログラム、どうやら二日間ともチケットは完売していたようで、初日の昨日は欠席組の空席はあったものの、隅々まで埋まっていました。テレビ収録と思われるカメラも並び、一般的な関心も高いコンサートです。

ブリテン/ヴァイオリン協奏曲
     ~休憩~
ホルスト/組曲「惑星」
 指揮/ピエタリ・インキネン
 ヴァイオリン/庄司紗矢香
 コンサートマスター/千葉清加
 フォアシュピーラー/九鬼明子
 ソロ・チェロ/菊地知也

日本では人気が今一の英国音楽プロでもチケットの売れ行きが良かったのは、もちろん庄司紗矢香による所が大きかったでしょう。仮に私が定期会員でなくとも“紗矢香のブリテン?”を目にすれば、何とかチケットを手に入れようとするはず。
これが会員制の良い所で、月一回の演奏会通いを生活習慣に取り入れるようになったのは、私にとっては日本フィルがあったからこそ。今年60周年を迎える同オケと半世紀もお付き合い出来たことに、改めて感謝の意を表したいと思います。何たって聴き始めた時にはインキネンも庄司も未だ産まれていなかったんですからね、長い!!

実はこの日のソリストと指揮者は、ケルンで同じザハール・ブロン門下でヴァイオリンを学んでいた間柄。コンサート後にインキネンが語った所では、インキネンが初めて指揮台に立ったのはヘルシンキ・フィルでのピンチヒッターを任された時。
その後初めて正式に指揮を任された時にヘルシンキで競演したのが庄司紗矢香だったそうな。これまで二人が東京で競演したことは無く、今回は念願のチャンスだったことになります。
それが滅多には聴けないブリテンで実現した所が、これまた定期会員の役得というべきでしょうか。

ブリテンとして唯一つのヴァイオリン協奏曲は、作曲者25歳の1939年にカナダで完成した作品。プログラム・ノート(山崎浩太郎)によれば、ブリテンが感銘を受けたというベルクのヴァイオリン協奏曲のエコーを感じることも可能とのこと。
通常とは逆に緩急緩の3つの楽章がアタッカで続けるように指定され、第2楽章の最後に高度なテクニックが要求されるカデンツァが置かれています。このカデンツァ、第2楽章の速いパッセージを受け継ぎ、直ぐに第1楽章のモチーフを再登場させて進みます。cominciando lento という珍しい表情記号に入ってからは弓とピチカートを同時に弾き分ける難所も登場し、会場の耳と目は庄司に釘付けになってしまいました。

彼女が奏でる1729年製のストラディヴァリウス「レカミエ Recamier」の音は緻密で良く通り、流石に世界が絶賛するヴァイオリニストであることに感服。彼女のソロでブリテンを聴けたことは望外の幸せというべきでしょう。
作品自体は、若書きとは言いながら早くもブリテンの個性が随所に光るもの。特に最後のパッサカリア楽章は重く暗い響きの中にも祈りを連想させるような熱い情熱が渦巻き、ソロ・ヴァイオリンの高音トリルが全てを呑みこむように消えて行くのでした。ピーター・グライムズの世界との同質性を感じます。

庄司のアンコールは、珍しくもスペイン内戦時の軍歌「アヴィレスへの道」というもの。恐らくほとんどの聴き手は初めて聴いたアンコールだと思いますが、軍歌のイメージからはかなりかけ離れた東洋的な響きを持った音楽でした。

後半はホルスト。惑星は何度もナマで接している超有名作ですが、インキネンで聴くとその多彩なスコアリングに改めて聴き入ってしまいます。重厚な轟音だけで力任せに推し進めるのではなく、随所にハッとさせるような明るい色彩を輝かせ、普段は気が付かないような細部にも心配りしているのが如何にもインキネン。
例えば第7曲「海王星」の第4小節目から。木管の神秘的な合奏を2台のハープが微かな高音で引っ掻くように支えるのですが、このカリカリというか、カサカサ音が何とも魅惑的。チェレスタ、グロッケンシュピール、バス・オーボエといった特殊楽器の存在感もハッキリと伝わってきます。

クラシック初心者だった頃は第1曲「火星」の迫力、第4曲「木星」の美しいメロディーに気を取られてばかりいましたが、鑑賞回数が増えるに連れて第6曲「天王星」のオルガン・グリッサンドに痺れたり、海王星の神秘感に酔ったりもしてきました。
今回初めて聴き取ったのは、何と第5曲「土星」がワーグナーのパルジファルの如く響いていたこと。この楽章は以前から火星や木星以上に好きでしたが、今回は楽章の新たな魅力を見つけたという感じです。
それに第2曲「金星」の色彩豊かな音のパレットの美しさ。ホルン、ヴァイオリンのソロ、オーボエとチェロのソロ、ハープの細やかな動きなど聴き所満載ですが、これを支える低弦の静かなる下降音型にも大注目ですね。

最後の女声合唱はP席の扉を開け、客席からは歌手たちが見えないように遠ざかって行く様に歌われました。
最後の1小節で何度も繰り返しながら消えて行く場面。私はナマでもCDでも何回繰り返されるか数えてしまう癖があるのですが、この日は12回までは確認できました。13回目もあったと思いましたが、既に扉は閉ざされており、幻聴だったかも。今まで聴いた中では最も回数が多かったように感じます。

アフタートークでは、来シーズンからは首席指揮者として登場すること、皮切りにワーグナー作品による特別演奏会が開催されることが紹介されました。またホームページでは日本フィルを「国内外に発信する」というメッセージも流れていますから、近い将来サプライズもあるのじゃないでしょうか。
最後は、やはり日フィルにとっては長年の絆で結ばれた九州の災害のこと。トークを終えたばかりのマエストロも、素早く募金箱を持ってホワイエに立ちます。もちろん、ささやかながら協力させて頂きました。そして来年は必ず行きますよ、九州ツアー。

 

 

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