ホルン・エレガンス

会場で簡単なプログラムを貰って開いてみると、嬉しい驚きが待っていました。
チラシにはラデク・バボラークが吹く協奏作品4曲しか記載されていなかったのです。てっきり4曲だけだと理解していたところ、ソロの出ない曲、つまりオーケストラ曲が2曲演奏されるという。
更に1枚の案内が挟まれていて、演奏曲順が変更になるようです。

当初予定のプログラムは、
① モーツァルト/交響曲第32番ト長調
② プント/ホルン協奏曲第5番へ長調
③ レスピーギ/リュートのための古風な舞曲とアリア第3組曲
④ ロータ/キャステル・デル・モンテ
休憩
⑤ モーツァルト/断章とロンド
⑥ ブラームス/ホルン三重奏曲(管弦楽版)

変更後は、プントが最初、続いて交響曲、断章。レスピーギが演奏された後ロータがあって前半終了。
後半はロンドで始まりブラームスが最後というもの。
出演者の希望により、とありましたが、演奏曲目そのものの変更はありません。

客席は満席とはいかず、私共は1階15列目でしたが、16列目以降は空席が目立っていました。
客層というか、聴衆はいつものクラシック・コンサートとは若干違い、若い人、多分学校のブラスバンド等でホルンを吹いていると思われる人たちが多かったようです。
ほとんどがバボラークの妙技がお目当て、広上淳一指揮の新日本フィルが目的というのは我々くらいのものでしょう。

で、バボラーク。ソロ・ホルン奏者を務めるベルリンフィルの同僚からさえ“あいつは天才だ”と言われている男です。普通の名手とは次元が違います。
技量、音色、安定感、どれをとってもぴか一ですね。彼が吹くたびにブラヴォ~の歓声が上がるのも当然でした。ホント上手い。

最初に吹いたプントは、バボラークとしても思い入れがあるようです。ジョヴァンニ・プント(Giovanni Punto 1746-1803)はチェコ出身の天才ホルン吹き、つまりバボラークの大先輩にあたります。
ベートーヴェンが彼のためにホルン・ソナタを書いている、とプログラムに紹介されていましたが、更に付け加えれば、このソナタはプントのソロ、ベートーヴェン自身のピアノ伴奏で初演されました。
続いてこの二人はこの作品を持ってヨーロッパ各地をツアーして回ったのですが、確かハンガリーの新聞には「プントは誰でも知っているホルンの名手。しかしソナタを作曲して一緒に演奏するベートーヴェンというのは初めて聞く名前だ。」というような記事が載ったのです。
このことだけで、当時のプントの名声が偲ばれます。ホルン協奏曲は10何曲か書いているはずですが、いくつかは失われているようです。

今日演奏された第5番は全部で3楽章、第3楽章は狩りのロンドで、モーツァルトの協奏曲とよく似た内容です。
特に第2楽章は哀愁を湛えた旋律が美しく、頻繁に演奏されれば人気が出る曲だと思います。

モーツァルトの断章とロンドは初めて聴きました。解説によると、この2曲は誰のために書かれたのかは定かでない、両曲は別々に現存しているけれども本来はひとつの協奏曲になるはずだったという説が唱えられている、しかし確たる証拠はない、等々・・・。
断章は分断された状態なのだそうで、今日はヘルマン・イェーリセンの復元版が使用されたのだそうです。
一方ロンドは、オーケストレーションは未完のまま残されていて、従来オケ補筆版で演奏されてきたもの。それが1989年になって更に追加すべき60小節が新発見されて、補完版も作成されているということですが、今日は慣習版での演奏とのこと。聴きごたえのあるカデンツァも付いていました。

ニーノ・ロータは映画音楽で有名ですが、本来はクラシック畑の人。キャステル・デル・モンテは「山の城」の意味。大変聴き易い音楽ですが、その分保守的です。

この日最大の聴きものはブラームスのホルン・トリオの管弦楽版です。アレンジはバボラークの友人でもあるミロシュ・ボク(Milos Bok 1968-)というチェコの作曲家。
このアレンジはシェーンベルクとは違って、ブラームスのオーケストレーションに忠実なもの。編成は2管編成で、金管はホルン4、トランペット2、トロンボーン3。テューバは使いません。打楽器もティンパニだけ。
弦の編成は14-12-10-8-6。
(ブラームス以外は、この日の弦楽編成は全て10-8-6-4-2という小振りなスタイルです。もちろんピリオド奏法などは一切使いません)

第1楽章にはホルン以外の金管は登場しませんし、トロンボーンも3楽章以降だけ。その第3楽章はトロンボーン合奏とティンパニ、低弦のピチカートで始まるという具合で、ブラームスの管弦楽法を忠実に守っていて微笑ましいほどです。
ヴァイオリンのソロは豊嶋泰嗣氏。実はこのアレンジは10月23日に福岡で九州交響楽団によって世界初演されたばかりなのです。ソロと指揮者は同じ、今日が再演にあたります。
バボラークはもちろん、期待した通りオーケストラも素晴らしい演奏でソロを支えました。どの曲もキリッと引き締まった音楽が、快いブリオを伴って穏やかながら強い推進力を創り出していきます。いつもの広上の活き活きした響き。

この日の聴衆にはほとんど注目されなかったと思いますが、モーツァルトの交響曲はいくら賛辞を並べても足りないほど素晴らしい出来。あまり演奏されない作品ですが、レコードを含めて私が聴いた最高の32番です。

レスピーギも良かった。シシリアーノはアンコールとして以前聴いたことがありましたが、全曲は広上では始めて。その高貴な哀しみの表出は最高クラスのものです。

この演奏は、恐らくCDのための録音が組まれていました。マイクが林立していましたし、オケの編成が変わるたびに録音スタッフが忙しく立ち回っておりました。広上もいつもほどには雑音(シュッ、シュッという)を立てていませんでしたから、多分レコーディングを意識していたのでしょう。
録音の主眼はホルンなのは当然ですが、私としてはモーツァルトの32番とレスピーギも市販して欲しいなぁ。

 

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