読売日響・第558回定期演奏会

今期の読響は今までとは若干趣が異なり、超有名な世界的ソリストをズラリと並べているのが特徴。今回もフルート界では最高クラスのパユ登場とあってチケットは早々と完売していたようです。
常連の顔に混じって如何にも「パユ様、命」と見受けられる聴き手もいたりして、通常の定期とは雰囲気も少し違っているようでした。気の所為かな?
中にはパユが終わったら帰っちゃった人もいたりして、終演後のサイン会には長い列が出来ていました。

プロコフィエフ/交響的絵画「夢」
ハチャトゥリアン/フルート協奏曲
     ~休憩~
プロコフィエフ/交響曲第5番
 指揮/キリル・カラビッツ
 フルート/エマニュエル・パユ
 コンサートマスター/小森谷巧
 フォアシュピーラー/長原幸太

5月の指揮者は読響初登場のキリル・カラビッツ、1976年ウクライナ生まれの注目株で、このひとがロシア二巨匠の作品を振る、というのも些か感慨がありましょう。
英国ボーンマス響の首席指揮者を務めているだけあって、今やプロムスの常連。今年は彼の出演予定が無いようですが、ここ数年ネット中継で主な公演はほとんど聴いている私は、記憶にあるだけでも二度聴いたことがあります。去年聴いたのが、正にプロコフィエフの第5。今回は得意中の得意をナマで聴けるとあって、個人的にはカラビッツを目当てに出掛けたのでした。

冒頭はプロコフィエフの若書きで、スコアは市販されていません。スクリャービンにも「夢」という管弦楽曲があってよく比較されますが、私にはむしろラフマニノフの「死の島」を連想させる小品。
波間に漂う様な弦の揺らめきからスタートし、管楽器が次々とソロ風パッセージで参加して行く。全体に暗い印象で、八合目辺りがクライマックス。後は引き潮の様に静まり、最後は冒頭の波で閉じる、というもの。10分強の作品で、これだけでカラビッツを判断する訳には行きません。

そして、ほとんどの聴き手がお目当てにしている名手パユ登場。
御存知の様にハチャトゥリアンのフルート協奏曲は、オイストラフが初演したヴァイオリン協奏曲をランパルがフルート用に編曲したもの。編曲と言っても変わったのはソロ・パートだけで、オーケストラ部分はヴァイオリン協奏曲と全く同じとのこと。
フルート版の譜面は見たことがありませんが、特に第1楽章のカデンツァ後半はヴァイオリン用とはかなり異なっているように感じました。今回はパユが更に手を加えたエディションで演奏された由。

これは偶然ですが、演奏会当日の朝にNMLをチェックしていたら、今日の新着タイトルに正に当作品のベザリー盤(BIS)が配信されたばかり。思わず再生ボタンを押して予習してしまいました。

さてパユ、冒頭のソロ部分からしてリズムが立ち、技術的には完璧。もちろん音楽的にも圧倒的な存在感で、彼で聴いているとフルート協奏曲がオリジナルだと思えるほどにズシリとした手応えが感じられます。
聴き逃してならないのが、カラビッツの指揮。人気若手指揮者(ヴェテランであっても)には交響曲は良いけれど協奏曲は振れない、と言う人が結構多いのですが、この指揮者は本物と聴きました。
単に合わせが巧みなだけではなく、作品の構造の捉え方が適切、且つ説得力があり、ソロを立てる所はしっかり立て、オケが前に出る場面では堂々と自己主張して行く。この兼ね合いが真に優れていて、パユの独奏はもちろん、中々聴けるものではない協奏曲の世界を堪能させてくれました。

さすがにパユは百戦錬磨。演奏を終えてオケのメンバーを立たせる時も取り仕切っていたのはパユでした。カラビッツは後ろでニコニコとパユの指示に従います。
客席から「花束ガール」が登場したのはビックリしましたが、未だこういう存在が化石の様に残っていたのですね。バブル全盛期のコンサートでは、女性音楽家には「花束ボーイ」が、イケメン男性ソリストには「花束ガール」が群がったものでした。余りのことにホール側で規制していた時期もあったのじゃないかしら。

一度は花束と共にカーテンコールに応えたパユでしたが、金色に輝く楽器だけを手に再登場し、もちろんアンコール。今年没後20年となる武満徹の絶筆、エア。
水を打ったような静けさの中、サントリーホールに響くフルート・ソロはまるで別世界。パユの表現は完全に「和」の語り口で、亡き武満の遺産が眼前に蘇るよう。涙無しには聴けない「エア」でした。

後半はカラビッツの勝負曲、プロコフィエフの第5。私が期待してた通り、このウクライナの若手が只者ではないことを立証してくれました。
兎に角テンポは速い。時に速過ぎではないかと思えるほどでしたが、スコアの読みは隅々まで徹底していて、普段なら見落としてしまう様な微細なパッセージにも目が行き届いているのです。それがワザとらしさを伴わず、極く自然に聴こえてくるのは、指揮者の力量が並のモノではないからでしょう。

ハチャトゥリアンでもそうでしたが、特にこの指揮者の感性が鋭く発揮されるのが緩徐楽章。複雑なオーケストレーションから大事な旋律線を浮かび上がらせ、適度なカンタービレで停滞することなく歌って行く。更に、
練習番号72の手前で僅かに休止を入れてからテーマを再現して行く辺り、作品の構成感が見事に聴き分けられるのです。恐らく父親が作曲家だったということも影響しているのでしょう。

パユに話題が集中しそうなコンサートでしたが、私の大発見は寧ろカラビッツ。読響さん、この指揮者押さえるべきですよ。個人的には次期首席指揮者になって貰いたいほどです。
聴き逃した方は、是非今週末の池袋か赤坂でヴィクトリア・ムローヴァ(シベリウス)との共演を。

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