2016クラシック馬のプロフィール(7)
今年のエプサム・クラシック、オークスは1000ギニー馬マインディング Minding が無事に二冠を達成しましたので、血統プロフィールはダービー馬ハーザンド Harzand に飛びましょう。
ハーザンドは父シー・ザ・スターズ Sea The Stars 、母ハザリーヤ Hazariya 、母の父ザール Xaar という血統。オーナーは、これが5回目のダービー制覇となるアガ・カーン4世です。
血統に入る前にオーナーに付いて簡単に触れると、代々アガ・カーン家はイスラム教の一派(イスラム教に関しては知識ゼロですが、ニザール派というのだそうな)の首長(イマームと呼称)で、その第3代アガ・カーンが競馬に多大な関心を持ち、生産者・オーナーとして英仏両国で大きな影響力を持っていました。そのアガ・カーン3世が英ダービーに5勝したことはダービー・レポートでも触れました。
3世が1957年に亡くなると、イマームの地位は息子ではなく、孫に当たる現4世に世襲されます。一方3世の競馬遺産は息子のアリ・カーンが引き継ぎます。しかしアリはパリ郊外で交通事故により死去。これに伴って4世が競馬関係をも引き受けることになったのでした。
当初4世は競馬には関心が無かったようですが、祖父の遺産を引き継ぐという使命感もあったのか、当時フランスで大勢力を誇っていたデュプレ家、ブーサック家の基礎牝系を夫々の死を契機に購入し、今日まで競馬王国を拡大させてきました。
3世は英国でも数多くの大レースに勝っていましたが(フランスとイギリスでは別の勝負服を登録していた)、その死と共にアガ・カーンの馬はフランス一本に絞られていました。しかし4世の方針転換により徐々にイギリスにも復帰、更には勝負服もフランスと同じものに変更し、1981年のシャーガー Shergar を皮切りにスタウト厩舎、クマニ厩舎の預託馬で次々とダービーを制覇して行きます。
しかし再度転換が訪れたのが、1989年のオークス。アガ・カーン4世はスタウト厩舎のアリーサ Aliysa でオークスを制覇したのですが、レース後に使用禁止薬物が検出された為に失格となってしまいました。これに異議を唱えたアガ・カーン4世は英ジョッキー・クラブ(当時の競馬管理団体)と対立、英国の預託馬を全て引き揚げ、アイルランドに拠点を移します。
これがアガ・カーン殿下とアイルランド競馬界との最初の接点で、本拠に選ばれたのがジョン・オックス厩舎でした。オックス師の管理下でダービーを制覇したのが、英愛ダービーと凱旋門賞の新三冠を達成したシンダー Sinndar であることは、海外競馬ファンなら良く御存知のことでしょう。アガ・カーンの所有馬は規模も大きく、ここ数年ではデルモット・ウェルド厩舎も調教を引き受けるようになって今日に至っています。今年のダービー馬ハーザンドは、ウェルド師が調教してきた1頭というワケ。
以上ザッと見てきたように、ハーザンドの牝系は2代母からはアガ・カーンが生産してきたファミリー。その足跡を追う前に、父シー・ザ・スターズについても簡単に触れましょうか。
シー・ザ・スターズはアガ・カーンとは無関係ですが、殿下の馬と同じジョン・オックス師が調教していた名馬。2000ギニーとダービーの二冠に加え、凱旋門賞にも勝った強豪で、鳴り物入りで種牡馬入りしてハーザンドは3年目の産駒に当たります。
ここからが本題。母ハザリーヤ(2002年 鹿毛)は当然ながらアガ・カーン(以後、特に断らなければ4世のこと)が生産し、所有していた馬で、ジョン・オックス厩舎に所属。2歳の10月にカラーの7ハロンでデビューして6着に終わります。
2歳はこの1戦のみで、3歳初戦のカラーで1マイルの未勝利戦で初勝利。続いてクラシック・トライアルの一つであるアサシ・ステークス(GⅢ、7ハロン)にも連勝してクラシック路線に乗ります。続くナースのブルー・ウインド・ステークス(GⅢ、10ハロン)は1番人気に支持されるも2着、ゴウランのリステッド戦(9.5ハロン)に再び優勝して愛オークスに挑みます。
しかし不幸なことにハザリーヤはこのレースで骨折、競走を中止したまま現役に終止符を打ち、繁殖に上がることになります。因みにこの愛オークス、勝ったのは同じアガ・カーンの所有馬シャワンダ Shawanda で、こちらはフランスでアラン・ド・ロワイヤー=デュプレ師が管理していた馬でした。現在までのハザリーヤの繁殖成績は、
2007年 ハザラーファ Hazarafa 芦毛 牝 父デイラミ Daylami アガ・カーン所有、オックス厩舎。6戦2勝。勝鞍はレパーズタウンの10ハロン戦と、カラーのリステッド戦(12ハロン)。
2008年 ハジーナ Haziyna 鹿毛 牝 父ホーリング Halling アガ・カーン所有、オックス厩舎。11戦2勝。勝鞍はレパーズタウンの10ハロンとネイヴァンの10ハロン、何れもハンデ戦。コークのギヴ・サンクス・ステークス(GⅢ、12ハロン)2着。
2010年 ハラシーヤ Harasiya 黒鹿毛 牝 父ピヴォタル Pivotal アガ・カーン所有、オックス厩舎。10戦2勝。レパーズタウンの7ハロン戦とシルヴァー・フラッシュ・ステークス(GⅢ)に連勝。デビュタント・ステークス(GⅡ)2着、モイグレア・スタッド・ステークス(GⅠ)3着。愛1000ギニー12着、プリティー・ポリー・ステークス(GⅠ)4着。
2011年 ハザラーバ Hazaraba 鹿毛 牝 父オアシス・ドリーム Oasis Dream アガ・カーン所有、オックス厩舎。2戦1勝。勝鞍はナースの7ハロン。
2013年 ハーザンド
2014年 ハリプール Haripour 鹿毛 牡 父シャマーダル Shamardal アガ・カーン所有、ウェルド厩舎。未出走
ということで、ハーザンドは5番仔で5頭目の勝馬。母が産んだ最初の牡馬ということになります。
2代母はハザラジャー Hazaradjat (1989年 鹿毛 父ダーシャーン Darshaan)と言い、もちろんアガ・カーンが所有し、ジョン・オックス師が管理した馬。詳しい成績は不明ですが、5戦2勝。2歳のデビュー戦(7ハロン)に勝ち(2歳時は1戦のみ)、レースホース誌では「ミドル・ディスタンス向きの血統。間違いなく成長するタイプ」と評しています。
ハザラジャーの産駒では、ハザリーヤの他に2頭の牝馬に注目。1頭は1994年生まれのハンダーザ Handaza で、もちろんアガ・カーンの所有馬。1勝馬でしたが、その産駒ハナバッド Hanabad (父カドー・ジェネルー Cadeau Genereux)がリッジウッド・パール・ステークス(GⅢ、6ハロン)で2着し、フランスのジャン=リュック・ラガルデール賞(GⅠ)でも4着に入りました。
また2001年生まれのハマイーリ Hamairi (父スペクトラム Spectrum)もコンコルド・ステークス(GⅢ、7.5ハロン)に勝ち、バリーコーラス・ステークス(GⅢ)とデスモンド・ステークス(GⅢ)で共に2着に入っています。
そして2002年に生まれたハンダ Hannda が、2013年にブリティッシュ・チャンピオンズ・フィリー・アンド・メアーズ(GⅠ、12ハロン)を制したシール・オブ・アプルーヴァル Seal of Approval (父オーソライズド Authorized)を出してGⅠ馬の母になります。馬名からも判りますが、シール・オブ・アプルーヴァルはアガ・カーンが売りに出した1頭で、ジェームズ・ファーンショウ厩舎。この時はアガ・カーンのフランス調教馬ダルカラ Dalkala を破る大穴(16対1)だったのは如何にも競馬界の皮肉だったと言えるでしょう。
ハザラジャーの注目馬もう1頭は、同じくアガ・カーン、オックス厩舎で走った牝馬ハザリスタ Hazarista (父バラセア Barathea)で、コークのブルー・ウインド・ステークス(GⅢ)に勝ち、愛オークスとヨークシャー・オークスで立て続けに3着した馬。彼女も繁殖に上がっていますが、今の所目立った活躍馬は出ていないようです。
ハーザンドの3代母はヘイジー・アイデア Hazy Idea (1967年 鹿毛 父ヘザーセット Hethersett)。この馬はブルック・ホリデー氏の所有馬で、ディック・ハーン師が調教。パターン・レース・システム導入以前の競走馬で、6ハロンから14ハロンまでの幅広い距離に勝っています。今日では忘れられたマーチ・ステークス、クルックハム・ステークスなどが主な勝鞍。
ヘイジー・アイデアの産駒では何と言ってもミドル・パーク・ステークス(GⅠ)に勝ったヒッタイト・グローリー Hittite Glory が代表産駒ですが、短距離系のハビタット Habitat 産駒だった分、スプリンターとしての現役を送りました。最後は日本で種牡馬生活を送りましたが、5年間ほどの供用で重賞勝馬は無く、特別に6勝したイズミサンシャインが代表産駒と言えるでしょう。
他にはアイルランドで10ハロン戦に勝ったハシャー Hashar という馬も出ましたが、繁殖生活は20年近くに及びました。ハザラジャーがヘイジー・アイデアの22歳の時の娘であることで、ハーザンドの牝系が比較的長い年月を掛けて続いていることの要因でもあります。
4代母ウォント・リンジャー Won’t Linger (1961年 栗毛 父ワードン Worden)は未出走、5代母チェリッシュド Cherished (1955年、鹿毛、父シャンター Chanteur)については調べが付きません。1957年と1958年のレースホース誌にも記載が見当たらないので、恐らく未出走だったと思われます。
チェリッシュドの娘ヒース・ローズ Heatg Rose は1967年の凱旋門賞で5着した馬で、その産駒にミドルパーク・ステークスに勝ったテュデナム Tudenham が出ています。
以上、ハーザンドの牝系を5代母まで遡って登場するGⅠ級の馬は4頭だけでしたが、7代母は有名なフェーズ Phase 。彼女の娘でハーザンドからは6代母に当たるネザートン・メイド Netherton Maid が、セント・ジェームズ・パレス・ステークスのパイレート・キング Pirate King の他にも名繁殖牝馬ブライド・エレクト Bride Elect を産み、今日に繁栄しているのはこの系統でしょう。
ファミリー・ナンバーは21-a。1818年生まれのウォグティル Wagtail を基礎とする牝系です。
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