クァルテット・エクセルシオのベートーヴェン・サイクルⅡ
前回から中3日、Qエクセルシオによるベートーヴェン全曲演奏会の2日目です。初日のプログラムは相当にへヴィーなものでしたが、平日木曜日の午後7時から行われた2回目は更に盛り沢山。多分今年のツィクルスでは最も演奏時間の長い演奏会でしょう。
単純に正味演奏時間だけを加えても2時間。休憩や演奏前後の余裕時間を加算すれば2時間40分になんなんとするコンサートです。
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第5番イ長調作品18-5
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第10番変ホ長調作品74「ハープ」
~休憩~
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第13番変ロ長調作品130
ベートーヴェン/大フーガ変ロ長調作品133
サイクルの最初に少し触れましたが、エクのベートーヴェン全曲演奏会は1回だけ聴いても、作曲家のこのジャンルにおける作風の変遷が辿れる構成。単に各期の作品を並べるだけではなく、調性関係や作品の内容にも関連性を持たせているのが特徴です。
で、2日目の4曲を眺めると、冒頭にシャープ系の第5番を置き、残る3曲は全てフラット系。もちろん後半の2曲は同じ第13番の2つのフィナーレを一気に演奏してしまうという趣向ですが、シャープから初めてフラットで終えるという構成は初日と同じ。サイクル全体を見渡せば、この2日間でワンセットと考えられなくもない。
プログラム誌にも指摘があったように、前半の2曲は共に交響曲第5番のテーマ「タタタター」というモチーフを用いる楽章が含まれる、という点でも共通しています。作品18-5は第5交響曲を予感させるもの、ハープはその残光とでも言えましょうか。
更に言えば、ハープと作品130は5度関係にある、というのもエクが意識して並べた2曲だから。大フーガを敢えて長大な第13番に続けて取り上げるのも、これが「ベートーヴェン・サイクル」の一環であるからに相違ありません。
ということで、今日は覚悟が必要。聴く方もスタミナ配分を考えなければ・・・。
先ず第5番。長くなる演奏時間を考えて提示部の繰り返しは省略するかも、と思っていましたがそのような事はなく、それは終楽章やハープの第1楽章も同じ。もちろん両曲とも変奏楽章の一つ一つの変奏も丁寧に繰り返して行きます。
おっと第5と第10、2曲とも変奏曲楽章が置かれているという共通点もあることに今更ながら気が付きます。
長いコンサート、エクは最初から絶好調で、特に第3楽章の変奏曲、第5変奏のリズミックな処理から最後の pp の和音までの緊張感の素晴らしかったこと。
フィナーレは「タタタター」動機が4つのパートに飛び交い、特にフェルマータ休止からファースト→セカンド→ヴィオラ→チェロと受け継がれる展開は、第5番(交響曲)のフェルマータ以後(第25小節)の流れと全く同じ。今回の様なプロミラミングで聴いて初めて気が付き、思わずハタと膝を打った程でした。
後半2楽章の間然とする所の無いアンサンブルの見事さ。1番から順に聴いてくると5番辺りは疲れが出てて飽きが感じられるものですが、改めて作品18-5が極めて完成度の高い作品であることに納得です。
エクは確かこれまでベートーヴェン作品を6曲(ラズモフスキー第3は2種類)録音していますが、次のハープは彼等が最初にCDに録れたベートーヴェン作品。最も練り込まれた解釈の一つで、最初の一音から最後の和音まで曖昧な箇所は微塵もありません。全ての音が音楽的に腑に落ちるのです。
ABABAの5部形式で書かれたプレストの激しさは、寧ろ最後のAで貫かれる pp で緊張度を増し、終楽章の変奏主題で一気に開放に向かう。この絶妙なタイミングこそが、長年彼等が培ってきた四重奏のノウハウでしょう。何でも無い合奏の様に聴こえますが、これこそ常設クァルテットにしか出来ない阿吽の呼吸とでも申せましょうか。
後半は作品130。最近はベートーヴェンが当初計画した通りに大フーガを終楽章として演奏するのが流行のようですが、それでは生涯最後の完成作となった軽快なフィナーレを聴き逃してしまいます。
その意味でも今回の選択は、余り採用されないやり方ではありましょうが、真に理に適ったものだと感心しました。あの感動的なカヴァティーナの後に大フーガが来てしまうと、作曲者自身「自作の中で、これほど自分を感動させた作品はない」と語ったカヴァティーナの感動が弱められてしまうのではないか。
もう一つ。新フィナーレの展開部に、うっかりすると聴き落としてしまう様な2度と6度で構成される短い4音モチーフが僅かに顔を出します。実はこの4音、音程の並びこそ違えど、大フーガの核となる4音動機と同じものから展開したものでしょ。
フィナーレを並べて、というか時間を置かずに聴くことによって、この二つのフィナーレの間にある秘密に触れることが出来ました。
余力を残して臨んだ大フーガの圧倒的な迫力。それでいて全体の構造を忘れさせない冷静な視点。これほど安心して耳を委ねられるベートーヴェン演奏は、クァルテット・エクセルシオ以外には存在しないのでは。そう感じられるほど、充実感に満たされた第2夜でした。
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